第19話 貴族学校 ③お泊まり会 -2/3-

それから慌ただしく宿舎交換の準備が始まり、近衛候補生からも交換者が選ばれた。

と言ってもアレンは対象者を決めていたらしく、お互い寝床が変わるだけなので大した準備はない。


期間は七月四日から一週間。

始まりを近衛学校の休日に合わせてある。

突如選ばれた近衛候補生は気の毒としか言えないが、頑張ってもらうしかない。


そして七月四日、昼食後。

プラグ、ゼラト、シオウの三人は、ランドルの案内で、着替え、やりかけの宿題や、明日の教本を綿の大袋に入れて、近衛候補生の宿舎へ出発した。

この袋は真っ白な物で、同じ物を三枚、近衛が用意してくれた。

小麦袋くらいの大きさで、近衛候補生も精霊騎士候補生も、荷物はこれに入る分しか持っていけない決まりだと言うが、手探り感が満載だ。ランドルは『物資の袋だ』と言っていた。


武器類は貸して貰えるらしいが、使い慣れた物が良いと言う事で、三人とも、腰に剣を提げている。プレートと短剣も持って来た。プラグはラ=ヴィアも連れて来ている。近衛候補生は個人で精霊を持たないので、ひとまず精霊は出さないように言われた。要するに非常用だ。


「しかし、なんでお前?」

シオウがゼラトを見て首を傾げた。

――ゼラトの右肩にはホタルがいる。

ゼラトがシオウに説明した。

「実は、近衛に知り合い? がいて。ホタルを見つけた時に会った人で、レインって言う人。だからだと思う。プラグも会ってる」

ホタルの件は、十年は誰にも話せないので、ゼラトは上手く誤魔化して話した。

「ああ、なるほど。納得」

シオウはそれで興味を無くしたらしいが、ふと目を細めた。

「――でも、どんな風なんだろうな、近衛の宿舎って?」

シオウの言葉に、プラグは少し意外に思いながら答えた。

「俺も見た事は無いけど、どこにあるんだろう?」

シオウは近衛宿舎に興味があるようだ。

ゼラトが頷いて、ランドルに尋ねた。

「俺も知らない。あの、ランドルさん、どの辺りですか?」

「宿舎は、もう少し行った所にある立派な建物だ。白い壁に青い屋根の」

プラグは思い当たった。

「……あれっ? もしかして、馬小屋の近くの、あの大きな建物ですか?」

確かに、馬小屋の裏には青い屋根の建物がある。

巨大なので、てっきり、貴族の邸宅か行政用の何かだと思っていたのだが……。


「は。あれが宿舎? でかくね?」

シオウが思い出した様子で言った。

「ああ、一人一部屋あるんだ。でかくもなる」

「一人一部屋!?」

ランドルの言葉にプラグ達は声を揃えて驚いた。

「俺も入った時は、ええっ? て思ったが。まあ、一、二年は相部屋もあるし、一部屋はそう広くは無いが。『特別室』と呼ばれる少し広い部屋もあって、そこには王族や大貴族、金持ちが入っている」

プラグ達は「へぇー」と感心した。


一行は馬小屋の手前にある道を左に曲がった。

初めて通る道だが、少し歩くと白壁が見えた。塀のようだ。塀の内側には木が植えてある。

塀は高さは二メルトほどで、白漆喰が塗られていて、塀の上には鉄の柵が取りつけてある。

柵の先端は尖り、両側が鼠返しになっている。つまり内側からも外側からも登れないようにしてあるのだ。野生動物の進入防止と、脱走防止だろうか……? 飛翔があれば飛び越えられるが、動物相手なら十分だろう。

塀に沿って小道があり、周囲は森で、小道は延々と続いている。

五十メルトほど先に門があるらしく、数名の近衛候補生がこちらを見ていた。近衛候補生はすぐに中に入っていった。


「思ったより遠いな」

プラグは呟いた。今歩いているのは候補生宿舎から城の大通りへ行く道の、一本内側ある道だが、こんな風になっているとは思わなかった。

道と道の間に木や植え込みがあって、道を知らなければ行けないように設計してある。


そこでシオウがはっとした。

「え……ちょっと待て。まさか遊歩道の隣って、延々、塀が続いてんのか!? 山の方!」

「え!?」

シオウの言葉にプラグも声を上げた。シオウが言ったのは、馬で遠乗りする道のことだ。

遊歩道の右手側には、背の高い木が生い茂っていて、その先には少し森もあって、気付かなかったが……言われてみればそうかもしれない。そういえばプラグも、この柵の端らしきものを、山の近くで見た覚えがあった。

ランドルが頷いた。

「ああ、そうだ。山の麓まで続いている」

ランドルの言葉にゼラトが声を上げた。

「ええっ、続いてるって……!?」

すると、クエンティンが笑って塀を見上げた。

「と言っても、向こうの方は、近衛騎士団の施設だが。まず、手前に候補生の宿舎があって、その先に学校がある。見えるかな――見えないな。遊歩道の途中で見える、高い時計の辺りまでが貴族の学校だ」

プラグは驚いた。時計塔は遊歩道の別れ道からなら見えるので、山に行く時は時間の指標にしていたが……。

「あそこって、まだ学校なんですか? てっきり、近衛騎士団の物だと思っていました」

プラグは言った。時計の見える別れ道で近衛兵や近衛候補生に出会うな、と思っていたが、そういう仕組みだったのだ。

シオウが頷いた。

「俺も。山まで五、六キロくらいあるよな? よく造ったな」

シオウはあんな所まで塀が……とまだ驚いている。動物対策にしても立派だ。

「俺は何かの施設かなって……」

ゼラトの言葉にランドルが笑った。

「ははは、そう思うよな――学校は真ん中手前までだな。でその向こうが近衛騎士団の集団訓練場と、兵舎や宿舎の一部になる。ここは第二宿舎と言われているな。騎士団の本舎や設備は教会の向こう側にあって、城にもう少し近い。二カ所に分かれているんだ。こちらに居るのは、第三大隊の兵士達だな。第九から十一の小隊で、騎馬兵、弓兵、砲兵、などがいる。こっちは森があるし、城から遠いから、騒いでも大砲をぶっぱなしても苦情が来ない。俺とクエンティン様は、第三大隊、第十小隊の所属だ。主に騎馬兵だが、今は騎馬戦は少ないから、何でもやるな。候補生の面倒は、伝統的に第三大隊の若手が交代で見ている。兵舎が近いからな」

プラグ達は感心しきりだ。

するとゼラトが首を傾げた。

「えっと……? 確か、この国の小隊って、全部、連番になってるんですよね? セラ国と違って……?」

ランドルが頷いた。

「ああ。一大隊につき、四つの小隊がある。第一大隊から、一、二、三、四小隊。第二大隊になって、五、六、七、八小隊となるな。だからどこの小隊か聞けば、所属大隊が分かる」

「へぇー……」

「近衛の候補生って何人くらいいるんですか?」

プラグは尋ねた。

「十三歳から最長、二十歳までいられるから、一年生から八年生まである。入る年齢はばらつきがあるが、学年は年齢ごと分けられている。一学年だいたい五十人から百人くらいか。ほとんど貴族の学校みたいなもんだ。実際に勉強する場所は『貴族学校』って呼ばれている。宿舎の奥にあるんだが。それがこれまた立派でな。今は男ばっかで、まとまりの無い事甚だしい。全員で、今は、えーっと六百人くらいか。五百人の後半くらいかもな。とにかく貴族なら入れとけ、って、次々に入ってくるんだ」


「貴族学校……」

どうやら思ったより大きい所らしい。


「そう、人数が多いから余計に増長して、精霊騎士課程なんて大した事無い、みたいな風潮がある。俺達も手を焼いていてな。任務であまり見られないっていうのもあるんだが。……専属の近衛教官がいて監督をしてるが、まあ、落ち着きの無い事。勉強は学習棟、鍛練場は宿舎の裏手の建物と広い庭だな。お貴族用だから、敷地の外に出なくても十分走り回れる広さがある」


そうこうする間に、石畳が始まり。門まで来た。

門前の植え込みは四角く整えられていて、樹木も選定されていた。

門自体はさほど大きく無く、間の幅は四メルトほどだろうか。塀の色そのまま、白い柱に鉄柵が設置してあり、今は開いている。門番はいない。


「ここが南門だな。宿舎へはここから入る。学校の正門は東にある」

一行はそのまま左に曲がり、敷地に入った。入ってすぐは庭だった。

中央に石畳の道があり、左右は開けていて、木がまばらにある。


三十メルトほど先に、三階建ての横に長い建物が見えている。

周囲の見通しは良く、玄関が良く見える。

玄関には三段ほどの階段があり、入り口には広い屋根がある。この広い屋根付き玄関は、ストラヴェルで良く見られる形式だ。

屋根の下に大勢の人影がある――ほとんどが青色に金の縁取りの、訓練着を着ていた。

近衛候補生のようだが思ったより多く、玄関の屋根からあふれて三十人以上いる。


人だかりの先頭にいるのが、あのレイン・サルザットと、その取り巻き四人だった。

レイン・サルザットの姿を見てプラグは少し緊張した。

レインは濃い水色の巻き毛を根元で束ねて、今日は右の胸に垂らしている。髪は長く、腰の少し上まである。身長はシオウより少し高い。ここからでは見にくいが、瞳は灰色だ。服装は大半と同じ青い訓練着だが、遠目から見ても目立つ、洒落た印象の少年だった。


ゼラトがホタルを見て「ホタル、プレートに入れた方がいいよな?」と言った。

するとランドルが、ゼラトを見た。

「いや、レインはホタルにも謝ると言ってたから、宿舎に入ってから収めればいい。……恥ずかしいんだが、妖精を見ると興味本位で手を伸ばす奴等ばかりだ。しまっておいてくれ」

ゼラトが、うわ、と言う顔をした。

「! はい……レインは大丈夫なのかな……」

ゼラトがホタルを見た。ホタルは首を傾げて羽を動かした。

それはプラグも心配だった。

「改心したって聞いたけど……少し離れた方がいいかも。二人とも、俺の後ろにいたら?」

「……とりあえずそうしようかな」

ゼラトが言った。

シオウは静かについてきている。成り行きを見守っているようで、表情は楽しげだ。

「俺もそうする」

シオウが頷いた。


――レインが取り巻きに何か指示すると、取り巻き三人がこちらに向かって走って来た。

見覚えのある金髪、茶髪、赤毛の少年だ。


「あのー、お久しぶりです。荷物、持ちます」

見覚えのある、金髪に茶色い瞳の少年だ。荷物持ちに来たらしい。

別の二人も手を差し出した。

「あ、はい。お願いします」

プラグ達は白い荷物袋を渡した。


「いや、何というか、この前は悪かったな……」

金髪の少年が言った。彼ははっきりした丸目に、きりっとした眉毛を持っている。中々整った容姿で、ゼラトほどでは無いが可愛い系と言える。

「いえ……」

プラグは苦笑した。


もう一人、茶髪に黒目の少年はゼラトの荷物を運びながら、ホタルを見た。

「妖精が元気そうで良かった。あの人、心配してたから」

この少年はやや切れ長の双眸で、三白眼ぎみだが、すっきり整ったいい顔立ちだ。前髪は真ん中分け。髪は直毛でサラサラだ。茶髪に黒目と色は地味だが、こうして側で見ると、真面目そうでありつつ、三白眼のおかげか爽やかな感じもある。これはこれでモテそうな印象だ。


シオウの所に来たのは赤毛に赤目の少年で、顔立ちは悪く無いが、金髪と茶髪の二人に比べると素朴な印象がある。

髪は三人の中で一番短く、丸刈りが若干、伸びた程度で、赤毛と言ってもアルスよりずっと茶色にくすんだ、薄い赤色だ。

彼はシオウに「えっと? 何さん?」と聞かれ、ジョン・ル・パレードと名乗った。そう言えば、この少年もあの事件の時にいた。赤毛のジョンは他の二人より身長が低く、少し幼く見えるので、レインと同い年かもしれない。他の二人は、レインより一つか二つ、年上に見えた。十八歳では無いと思うので、二人とも十七歳くらいか。


金髪の少年が盛大に溜息を吐いた。

「それは良いんだけど……何というか。あの人、すっかり人が変わっちまって。優しくなったのはいいけど、正直、前の方が良かった気もする……」

金髪の少年の呻きに、茶髪の少年が頷いた。

「俺も、前のあの人の方が良かった気がする……。でも、元々あの人、悪い人じゃ無いんだよ……いや態度はきついし身分第一だけど。イジメはしなかったし。だから一緒にいたんだけど。でも極端すぎる」

「ですよね……はぁ」

赤毛のジョンもシオウの隣で溜息を吐く。

プラグとゼラトは訳が分からない。シオウは興味が無いと言うより、成り行き任せにしているようだ。金髪の少年が苦笑する。

「まぁ、とりあえず話してみてくれ」

あっと言う間にレインの前に着いた。


するとレインが表情を明るくした。


「来たか。俺の妖精達よ!」


プラグは思考が停止した。

レインはこちらに歩いて来て、プラグの前で両膝を地面に突いた。

「俺の妖精の神よ。そして俺の妖精ゼラト、俺の真なる妖精ル=ラナ=ホタルよ。再び会えて嬉しい。元気だったか?」


「え、ええっと、はい」

「敬語の必要はない。俺の妖精の神、プラグ・カルタよ……」

プラグは思わず額を押さえた。


変わりすぎだ。


プラグは何と言うべきか迷った。

「お久しぶりです。俺は神じゃないので、普通の妖精でいいです」

「! そうか、謙虚だな。さすが俺の妖精だ!」


そこでシオウが吹き出して、口を塞いでそっぽを向いた。


レインはプラグを真っ直ぐ見上げた。

「君達に謝罪をしたい。あの時の俺は馬鹿だった。許される事では無いが、改めて、仲良くして欲しい。俺はレイン・サルザットだ。レインと呼んでくれ」

レインの瞳には真摯な色がある。そして強い、意志の光がある。

プラグは驚いたが――微笑んだ。

「レインさん、とりあえず、立って下さい……」

プラグの言葉に、レインが立ち上がる。レインの目はずっとプラグを見ている。

プラグもレインを見た。

――世界がくっきりと見える。

「貴方が望むなら。俺達は友達になりましょう。自分を変えることができた、その勇気を賞賛します。ぜひ、これから仲良くしてください」

プラグは握手をしようと手を差し出したのだが、レインは両腕を広げて抱きついて来た。

結果、しっかりと抱きつかれてしまった。

何だか微笑ましいというか。可愛い熊が懐いたみたいな感覚だ。

「ありがとう! 我が友! 妖精よ!」

「ははは。面白い人ですね」

プラグはしばらく抱きしめられた後、「あ、ゼラトにも」と言って、ゼラトにも同じようにしてもらった。


「おおおお、おう!?」

ゼラトはかなり戸惑いながら、仲直りの抱擁を受けた。

その後、レインはホタルを見つめた。

「ホタル、改めてよろしく『俺はレイン・サルザット。貴方と友達になりたい人間だ。俺と仲良くしてくれるか? ル=ラナ=ホタル』」

そっと手を上に向け差し出し、ゼクナ語で喋った。

あまりの変わりぶりにプラグは感動した。

ホタルは何も覚えていないので、よく分からないけれど、という感じでレインの手に乗った。


『イイヨ! トモダチ! レイン、スキ!』

ホタルは満面の笑みだ。親指にキスされ、一瞬、レインの双眸が潤んだ。


レインはよほど反省したらしい。ゼラトも一瞬、瞳を潤ませてから大きく笑った。

「いいって。レイン、よろしくな! あと――」

ゼラトがシオウを見る。

プラグは頷き、レインにシオウを紹介した。

「レイン、この人はシオウ。俺の大事な友達」

「おお。妖精シオウか! レイン・サルザットだ。よろしく頼む」

レインは手を差し出した。

シオウは苦笑というか、笑いを堪えながら「シオウ・ル・レガンだ。よろしく」と言って握手を交わした。しかし、抱きつかれたので、諦めて受けていた。


「さ、再会の挨拶も終わった事だから、宿舎を案内する。妖精達よ、道を空けてくれ」


……レインは第一王子に言われた通りに、全ての人間を『妖精』と思う事にしたらしい。

恐るべき思い切りの良さだ。

これは……周囲は相当、戸惑っただろう。

今も戸惑っているらしく、ざわめきながら道を空けている。


プラグは思わず笑顔になって、ランドルを見た。

「彼、変わりましたね」

「うえッ? そんな可愛い話じゃ無いぞ……、皆、もう目を丸くしてな。三日くらい降りてこなかったらしいんだが。出て来たらこうなっていた。変わるにしても唐突過ぎる」

プラグは微笑んだ。

「――きっかけになったんでしょうね。でも、今までの自分を変えることはとても、大変な事です。余程、覚悟を持って決めたんでしょう。俺も彼を見習いたいな」

「はぁ。君を見てると、なんだか、本当に妖精といるみたいだ……」

ランドルが頭を抑えた。

「はははっ」

妖精では無くて精霊だが。それにしても、レインには驚いた。元々、素直な所はあったから、余計なこだわりを捨てたのだろう。またじっくり話したいと思った。


「ここが、一階の、一つ目の大食堂だ」

と言って案内された場所の豪華さに、プラグ達は目を丸くした。

大広間に三列、長いテーブルが置いてある。花は無いが白いテーブルクロスがかけられている。正面には聖女ティアスの彫刻があり、壁や柱にも彫刻や装飾がある。

ゼラトが目を丸くした。

「ええっ、ここ、食堂!? でか! 一つ目?」

「ああ。生徒が多いので、食堂は三つある。ここは一番大きくて、一年から三年までが使う。後の二つは少し離れているから、回るついでに見ていこう」


「――では、我々は団長に報告をしますので、ここで失礼いたします。サルザット君、中央棟の案内が終わったら、プラグ君の部屋に案内して、そのまま、皆、彼の部屋で待っていなさい。二時頃、団長が訪問します」

「後は任せた。案内は、とりあえず中央棟まででいい。あとは団長と相談だ」

「はい!」

クエンティンとランドルはレインの良い返事を聞いて去って行った。


そして一階を見て回ったのだが、一階だけで二十部屋はあった。

広いので、回る間に観衆は少なくなっていき、今はレインの友達四人だけだ。

レインが立派な扉を開ける。

「ここもまた小談話室だな。この隣は図書室」

談話室は広々としていて、ソファーやテーブル、暖炉が三セットあった。ソファーの布は青、カーテンも青色で、さすが首都の貴族用、と言った雰囲気だ。


小談話室を覗いた後、一行は図書室に入った。

「おお……!」

プラグは目を丸くした。かなり広い。天井まで本で埋め尽くされていて、梯子がいくつもある。『目』で見たところ、この部屋に十列はあるようで、奥にもまだある。

入り口には老人が座っていて、どうやら司書らしい。

「こちらの部屋にある本は誰でも自由に借りられるが、一度に五冊、二週間まで。奥は閉架で持ち出し禁止になっている。奥の本棚を使えるのは本来は四年生以上だが、アレン団長から許可を得ている。持ち出し禁止は変わらないが、君達は自由に閲覧できる」


「そうなんですね……。あの、ちょっと、閉架を見てもいいですか?」

司書の老人に尋ねると老人は頷いた。

プラグは吸い寄せられるように、閉架に足を踏み入れた。


(どんな本があるんだろう……)


『目』で見てあっと言う間に題名を把握する。まだ読んだことのない本が沢山あった。

「すごい! ――えっと何があるのかな……?」

プラグは知らない振りをして、一つの棚の前に来た。


一番奥にあった、一冊の本を手に取る。

『タール・カンダ植物図鑑 一 ウーナー王国編』

「あ、この本は……!」

今見つけた振りをして、ページをめくる。植物の彩色画が並んでいる。

これはウーナー王国の植物学者が各地の植物をまとめた図鑑で、著者本人が出した物は全部で二十巻ある。その後、同国の研究者が引き継ぎ、細々と続刊があり、そちらは『新』とついていて、今は三十五巻まで出ている。手彩色本なので、高価であまり数が無く、旧本があるのは珍しい。十八巻まで揃っている。


「妖精よ。気になる本があったか?」

「ええ、王立図書館にも無かったのに。こんなところにあるなんて……!」

プラグはにこにこと微笑み、後で借りて読もうと思った。一週間で読み切れない分は、記憶して帰ればいいだろう。

「植物図鑑か。何が書いてある?」

レインが尋ねた。

「綺麗な絵があって。あとは植物の形とか。十八までしか無いけど、あとの二巻は貸し出し中なのかな……」

「どうだろう。司書に聞いてみよう、それは何という本だ?」

「タール・カンダ植物図鑑です。古いのと新しいのがあって、これは古い方です。古いのは二十巻まであるんですが」

「なるほど」

レインは言って、閉架を出て、しばらくして戻って来た。プラグはその間も挿絵を楽しんでいた。

シオウとゼラトもそれぞれ、適当に本をめくっている。


「お? 珍しー本があるんだな。でもなんか、植物とか動物系が多いな? ん?」

シオウが『パロン族の戦い』と言う本を手に取った。

パロン族というのはかつて西のルオゼ王国にいた山岳民族で、レガンに住む人々の先祖だと言われている。

「これ、また借りるか」

「パロン族の本だね」

「ああ。レガンにもあったけど、これは読んだことない」

シオウは本を棚に戻した。


――その本も気になる。と言うか全て気になる。

ゼラトは一冊を取り出して首を傾げている。

「駄目だ、全然分かんない。って言うかプラグ、その本、何語? どれも読めないんだけど」

「これは南の言葉で、アクラ語。シオウは読める?」

「ああ、読めるし喋れる。こっちのは面白そうだな」

シオウは目次を読んでいる。レガンは南方に近いからか、シオウにも分かるらしい。

そこでレインが戻って来た。

「十八巻までしか無いそうだ。残り二巻は冊数が少なくて、今はすごい金額だと」

「ああ、なるほど。数が少ないんですね……どこかにあればいいけど」

「南に行ったらあるかもな」

シオウの言葉に、プラグは頷いた。

「うん。また借りよう」

プラグは本をそっと収めた。本は人々の歴史だ。愛おしくて仕方ない。

プラグは「また来ます」と言って図書室を出た


■ ■ ■


宿舎は三棟あって『南棟』『中央棟』『北棟』と呼ばれている。どの建物も南向きで、全て横に長い。

建物は全て三階建てで、北棟がいちばん校舎に近い。

どこも一階は食堂、風呂、談話室、図書室、自習室などの設備で、宿舎部分は二階からだ。


宿舎は三学年ごとに分かれていて『学年が上がるほど下の階』『学年が上がるほど学校の近くの棟』に配置される。

レインがこれはその方が移動が楽だからだと言っていた。

確かに階段の上り下りや移動は大変だ。

基本は個室だが部屋数の問題で相部屋もあり、二つの学年が同じ階に入る事もあるらしい。


一行はレインの話を聞きながら、中央の渡り廊下に入った。

赤い絨毯が敷かれていて、等間隔に窓があって、壁には精霊灯や何かの賞状や文章が飾られている。

文章は貴族学校の由来や校則、活動内容らしかった。

――プラグは回廊にあった文章を全て『目』で見て読んだ。

歩きながらレインが説明した。


「宿舎を繋ぐ渡り廊下は三本。中央、西、東にあるが、近衛候補生が主に使うのは中央だな。中央が一番格が高いとされている。次が東、一番格下が西。『自発的伝統』という物だ。規則には無いが、身分によっては、通ると上級生に怒られる場合がある。授業の時は各棟の門から出て外を歩くのが普通だ」

「うぇ」

ゼラトが嫌そうな顔をした。

「まあ、宿舎だからな。普通は上級生の棟へ行く事は無い。別棟に用があって下級生が行く時は西側の通路を使う。図書室の利用や、学年の役員会議だな。学年役員というのは、上位五名が勝手に入れられる『悪の組織』だ。俺も入っているぞ」

レインの言い方に、プラグはなんとも言えず苦笑した。

「そんなのがあるんだ?」

「ああ。うっかり上位になってしまった男爵の息子は道が遠くて苦労する」

「うわ、面倒そう」

シオウが笑った。

「だからあえて上位を取らない、手抜き問題がある。しかしそれはそれで怒られる。入学時点の学力試験、普段の授業でおおよその学力、実力が分かるからな」

するとゼラトが首を傾げた。

「あれ? それってさ。学力と、強さで分かれてるの? えっと、……どう言えば良いんだろう。試験の事だけど」

レインが少し考えた。

「ああ。すまん、言い方が悪かったな。学力と強さはそれぞれ別の試験があって、それぞれの上位五名だ。つまり役員は一学年につき、十人もいるのだ。と言っても、どちらも得意なら被る場合がある。例えば、俺のように勉強、剣、どちらも一位とかだな。一応ここは『近衛学校』だから『剣』が基準になるので、勉強は上位五名で止まり、残りの席には剣の六位以下が入っていく」

そこでレインが立ち止まった。


「正式名称は『貴族学校会』――生徒の会なので『生徒会』とも言われている」


ちょうど、貴族学校会の理念を書いた文章が額に入れて飾ってあった。

『貴族学校会は優秀な成績を収めた生徒が入る、名誉ある会である』

良くある成り立ちの説明だ。


理念の横に、少し新しい額があり、全会員の名前が書かれていた。

二学年から始まり、七学年まで。六枚の額に、十人ずつの名前がある。

書いてあるのは名前だけで勉強、剣、どちらで上位かは区別されていなかった。

四年生の額、一行目に『レイン・イーユ・ラ・フランドル・サルザット』とある。


「一学年が無いのは、二学年から入る生徒が多いからだな。剣の試験も二学年からだ。二学年の役員は一学年の面倒もまとめて見る」


額の隣には生徒会の活動についても触れられていた。

プラグは額に飾られた、古い勲章に目をとめた。

「星の勲章がある」

他の勲章は説明があったのだが、唯一これだけ何も書いていない。

星をかたどった平べったい勲章で、星の一部が欠けて、破れたリボンが添えられている。リボンは深い紺色だったようだが、すっかり色あせている。相当古い物だ。


「それはいつからあるかよく分からない。由来も不明だが、その星が近衛が使う紋章『輝証(きしょう)』の元になったと言われている。一部……下の二本の棘が欠けているが、剣の傷では無いかと言われて、そのまま使われたらしい――と引っ越しの際に説明を受けた。五月の試験が終わると、生徒は一斉に部屋を移動する。その時案内をするのが、その年の試験の優秀者……、一つ年上の生徒会役員だ」

「なるほど」

プラグは頷いた。つまり一つ上の先輩が、自分達が一年使った場所を案内するのだ。

その時に注意すべき『伝統』も説明があるのだろう。


「近衛の第一大隊、第二大隊希望者、幹部希望者は上位五人の『生徒会』を目指す場合が多い。必須では無いが、かなり有利になるらしい。他にも、学費軽減や、寮費免除の他に、特別待遇も付く」

「なるほど。どんな物があるの?」

プラグは尋ねた。

レインは少し考えた。

「学費と寮費以外は、さほどでもないが……そうだな……『生徒会』に入ると『勉強会』または『研究会』を主催できる。この二つの違いは、外部の貴族を呼べるか否かだ。『勉強会』は対象が校内生徒のみ。『研究会』広く一般貴族、例えば女性貴族も講義を受けられる。一部の生徒は、恋人探しや、縁作りに余念がない」


ゼラトは少々呆れぎみだ。

「うわー。なるほど。面倒そう。って言うか、上位五人って、精霊騎士とあんまり変わんないな。国がそういうの好きなのかな」

「競争があった方が質が高まるのだろう」

レインが答えた。プラグは頷いた。

「なるほど。外部の生徒って、例えばイメイア候爵令嬢……アルマティラ様が来るとか?」

プラグは尋ねてみた。するとレインが少し驚きぎみに頷いた。

「ああ、そうだ。そう言えば、彼女も見かけた事がある。受講生の入れる場所は決まっているが」

レイン曰く、貴族学校には『研究会』用の教室が集まった建物があるらしい。来校しやすいように、外に近い場所にあると言う。

「女性も……って貴族学校って男性だけだよね? どのくらい来るの?」

「そうだな……俺は多いと思うが、それでも、勉強が主だからな……例えば侯爵令嬢が参加していた『精霊研究会』は百名ほど参加者がいて、八割が貴族学校の生徒、残り二割程度が外部の女性だったな」

プラグは少し驚いた。二割というと、百人中、二十人ほどが女性と言う事だ。

「そんなに?」

「ああ。他もそのくらいだと思う。かなり多い印象だな。会によっては、女性は禁止、何歳以下、生徒限定、など条件を区切る場合もある。『精霊研究会』の主催は近衛の退職者だが『王族縁者』は伝統として研究会を開くことがある。無論、勉強に興味があればだが。昔は王族のみの権利だったが、今は縁者にも適用される。かつては公爵などもやっていたというが、熱意があって、教師か生徒会に知り合いがいて、ある程度の有名貴族で、教師を用意できれば大丈夫、と言う気楽な感じだ。他にも、王族が特別講義を開いたり、研究会に所属したりする場合もあるらしいが、それはしばらく無いな。――アルマティラ嬢が気になるのか?」

プラグは首を振った。

「いや。実はアルマティラ様に誘われたことがあって。どんな物かなって」

「ああ。なるほど。紹介状を配っているからな。参加するのか?」

「いや、忙しいから断った」

するとレインは苦笑した。

「なるほど。『縁者』の紹介だと抜けにくいから、行かなくて正解だ。生徒限定の場合も多いが。研究会や講義は全部で……五十程あるな」


外部参加可能の講義には、貴族女性が詰めかける場合もある。

真面目な女性も多いのだが、男性目当ての場合も多い。

どの会にも定員や参加条件があって、身分や成績、その他条件がある事も多いが、条件を満たしていなくても、紹介があれば入れる場合もある。

稀に紹介が無ければ入れない、格式の高い会もあるという。格式のある会はただ場所を借りている、と言う感覚だ。


参加者の年齢は様々で、特に制限は無いが『学び』を得るための物なので若い貴族が中心だという。場所が『学校』だから恥ずかしいし、内容も若者向けなので、年寄りや専門家には物足りないのだ。

一回だけの講義もあれば、定期開催する物、一年、二年など期間が決まっている物や、もっと長期にわたる物もある。


「一年、二年の長期で在籍する会は、目標がある場合が多いな。例えば何かを作るとか。何かについて研究発表するとか。授業に無い科目を学ぶとか。ああ、そうだ。領主資格を取るための会や、試験対策の会もある。資格修得の会は本格的だ。――すまん、歩こう」

レインが言って、プラグ達は歩き出した。


「俺は犯罪者の心理や捜査について学ぶ『オルザス輝証会』に入っている。一年ごとに、何か一つは入らなければならない。まあ一回の講座だけでもいいから、大した負担では無いのだが。講師が良いので、講座によっては継続したくなる」

「あ。その会は聞いたことある」

プラグは言った。するとレインは首を傾げた。

「聞いた事があるのか?」

「うん、有名だから」

『オルザス輝証会』は貴族なら一度は聞いた事があるはずだ。

「そこって、確か、何か遠泳大会をやってるところだよな?」

ゼラトが言った。

すると、シオウも知っていたらしい。頷いた。

「ああ、ラハバのか。そういやあったな……他にも何かあったよな? 武芸だか何だか」

「ああ、遠泳、剣術、馬術、プレート術の競技会、後は船漕ぎや釣り、刺繍の大会もある。大会主催では、最も権威ある会だ」

プラグは首を傾げた。

「それって、会員は強制参加?」

レインは微笑んだ。

「いや、自由参加だ。勉学がおろそかになると言う事で、大会に参加できるのは卒業後で、言わば大人向けだな。子供向けの研究会は、ひたすら学ぶ真面目な会だ。元々、近衛の為の『オルザス輝証会』があって、そこが候補生向けに捜査の研究会を開いている、と言った感じだ」

「大人の会って、今は近衛しかいないの? 昔は入れたって聞いたけど」

プラグは尋ねた。

「ああ。今も騎士なら誰でも入れると思うが、近衛が多いようだな。大人は大会目的が多いと聞いた」

レインが言った。

「なるほど。俺の養父、カルタ伯爵は若い頃、馬術大会に出たって言っていたけど、七位だったって、自慢してた」

「そうか。かなりの難関だからな。百人以上が出る中で、七位ならかなり立派だ。馬も凄かったのだろう?」

「うん、頑張ったって言っていた。馬も凄かったって。コンドルっていう牝馬で、その子孫がファータなんだ」

馬術大会はストラヴェル全土の騎士団から馬術に長けた騎士が集まって、障害物のある道を走り、馬との連携を見せ、優雅さを競う競技だ。普通の戦闘とまたちがった難しさがあるのだが、伯爵は馬好きなので熱中したという。二十代の頃、領主になるまで参加していて、最高が、最後に獲った七位。その時、伯爵と一緒に出た牝馬『コンドル』の子孫がラ=ファータだ。

「おお、そうなのか! その馬かは知らないが、牝馬の話は聞いた事はある。見た事があるのか?」

レインが首を傾げた。

「家に絵があったんだ」

「ああ、なるほど」

大会後、コンドルには見合いが殺到したらしい。その中から一番良い馬を選んで、生まれた子も良い馬と掛け合わせ……結果、生まれたのがファータだ。絵が飾ってあったが、コンドルは本当に立派な馬だった。馬体は牝馬にしては大きいのだが、優雅さもあり、姿が良い。そこで会話が終わるかと思ったが、レインが続けた。

「俺も卒業後は参加したいと思っている。サルザット家は代々、熱心なのだ」

「ああ、なるほど。それでファータが欲しかったんだ?」

「ああ。賢い馬を探していた。そうか、由緒ある馬なのだな。だが考えてみれば。俺が乗るのだから、別にいい。血統もそうだが、訓練が大事だからな。貸してもらえるなら助かるが?」

「どうだろう。ファータはのんびりしているから、競技向きじゃ無いかも……? 仲良くなれた?」

「それが、一度、見に行ったのだが……思いっきり威嚇をされた。俺を見るなり飼い葉をまき散らして、何度も嘶いたんだ。馬が恐かったのは初めてだ……動物というのは正直だな」

レインが言った。

「俺が一緒に行って説明しないと、信用しないかもね。今度、行こう」

プラグは苦笑した。レインはそれは助かる、と言って話を戻した。


「――研究会の他にも、役員が中心となって、催し物や劇、祭りなどの行事を行っている。年末、有志が大講堂で劇をするんだ」


そして渡り廊下は終わり、中央棟に入った。


■ ■ ■


「ここが中央棟だ。四年生、五年生――十六歳と十七歳が入っている。ここから一人一室になる。一階の配置はほぼ一緒だから、説明は飛ばして上がる」

『中央棟』の玄関にはシャンデリアがあった。入った時の雰囲気は、少し違う気がする。

こちらの方がより華やかで、壁紙も落ち着いた赤色に、若干の装飾が入っている。

壁には精霊灯があり、入って右側の壁に数枚の人物画が飾られていた。

「あれ?」

プラグはすぐに気が付いた。

レインがはっとして足を止めた。


「そうだ。これは今代の国王陛下、王妃殿下、亡き第二王妃殿下、第一王子殿下。第一王女殿下のお姿だ」


シオウが声を上げて笑った。

「ぶあっははっ! 思いっきりアルスじゃねぇか……!」

プラグも思わず口を押さえた。ゼラトは肩を震わせた。

可愛らしい――おそらく一、二年ほど前のアルスがいる。

赤い髪を綺麗に結い上げて、小さな金色のティアラをつけて……白いドレスを着て、椅子に座って僅かに微笑んでいる。ほっそりとしているが健康そうで、顔立はおっとりと優しそうなのにとても賢そうに見える。今より幼く可愛らしいが、絵画にしても美少女だ。


レインが目を輝かせてプラグ達を見た。

「とても可愛いと評判だ。精霊騎士課程にいらっしゃるというのは本当か?」

「うん、いるよ。えっと――元気な女の子だよ」

「本当にこの通りの方なのか? 美少女過ぎて、盛っているのではないかと言われているが?」

「うん。凄く似てるよ」

「おお、そうか!」

「あははは――このまんまだよな。変わってねぇー!」

シオウはかなり笑いながら頷いた。笑いのツボに入ったらしい。

ゼラトが頷いた。

「いや、絵より本物の方が可愛いと思うぜ?」

「うん。でも良く描けてる」

プラグも頷いた。王室の画家が描いたのだろう。さすがの出来映えだ。

プラグはアルスの左隣に飾られた絵――赤い髪、赤い瞳の、美しい女性を見た。

「あれ? じゃあこの、綺麗な女性がアルスのお母さんなんだ。ああそうだ、確かに本と一緒だ。本当に綺麗な方だな。それで、こちらが国王陛下……! 格好いい。へえ、すごい! 王子殿下もそっくりだ! なるほど、これなら会えば一目で分かるね」

そう言えば近衛候補生達は、王子が現れた時すぐに王子だと気づいていた。

近衛候補生は王子に会った事があるのだろうか? と思ったが、ここでこうして、毎日絵を見ていた訳だ。

「上手い方法だな」

シオウが感心する。ゼラトも深く頷いて口を開いた。

「確かに、これなら絶対、間違えないよな。だからあの――、ゴホン。いや、うん、本当に良い方法だな」

ゼラトは例の事件に関して、口を滑らせかけて言い直した。

レインが深く頷いた。

「そうだ。いつも見ているからな。お目にかかればすぐに分かる。近衛の目標は王族を守る事だ。南棟にもあるが少し奥まった廊下だな。小教会に行く途中の渡り廊下に飾られている。まだ子供なので悪戯防止だ」

「なるほど。あれ? 第二王女……ミアルカ様のお姿は?」

プラグは尋ねた。

「それが無いのだ。まだ幼いからだと思う。アルスティア王女殿下の絵が十二歳くらいだから、それくらいで描くらしい」

「そうか、まだ九歳だったよね」

「ああ。彼女は王妃殿下似の美少女らしい。いつ入るかと皆、楽しみにしている。国王ご一家が美形で嬉しい限りだ。俺は命を賭けて王族に仕える」

レインが肖像画に騎士の敬礼をした。

さすがに笑うところでは無いので――シオウは頑張って口を押さえている。


「では上がろう」

――中央棟の中央階段を上りながら、レインが説明する。


レインが説明を再開する。

「三つの学年が入るのは、先程の南棟と、後は……北棟もそうだが二十歳は少ない。南棟は図書室が立派で最も横に長い。一学年、二学年は稀に二人部屋になるが、その分、寮費が安くなるので、おおむね好評だ。選ぶ方法は希望とくじ引きだ。無論、断る事もできる。その場合はまたくじ引きだ」


階段には赤い絨毯が敷かれていた。手すりは飴色の、年季が入った木材だった。

踊り場には窓があり、落ち着いた印象がある。


「先程も言った通り、ここ、中央棟からは全員個室だ。十六歳、十七歳の、四年生と五年生が入っている。年上の五年生が二階で、四年生が上、三階になる」

「なるほど」

レインの説明にプラグは頷いた。


「妖精達は本来なら南棟の年齢だが、今回は俺の近くにしてもらった。その方がいいだろう。必要なら変えさせる」

レインが微笑んだ。こうして笑うと意外に爽やかというか――不思議な感じがする。

「ありがとう。レインはそう言えば何年生?」

プラグは微笑んだ。

「俺は今、十六歳、四年生だ。今年で十七歳になる。誕生日は遅くて、三月二十五日だ」

「そうなんだ。俺は二月十七日生まれだよ」

「! そうか、近いな」

「そうかも?」

「――お前、誕生日とかあったんだな?」

シオウが呟いた。シオウとしては『お前、精霊なのに』と言う感じだろうが……。

「それはあるよ。孤児だったけど、拾われた日。冬なんだ」

「ああそういう……ふーん」

「妖精シオウはいつ生まれた?」

「俺? 俺は……えーっと、いつだっけ……八月の……えーっと……ちょっと待て、……えーと、……あ! 八日だと思う。そうだ、確かぞろ目だったから!」

シオウは頭に手を当て、かなり考えて言った。

プラグは首を傾げた。

「覚えてないの?」

シオウはレガンの領主の家系なので、誕生日を知らない……と言う事は無いだろう。

あるとすればレガンの風習で、誕生日がどうでもいいとか……? そんな風習は無いはずだ。シオウが苦笑する。

「いや、俺、頭ぶつけたせいで、ちょっと昔の記憶が曖昧で」

「そうなのか。おお妖精よ……怪我はもういいのか?」

レインが心配をした。

「ああ、ダイジョーブ」

プラグも心配になったが、そう言えばシオウは以前、そんな事を言っていた。

『おかしな事をしたらそれとなく、人から引き離してくれ』とお願いをされたし、色々と苦労しているのかもしれない。

「リズにも言っとくか……」

シオウの呟きに、ゼラトが首を傾げた。

「お前って、領主の息子だろ? 誕生日の記録が無いのか?」

「それがその辺、秘密主義らしくて。暗殺防止かは知らねぇけど、成人まで公表されない。俺は忘れてたから、ずっと謎だったわけ。まあ、国に報告はしたと思うけど、俺は知らなかった。一応、八月の頭に祝いがあって、その日も祝ってくれた気がする――って感じで」

「あー……うん、そうだったんだ……?」

ゼラトが気まずそうに頷いた。シオウの生まれた『ラオラ地区』が魔霊の被害に遭って消滅した、というのは皆、知っている。シオウは目を細めて笑っている。

「ま、思い出したからいい。俺、そういう事、良くあるから気にすんな」

「……おう。わかった」

ゼラトがしっかり頷いた。


「ゼラトはいつの生まれ?」

プラグが尋ねると、ゼラトは「五月十八日だよ」と言った。

「あれ、もう過ぎてるな。何もしてない」

「気にするなって。部屋で祝ってくれたから」


そして五年生の二階は飛ばして、三階に着いた。

階段の前には、精霊灯のシャンデリアがあり、小さめの空間が作られていた。

そこから左右に幅四メルトほどの廊下が伸びている。背面側の左右、正面の左右にも部屋の扉が並んでいた。廊下には当たり前、と言った様子で精霊灯が並んでいる。かなり贅沢と言うか……中々見ない立派な造りだ。


レインの部屋は、階段を上がってすぐ右側にあった。

「俺の部屋はここだ。三階の十号室。階段が近くて便利だ。妖精プラグは俺の右隣、九号室。妖精ゼラトは左側、八号室。妖精シオウは七号室だ。荷物はもう運んである。メイドは、常時はいないから、困った事があったら俺に聞いてくれ」


「……なんつーか、贅沢だな……」

シオウが言った。

ゼラトも頷く。

「まるきり城だよな?」

「つか、これ、トイレは?」

シオウが疑問を口にした。

プラグも少し気になっていた。これだけの人数で、しかも三階建て……となると、どうなっているのだろう?

「ああ、トイレはこっちだ。各階に三カ所ある」

と言ってレインが歩き出したので、プラグ達は驚いてしまった。

「は、マジで?」

シオウが驚きながら歩き出した。プラグも後に続く。

「そんなにあるの?」

ゼラトも目を丸くしながら歩いた。

プラグも同じく驚いていた。三カ所とはかなり沢山ある。

「ここだ」

と言って示されたのは、扉で、中を開けると、個室が奥に向かって、五つ並んでいた。木の扉で区切られていて、入り口、右手側には広い水道がある。蛇口はこれも五つ並んでいる。床は板張りで、天井近くに、換気用の小さな窓があった。

シオウが戸惑う。

「うわ、これ、え? ――まさか、水洗か?」

「そうだ。まだ珍しいが、便利だぞ。使い方は分かるか?」

するとゼラトが首を振った。

「え、スイセンってなに?」

ゼラトの言葉にはシオウが答えた。

「水で流すヤツ。金持ちの家にはある」

シオウは一番手前の扉を開けようとしたが、扉には鍵が掛かっていた。

「――あれ、誰か入ってるか?」

シオウがノックすると、中から苛立った様子のノックが返ってきた。

「あ、わりぃ。使用中か」

「ああ、鍵を掛けると、ここが赤くなる。青が空だ」

レインがドアノブの上を指をさした。

ドアノブの上に一セリチほどの小窓があって、小窓は赤くなっている。

プラグが見ると、隣は青だった。色紙が貼ってあって中で鍵を動かすと色が変わる、簡単な仕組みのようだ。

「へぇ……こっちは空か」

シオウが隣の扉を開けた。

中は狭かったが、床は赤のタイル貼りだった。座れる白い便器があり、白い蓋があった。きちんと清掃されていて清潔だ。

「小の時はこの蓋をこうやって二つあげて、大の時は蓋だけ開けて腰掛ける。これはどこも一緒だろう」

プラグ達は頷いた。

「紙がそこに積んであるから、それで拭いて。紙ごと流す。この紙は特別に作った、水に溶ける紙らしい。よく知らんが、一回一枚と決まっている」

ゼラトが正方形の紙を見てほっと表情を緩めた。

「あ、紙は一緒だ良かった。へぇ、流していいのか、へぇ……詰まらないのか?」

「一枚ずつなら詰まらない。で、終わったら、この紐を引くと、水が流れる。以上だ。ああ、手は石鹸で洗うように。ハンカチは持参だ」

レインが天井からぶら下がっている紐を下げると、水が流れた。


「へぇ……凄ぇな。レガンにもあったけど、こんなに沢山はなかったな……庶民が使うって発想が凄ぇな。あ、貴族か」

シオウの言葉に、レインが頷く。

「慣れるとこれ以上ないほど便利だぞ。皆、驚いて欲しがるが、設置には金が掛かる。下水の問題もあって設置は難しい」

「確かに。そうか普及させるか……なるほど。いや勉強になるな」

シオウは何やら考えている。

ゼラトは目を輝かせている。

「あ、ちょうど行きたい! なあなあ、使ってみていいか」

「ああ、自由に。だが一番奥は流れが悪い」

「ふーん」

と言ってゼラトが使う間、プラグは水道をひねってみた。

水道はこちらもタイル貼りになっていて、タイルの色は白。蛇口は鉄でできていて、タイルの縁に石鹸受けがあって、石鹸が置いてある。

蛇口をひねると綺麗な水が出てきた。――冷たい。

「へぇ、凄い。この水はどこから来てるの?」

するとレインは、正面にあった、小さな鍵付きの扉を指さした。

「ここの水道は、全てその中にある『水』のプレートから出ている。水を補充したプレートを交換する簡単な仕組みだが、水洗はこの部屋の上にタンクがあるらしい。トイレは各階、全て同じ位置にある。屋根の上に貯水槽があって雨水を使っているらしいが、水槽の中身が無い時は精霊か、プレートで補充している。各階の風呂も似たような物だ」

レインの言葉に、プラグは驚いた。

「えっ。各階にお風呂があるの!?」

「ああ、あるぞ。浴場が二カ所ずつ。片方が王族、公爵用の少し小さい物で、もう片方は全員が入る大風呂だ。どうだ、贅沢だろう」


プラグとシオウは目を丸くした。

「……すっげー、え? 学生だよな?」

シオウが言った。

「ああそうだ。こんな風だから、皆がかつての俺のように増長する――ん?」


そこでゼラトが水を流して、目を輝かせながら出て来た。

「凄い、いや文明の利器! 人間って凄い! いやプレートが凄いのか? 俺の村、全部これにしようかな。山だし、下水はなんとかして。プレートがあればできそう」


その時、入っていた手前の個室の扉が少し開いた。

「あのー、レインさん、出ても良いでしょうか……?」


「ああ、すまん、邪魔をした。妖精セルヒだったか。羽ばたけ」

「う……どうも……」

出て来たのは、小さめの丸眼鏡をかけた、黒髪青目の少年だった。

黒縁の丸眼鏡を掛けていて、前髪が横一直線に揃っているので、真面目そうな印象だ。

目は丸目で……可もなく不可もなく普通……と言った顔立ちで、可愛らしい系と言える。

猫背ぎみだが、身長は低くない。プラグより少し高く、シオウより少し低い程度で、体格は細身だ。

この階にいると言う事は、レインと同じ十六歳だろう。

ちなみにレインはシオウより少し背が高く。プラグとゼラトは同じくらいだ。

セルヒの服装は濃い灰色のズボン、白いブラウスの上に黒いベスト、首元には白いクラヴァット。胸には貴族の紋章が付いている。どうやら私服のようだ。


セルヒはひとまずと言った感じで、先に手を洗った。

セルヒが手を洗っている間に、レインが勝手に紹介する。

「紹介しよう。彼は、セルヒ・ラ・カセロ。カセロ子爵家の次男で、やや南寄りのナールーン領の出身だ」

――そう言えば彼の名前は、先程の四年生役員の額縁、六番目にあった。成績優秀らしい。

黒髪なのは南方出身だったから、かもしれない。


セルヒは手を拭きながら挨拶した。

「……セルヒ・ラ・カセロです……えっと、この人達が、例の候補生ですか?」

「ああそうだ」

「はじめまして……」

「そうだ妖精セルヒよ。彼等は来たばかりだ。困っていたら助けてやってくれ」

「アッハイ……わかりました」

どことなく雰囲気の暗い少年だった。

「妖精セルヒは少々暗いが、頭は良い。妖精として日々、鍛練や勉強に励んでいる。皆も自己紹介を――」

「あの、とりあえず出ません……?」

セルヒが言った。確かにここはトイレだ。

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