第12話

目覚めた埴輪兵を前に、現場は混乱とパニックの渦だった

だが、それ以上に事態を拗らせたのは、近所の善良な奥様の一本の通報だった。


「おまわりさん!? 近所の発掘現場で何か巨大なモノが動いてるんです! 

 怖い! これ、たぶん怪獣映画の撮影じゃないですよ!!」


そして数分後。 鳴り響くサイレン。 学内に突入してきた数台のパトカー。


目の前が一気に赤色回転灯で埋め尽くされた。


警官たちにぐるりと囲まれた俺は、訳も分からぬまま手錠をかけられようとしていた。


「ちょ、ちょっと待て! 俺じゃない! 俺は被害者っていうか、目撃者っていうか!」


だが、そんな言い訳は無情にも遮られる。


「総一郎様!?」


「明日香ちゃん!?」


突如として響く声。 振り向くと、制服姿の葛城明日香が、目を丸くしてこちらを凝視していた。


「な、なぜ貴方がここに!? いや、それより……この事態、由々しき問題です……!」


一瞬だけ迷うような表情を浮かべた彼女は、すぐにキリリと目を引き締める。


「……というわけで、はい、逮捕しますっ!」


「えええええええええええ!?」


その場の全員が頭を抱えた。


こうして俺は、まさかの“埴輪兵と一緒に”御用となった。


埴輪兵はレッカー車に括り付けられ、クレーンで吊られながら慎重に運ばれていく。


誰かが「展示物じゃないの?」と呟いたが、ツッコむ余裕は誰にもなかった。


警官に腕を引かれ、パトカーに乗せられる直前。


「総一郎は悪くないの……!」


アルシアが駆け寄り、震える声で叫んだ。


その横から、さらに涙声が重なる。


「総一郎先生〜〜〜! 嫌ぁ〜〜〜っ!」


泣き崩れる結月が、俺の上着の袖を握りしめる。


……なんだこの地獄のようなヒロイン展開。


「頼む……誰か、俺の無実を証明してくれ……!」


切実な叫びもむなしく、扉がバタンと閉まり、俺は赤い点滅の中に連れ去られていった。


——こうして、かつてない波乱の展開が幕を開けたのであった。


***


奈良県警・取調室。


灰色の壁、無機質なテーブル、古びた換気扇の音だけが静かに回る空間で、

俺は数時間にも及ぶ取り調べを受けていた。


だが、どう説明すればいい?


「土の中から埴輪が出てきて、俺の“超能力”で動き出したんです」なんて、どこのアニメだ。


いくら正直に話しても、現代日本の常識じゃ説明できないことの連続だった。


疲労と絶望感に肩を落とす俺の前に、やがてドアが静かに開く。


「総一郎様、カツ丼お持ちしました」


優しい声と共に現れたのは——葛城明日香だった。


制服姿で、しっかりと湯気の立ったカツ丼の載った盆を持っている。


「……え、本当に出るんだ、カツ丼……」


思わず感動してしまった俺に、明日香がはにかんだ。


「はい……ちゃんと、特盛にしておきました」


こんな場所でも、誰かに温かいものをもらうと、心がほぐれる。


……バカみたいだな。 俺、こんなことで泣きそうになってる。


座ってカツ丼を受け取った俺は、照れ笑い混じりに話を振った。


「……明日香ちゃん、大きくなったなぁ。鹿王の件、テレビで見たよ。すげぇ活躍だったじゃん」


「お恥ずかしいかぎりです。お転婆は卒業したいんですけど……気がつくと、身体が勝手に動いてしまって」


そう言って、彼女は小さく笑った。 あの頃と変わらない、けれどどこか大人びた、柔らかな笑顔だった。


「でも俺が感心したのは、戦う姿よりも……あのあと、鹿王に謝ってたところ。 ああ、やっぱり明日香ちゃんは優しいんだなって」


明日香の瞳が、ぱっと輝いた。


「……嬉しいです、総一郎様」


「“様”って、何だよ……。やめてくれよ、照れるだろ」


そう言った俺の言葉に、彼女は頬を染め、そっと視線を落とした。


無機質な時計が、午後九時を回ったころ。


カツ丼の器も空になり、俺が箸を置いたそのタイミングで、ドアがノックされた。


入ってきたのは、担当の刑事。渋い顔の中年男だった。


「長屋。釈放だ」


思わず背筋が伸びる。え? マジで?


「身元引受人が、玄関で待ってる。……ただし、明日はまた任意で来てもらうぞ。 説明できねえことが多すぎる」


「……はぁ。了解です」


引受人って、誰だよ。俺にそんな親戚、いたか? まさかアルシア……?


そんな疑問を胸に抱いたまま、俺は署の玄関ホールへと案内された。


そこで俺を待っていたのは——


「総一郎っ!」


涙を浮かべたアルシアが駆け寄ってきた。


「無事でよかった……っ!」


次の瞬間、彼女は俺の胸に飛び込んできた。


「……どんな未来になっても、私は、貴方の味方です」


小柄な身体が震えていた。  どれだけ心配させたか、痛いほど伝わってくる。


「……ごめん、心配かけたな」


俺がそう言うと、彼女は首を振って、小さな声で呟いた。


「いいの。 貴方が帰ってきてくれたなら、それだけで……」


——ああ。こんな俺にも、待ってくれる人がいるんだな。


この涙を守らなければ、そう心に誓うのであった。

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