第10話 プラグと男子達 -1/2-
プラグの宿題が終わった頃、ちょうどアルスが戻ってきたので、プラグ、シオウ、アルス、精霊達は、フルーツタルトを切り分けた。
このタルトはエマが居なくなって、落ち込むバーバラ達を目撃したラ=ヴィアが、彼女達を励まそうと作った白葡萄タルト――のついでの品だ。
ちなみに、白葡萄のタルトは賄賂として隊士達にも献上されている。
「おいしい……!」
ラ=ヴィアが作ってくれたフルーツタルトは、本当に美味しかった。
コル=ナーダのお帰り会はもう少し先になりそうだから、前祝いと言った感じだ。
「ねえプラグ、今度の休みだけど、アメルちゃんと出かけるのはまた今度でいい?」
アルスが言うので、プラグは首を傾げた。
「いつでもいいけど」
具体的に決まっていなかったから、次の休み――三日後でなければいけない、と言う事は無い。
「そっか、今度って私が留守番じゃない? だからシオウに悪いなって」
「そういえばそうだな。じゃあ今度シオウが留守番の、再来週にしようか。その次は俺が残るし」
「そうしましょう。このプレート番って意外と大変ね。でも元々やっていたから、そういう物かしら」
「そうだな」
二十五号室にはアルスが決めた鉄の掟がいくつかある。全くの偶然だがその中に『休日は必ず、誰か一人が留守番する』という決まりもあった。留守番と言っても、宿舎周辺なら出歩いても良い。
アルス曰く、集団生活だからこそ、一人の時間は必要だというのだ。
最初は変わった子だな、と思ったが今思うと中々賢い。プラグはラ=ヴィアやナダ=エルタ思いっきり甘やかす事も出来るし、人に聞かれたく無い事を話せるし、敷地は広いので遠乗りができるし、その先で自主鍛練も捗るし、良い事ずくめだ。
「それで、たまには、シオウと一緒に出かけたら? 二人が一緒に出かけてるの、見たこと無いわ」
「ん?」
シオウが反応した。プラグも首を傾げた。
「そういえばそうか……? 機会はなかったけど、別に、用は無いし……」
プラグはシオウを見る。
「だよな。いつも一緒にいるのに必要ないだろ」
シオウが頷いた。鍛練でも、授業でもシオウはプラグにくっついてくる。
最近は鍛練といえば、二人一緒、というのが当たり前で、二人で一組の扱いだ。
シオウが嫌いなわけではないが……ラ=ヴィア達と内緒話ができないので、休みまで一緒にいる必要はないのだ。
「あら? そんな感じなの? じゃあいいわどっちでも。お使い頼める?」
「うん」
アルスに言われ、プラグは頷いた。休みの日はおつかいをこなす日でもある。何が欲しいか尋ねて、紙に書いてもらう。アルスが言ったのは、紙とお菓子、間食になる何か、だった。
休みの日も、晩御飯は宿舎で食べる決まりだが、朝、昼は外食もできるので、宿舎で食べたい候補生は前日、食堂の名簿に印をつけておく。朝、昼の欄があって、欲しい所だけ印を書き込めばいい。シェフはそれを見て必要な分だけ用意する。
「んー。だったら、お使い、俺が行こうか?」
言ったのはシオウだ。
「シオウが?」
アルスが首を傾げる。
「ん。ちょうど俺も買い物があったし。紙欲しいし」
「じゃあお願いしてもいい? シオウと一緒の物でいいわ。お金は後でいい?」
「ん、いいぜ。お前は?」
問われてプラグは頷いた。
「じゃあ俺の分も一冊頼む。でも、行くところが無いな……一緒に行っても良いか」
「ん? なんだ、じゃあ一緒に行くか」
「うん」
その時、プラグは特に行くところも無かったので、シオウについていって、適当に分かれるつもりでいた。
■ ■ ■
「ねえ、プラグくん」
二日後の昼食で、親しげに話しかけて来たのは、フィニーだった。
プラグは既に食べ終えていて、時間は未だ少しある。アルスは先程片付けに立ったところだ。
「君、明日の外出、どこか行く? 出かける予定ある?」
「ん……明日はシオウと出かけるけど……?」
何となく嫌な予感がしつつも、プラグは答えた。
「じゃあさ、俺達と一緒に出かけない? 俺達って言うか、結構多人数なんだけど」
そこにいたのは、ゼラト、アドニス、オード、マシル、レンツィ、ナイドの六人。
フィニーを入れて七人という大所帯だった。
「え? 全員で行くのか? どこへ」
「ちょっとした食事会。あ、安い庶民の店だけど。男子同士、あまりゆっくり話す事もないよね? だからたまにはって思ってさ。君の話も聞きたいな」
プラグは考えて、男子達を見た。
「アドニスが行くなら――イアンチカと、青髪のは行かないのか?」
一瞬『成績が良くて、生意気だから囲んで殺してしまおう』かと思ったがアドニスがいるから心配はなさそうだ。
しかしアドニスと同室のイアンチカとウォレスはいない。
「二人は勉強するそうです。僕は皆さんと仲良くなりたくて。むしろ僕の為の食事会かも?」
アドニスが言った。
「そういうことなら。でもシオウと出かける約束してるから……シオウ?」
「ん?」
シオウは食事を続けていたが、声をかけるとこちらを見た。シオウは声をかけないとあまり会話に入って来ない。
「そういうことだけど、どうする? こっちに行っても良いか」
会話は聞いているはずなので、シオウに尋ねると。フィニーが慌てた様子で先に口を開いた。
「――もちろん、シオウ君も、参加しても、いいよ!」
フィニーはシオウに殴られたことがあるので、まだ少し恐いのだろう。
そしてフィニーは少し頭を下げた。
「あの、この前は改めてゴメン……ね、君も一緒に行こう? 仲直りってことでさ……? まだ怒ってる?」
「んー。そうだな、別に、行ってもいいぜ」
シオウが頷いたので、フィニーはほっと息を吐いた。
「前の事許してくれるの? っていうか未だに、何が悪かったのか分からなくて、ゴメン」
「あーあれな。気にすんな。俺も悪かった。ついカッとなっちまって」
シオウが謝ったので、フィニーは笑顔になった。
シオウが苦笑する。
「あれはちょうど苛々してたところに、延々とウザイ話聞かされて、ちょっとムカついただけだ。人前では気を付けろよ?」
シオウは――長々と艶話を聞かされて腹が立ったのだと言う。
……それにしては怒っていた気がするのだが……。
「うん、それ、プラグくんにも言われたよ。気を付ける。じゃあ十一時に敷地の出口でいい?」
フィニーの言葉に、シオウが無言で軽く頷いた。シオウはすっと目を閉じてしまった。
とにかく、フィニーの素直さとシオウの譲歩で、二人の仲直りは済んだらしい。
「プラグ……くんもいい?」
フィニーがおずおずと尋ねてくる。
「ああ」
プラグもほっとして、頷いた。
■ ■ ■
「お待たせ!」
最後に来たのはフィニーだった。
「おそいぞ?」
オードが言った。オードはくすんだ金髪に茶色の目を持つ、背の高い、男子の中で一番体格の良い男子だ。話すのは初めてで、待っている間はほぼ彼と話していた。首都出身だったので騎士課程に参加したが、鍛練自体あまりした事が無かったので、ついて行けず困っているという。目標を事務員に変えようか、と言っていた。
――シオウもいて、シオウはアドニス、ゼラトと雑談をしていたが、二人に対する返事は適当だった。「ん」とか「だな」とか「へぇ」とか二文字以上は喋らない。
ちなみに外出は訓練着で、と言われているので、皆、青い訓練着を身につけている。
短剣は持っているが、プレートは部屋の誰かに預けて来た。
「ごめんごめん、じゃあ行こうか」
フィニーが歩き出す。プラグが気配を感じて上を見ると、フィニーが「あ、分かる?」と言った。
トアゼ=エルタがいるようだ。
「俺は今日も監視付き。普通、プレートの持ち出しは駄目だけど、リーオ隊士から絶対連れて行くようにって。しかも今日は特に、支度に時間掛かってさ……皆には見えないって言うのに」
「それで遅れたのか」
プラグは苦笑した。他の男子も笑っている。
「ほんとさー、行こ」
フィニーが言って、一行は歩き出した。
「それにしても、急にどうして出かけようって思ったんだ?」
丁度近くにいたので、プラグはフィニーに尋ねた。
「んー、懇親会、あとプラグ……くんと、あとシオウ君と話したくて。鍛練の様子が聞きたいんだ。ねえ、今更だけどプラグって呼んで良い?」
前から思っていたが、フィニーはプラグと親しくなりたいらしい。
シオウから庇ったので、初対面の印象が良かったのだろうか? 断る理由は無いので、プラグは頷いた。
「うん。気にしなくて良いのに。真面目だな」
女性関係がなかったら、フィニーは普通に真面目だと思う。鍛練もぼやきながらやっているし、遊んだり手を抜いたりする様子は無い。薄紫のおかっぱ頭で、ピンクの瞳、という可愛い容貌だが――アドニスの次か、アドニスと同じくらいの力はあるのだから、大した物だ。
入った当初は奔放で、良く愚痴をこぼしていたが、最近はトエゼ=エルタのおかげで落ち着きを見せている。身のこなしは俊敏で、腕力も強い。
結構な努力家で――何より、才能がある。さすがはミリルの血縁というような、霊力の豊富さと、器用さで、難しい霊力調整も『え? これって難しいの?』と言った顔で終わらせている。
……プラグもうかうかしていられない。と思うくらい、フィニーは霊力の扱いが上手いのだ。
今後はプレートの実技も増えるらしいので、上位五人が選ばれるとしたら、どこかにフィニーが入る可能性は高い。
「真面目! 珍しい事言われた! そうだよね、俺って真面目だから! 凄いでしょ?」
――少しお調子者な感じがあるが……愛嬌……なのだろう。
素直なのに女好きとは、中々、奇妙な性格をしている。
「そういえば、フィニーってどうして女性に声をかけるんだ? ちょっと多いって聞くけど?」
ろくな答えが返ってこない気がしたが、あえて聞いてみた。プラグにも分かる理由があるのかもしれない。
「え? 女性が一人でいたら声かけるでしょ? 君は違うの?」
「……あーいや、そういう? そういうこともあるんだな……地域の特色なのか……?」
プラグは真剣に考えてしまった。
「ああそうかも。俺の領だと普通だよ。カルタだっけ、あんまり栄えて無さそうだもんね。あ、固そうって意味だけど」
「確かにそうだったかも。歓楽街もなかったし」
「ないの!? 嘘でしょ?」
「あるにはあったけど、首都ほどじゃない」
「じゃあさ、こんど一緒に行かない!? 行こうよ!」
「――いやいや、いかない、嫌だ」
プラグは首を振った。フィニーは不思議、という顔をした。
「君も、親……養父に何か言われてるの? わりと皆、固いよね?」
「いやそうじゃないけど、騎士になりたいんだ……鍛練の方が優先」
「そっかー、残念。プラグを連れて行ったら、皆、きっと喜ぶのに。朝まで放してくれないよ。っていうか一ヶ月くらい放してくれないかも? いっそ、いっぱい子供作れば? せっかく美形なんだから、美形の王国ができるよ!」
「……絶対嫌だ。死んでも嫌だ……!」
プラグは身震いした。恐ろしすぎる。やはりフィニーとは距離を置きたい。
「冗談だよ。それに最近は全然、行けなくてさ~。こいつ隙あらば実体化するんだよ、ムカツク!」
するとトアゼが浮いたまま実体化して。
「ムカツクとは何ですか。もう。お口が悪い。――皆様、ごきげんよう」
と言った。トアゼは薄い水色の羽、白い肌、長い水色の髪を結い上げた、飛び抜けて美しい精霊だ。衣装には水一族で一番拘っていて、装飾品のセンスもいい。裾は優雅に揺らめき、あちこちに装飾のリボンがある。
「おー、美人! さすが!」
マシルが言った。
「うわ綺麗だなー! やっぱり最高!」
レンツィも褒めた。こうするとフィニーが困るので、皆そうしているのだ。それでなくても、トアゼは綺麗だ。トアゼが嬉しそうに頰を染める。
「ありがとうございます」
そしてトアゼはプラグに少し、目線を向けた。
「綺麗な精霊だな」
となるべく他人行儀に言っておいた。トアゼは微笑んで消えた。
「あ、そこだよ」
フィニーが指さしたのは、ごく普通の定食屋だった。
二階建ての一階にあり、間口は狭く、とても小さな看板が掛かっている。肉を出す店らしい。名前を見ると『木こり亭』と書かれている。誰かが話していた店だ。
「あ、ここだったのか」
「入った事ある?」
「無いけど、誰か言ってた」
分かりにくい場所にあるので、いつも空いているという話と、行ったけど、迷ってたどり着けなかった、という話が一緒になっていた。
「お連れさんが来てます」
と主人が奥に案内する。
中で待っていた人物を見て、プラグは思わず声を上げた。
「オクター?」
そこにいたのは、赤っぽい茶髪に薄い青目の少年……オクターだった。
■ ■ ■
オクターは白いズボンに白い長袖、皮のブーツという、ラフな格好をしていた。
「ああ、皆」
と言って手を振った。プラグ以外も驚いている。
「元気そうでよかった」
ゼラトが言って、笑顔を見せた。オードも「無事でよかった」と言って近づいた。
「どういうこと?」
と言ったのは紅茶髪のレインツィだ。
濃茶の丸刈り……ナイドも目を丸くしている。あとはアドニス、シオウも驚いている。
「実は、な……、ああ、まあ座ってくれ、とりあえず食べよう」
ゼラトが言って、皆を促した。
プラグ達は中央のテーブルを二つ使って、オクターを囲んで座った。
店は狭く、プラグ達が陣取ってしまうと、後は四人掛けの席が二つあるだけだった。
木こり亭は、店も厨房も年季が入った店だった。メニューは無く、ゼラトは何人分、と頼んでいた。床は板張りで、あちこちに傷があり、だいぶ木肌が禿げていた。壁は板壁で、木の柱がところどころに立っている。夫婦でやっているようで、老婦人が水を持って来た。
「いらっしゃい、候補生さん達。ゆっくりしていってね」
主人は無骨な印象だったが、老婦人は優しげだった。
「ここ、ステーキが美味しいんだって。あ。もちろん、みんな俺の奢りだから! そこの綺麗なお姉さん、これ紋章、トリル侯爵家にツケでできる? 現金もあるけど。全員分で」
フィニーが貴族の紋章を取り出して気前よく言った。
『お姉さん』と言われ、老婦人はかなり驚いた様子だ。
「お姉さん? まあ、もう、驚いた。はい、できますよ。トリル侯爵ですね。ありがとうございます」
隠す気も無いようだが――この店にフィニーは初めて来たらしい。
プラグはフィニーとアドニスの間に挟まれてしまった。
何やら訳あり……な会合のようだ。
アドニスの隣にはシオウがいて、向かいに、オード、ゼラト、ナイド、レンツィがいて、フィニーの左斜めに横にオクターがいる。
――そして、ゼラトがプラグを見た。
「悪い、実は……リズメドル隊長に許可とって、会わせて貰ったんだ。フィニーはついで。あ、アドニスの懇親会も、ついでにやれって隊長が」
「そうそう。で、オクター、どうだったんだ……? 大丈夫だったって聞いたけど」
オードが言った。
するとオクターは溜息を吐いた。
「いやこの三日、大変だったよ。いや……でもうん、仕方無いな……って感じ。親も諦めてくれたし」
「結局何だったんだ?」
ゼラトが尋ねた。
「それが、親戚がなんか悪さしてたらしくてさ……とばっちり。でも、もう復帰はできないってさ。あーあー。ただ、家庭の事情で辞めたってことにしてくれるらしいから。他の騎士団に行くことはできるって……。一からだけど。ま、仕方無いな。地元で、領土騎士の試験でも受けるかなぁ」
オクターが言った。
「あーそうだったのか……大変だったな……」
ゼラトが気遣わしげに言った。
「地元ってどこだっけ?」
「エスタード領。一応、そこなら、紹介状は出してくれるってさ」
エスタード領は首都のすぐ北西側にある領地で、精霊結晶の鉱山が沢山ある、豊かな領だ。ただし山が多く、冬は寒い。
「それで……?」
プラグは首を傾げた。近況報告のための会だったのだろうか。
「ああ、そうだそれでね、なんだっけ?」
フィニーがゼラトを見た。
「オクター? 何だった? プラグに話があるんだよね」
「ああ。実は……無理なお願いなんだけどさ、一回、プラグと戦ってみたくてさ。辞める事になったけど、踏ん切りが付かなくて、隊長にお願いしたんだ。許可は取ったから、宿舎で鍛練場を借りてやれるんだけど、どう?」
オクターが申し訳無さそうに頼んで来たが、プラグは首を振った。
「悪いけど、断る。アドニスに頼んでくれないか」
プラグの言葉に、皆が首を傾げた。
オクターが不思議そうに首を傾げる。
「それはどうして、俺と戦うまでもないって事?」
「それもあるけど……やっぱり私闘は良くないよ。俺達は候補生なんだから」
プラグは苦笑した。
食事が運ばれてきたが、プラグは食べる気が無くなってしまった。
「ごめん、用事思い出したから、帰ろうかな。シオウはどうする? 買い物あるけど?」
プラグは立ち上がって、シオウに尋ねた。
「じゃ、俺も抜ける。お前等『それ』何とかしろよ」
■ ■ ■
店を出たプラグは、しばらく歩いて、溜息を吐いた。
「なるほどな……オクターも可愛そうに」
プラグの呟きにシオウがにやっと笑った。
「ここ、案外面白いな」
「面白いか……? フィニーもアドニスも気の毒だ」
「俺も良くわかんねぇから、教えろ。――腹減ったなぁ、飯、どこで食う?」
「もうちょっと離れよう。お前のお勧めの店とかないのか?」
「だったら、前行ったところ行くか……ついて来いよ。落ち込まずに」
「はぁ……」
プラグは少々項垂れながらシオウに続いた。
シオウが入った店は、こちらも、知っている名前の店だった。
以前、アルスがシオウと一緒に行った、と言っていた店だ。女性向けの店内は白漆喰の壁で、柱は青く塗ってあり、テーブルは全て白。天気が良いので、通りに出ている席もあった。いかにも都会的で、雰囲気が良い。
「ここ、飯はあんまり種類ないけど、パンに肉挟んだヤツが美味かったんだ。それでいいか。一応麵もある」
「ああ、ここにしよう」
プラグとシオウは店内に入って、お好きな席にどうぞ、と言われた。流行っている店らしく、客も多く賑やかだ。左右が空いていた、道の側の席に座った。
女性が入る店なので、プラグ達以外の客は全員女性だ。
シオウはパンに牛肉炒めと野菜を挟んだものを頼み、プラグはパンに鶏肉と野菜を挟んだ物を頼んだ。飲み物もついでに頼む。
「飲み物は――林檎紅茶の冷たいヤツで」
「俺はこの、花紅茶? の冷たいのを下さい」
プラグはよく分からないまま、珍しい物を頼んだ。
「訓練着だと暑いな」
「それな。半袖でやりたい」
飲み物はすぐ運ばれてきて、二人は喉を潤した。夏が近づいて来たので、暑い日が増えてきた。六月になったら、衣替えがあるというが――。
「これ美味かったんだ。冷たい紅茶って発想が凄いよな……恐るべしストラヴェル」
「これは……本当に花なんだな。綺麗だけど、食べてもいいのか?」
プラグが頼んだ飲み物は、氷は無いが良く冷えていて、白とピンクの、何かの花びらが浮かべてあった。
「アルスが花は飾りだ、って言ってた。香り付けだって。やめとけ」
「そうする――……」
グラスを傾けると、甘みと酸味が絶妙で、とてもいい味だ。
「美味しい」
プラグはほっと笑顔になれた。
「で、何だったんだ? あのオクターとか言う奴。本職っぽかったが」
シオウが言うので、プラグは頷いた。
「可愛そうに、隊長に利用されたんだ。たぶん、フィニーかな……俺達の特訓みたいなのを、そっちにやってるんだ」
「あーなるほど。そういう事か。通りで胡散臭いと思った。あいつら大丈夫か?」
「アドニスと、精霊もいるから大丈夫だろう。フィニーもあれで強いし。あの店は多分慣れてる。柱や机に、刀傷があったから……」
「あー、そういやあったな。目当てはアドニスなのか? アルスじゃないよな?」
シオウの言葉にプラグは頷いた。
「乗ったって事はたぶんアドニス。でもなんで俺なんだろうな……それが課題だったとか……。リズに何を言われたか知らないけど、本当に、オクターが可愛そうだ」
「終わったら処刑ってヤツ?」
「さぁ。監獄島かも? やっぱり処刑かな?」
「そりゃ気の毒に」
食事が運ばれてきたので、早速食べる。
「! 美味しい」
パンはどうなっているのか、と思うほど食感が良く、味が良かった。鶏肉と野菜の分量も完璧だし、ソースの味は革新的だ。香辛料が効いていて、飽きない。
「美味いよな。初めはこんな女が食うもん、って思ったけど、美味いもんは美味い。アルスは舌が肥えてる」
「流行るのには理由があるんだな。あの店のステーキも食べたかったけど、今回は諦めよう。まさか、皆で食べに行って、シオウと二人で食べるなんて。全く……怒る気にもならない」
「あ。そこんとこ詳しく。お前、何か知ってたのか?」
――プラグはシオウに、リズに呼び出されて、事前に密偵の情報を聞かされていた、と伝えた。
「四人いて、その時からおかしいな、オクターは変だな、って思ってたんだ。何かあるのかって考えてたけど、別に関わりも無いしって放っておいた。その時の条件もあったし……」
「条件?」
「もし、それ以外の暗殺者がいたら対処すること。抗議したところで、『あー分かったのか、そうそう、そうしたんだ! で、どうだった?』とか言われそう。人間不信になりそうだ……」
プラグの言葉にシオウが笑った。
「あはは、あの女の言いそうなこった。で、嘘を吐かれて頭に来たと」
「そういうことだ。楽しみにしていた分、ちょっとな……今回はフィニーと、ついでにアドニス達に対する荒療治だろうから……フィニー達にも同情する。一応、リズには文句を言うつもりだけど。何かある度に、死体の山ができてもいけないから……。色々、早計だったかもな」
プラグは自分にも呆れていた。
リズは大丈夫だと、まだ今の所、思っているが……。
――人を信じすぎだという、警告と受け取る事にした。
しょうがないな、と思う自分もいるのが不思議だった。あるいはそれが、リズの人徳なのだろう。
まだ、信じようと思えるのは――リズやリーオに『信念』があるからだ。
彼等の行動は、すべてこの国のため、というとても分かりやすい物だ。
一方で『信念』のない者は危険だ。
プラグの考えが合っていればだが……今回は、おそらくフィニーがそれにあたる。
アドニスはついでだろう……これも気の毒だ。
「フィニーは期待されているんだろう。でも、今のままじゃ使えないって事だろうな。俺達も頑張らないと厳しいかも」
「それさ、俺思うんだけど。別にどうでも良くね? そんなの適当に使って、駄目ならポイで。予備なんていくらでもあるんだからよ」
シオウの言葉はもっともだ。けれどプラグは考えた。
「んー、確かにそうだけど。例えば、アルスとか、代わりが効かない人もいるだろう? リズも、この騎士団の団長として適任というか……彼女以外にはまとめられないだろうな……ここは本当にどうしようもない。シオウが総隊長を任されて、できるか? クラリーナさんとかルネとか相手するの……俺は絶対頼まれても嫌だ」
プラグの言葉に、シオウは顔をしかめた。
「うぇ……たしかに」
「でもまだ三ヶ月目だし、親切だな。フィニーもアドニスもこれから、凄く強くなるかも」
「『育てる』ってのじゃねぇの? そんなに育てて、どうすんのかね。いきなり前線とか、あー、俺、やだなぁー」
シオウがうつむいた。
シオウは――絶対、嫌とは思っていないだろう。
シオウはきっと、戦うのが大好きなのだ。
知略を巡らし、あれこれ仕掛けてくる相手よりも、分かりやすくてプラグも気楽だ。
『お前がなんか持ってるっていうのは、見てりゃ分かる。わかんねぇやつが阿呆なのさ』
……リズの言葉だ。
リズはああいう性格だが、人を見抜く目だけは本当に鋭い。
プラグが彼女を選んだのも……それが目当てかもしれない。
シオウはただの戦闘狂では無いようだから、ここがシオウの目的に適う限り、害にはならないだろう。いつかあっさりどこかに行きそうな気もするが。その時はその時だ。
シオウは面白いので――少し寂しいが、笑って送ろう。
「シオウは飽きるまで、ここにいたら良いさ。出ていくときは、一言っていけよ。探すと悪いから」
「……そうするかね」
シオウが息を吐いて、微笑した。
(さて、情報に嘘を混ぜるとは。どうやってお仕置きしよう……できる限り穏便に……?)
プラグは面倒だな、と思いながら考えた。
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