第7話
真夜中。
アパートの外は静かだったが、俺の心はまったく休まらない。
ヒヒイロカネの展開した防御結界のおかげで、彼女らからの監視は一時的に遮断されていた。
まるで、嵐の中の一瞬の凪。
俺は神棚を見上げ、そっと問いかける。
「なあ、ヒヒイロカネ先生。 もし……もしも、俺に何かあったら―― アルシアだけは、どうか助けてやってくれ。 日本で、普通に暮らして、幸せに生きてくれたら……俺は、それで本望だ」
一瞬の静寂。
だがすぐに、例のノンビリした声が返ってきた。
「何をしおらしいことを言っとるかと思えば……」
ヒヒイロカネは、くつろぎモードのまま言った。
「それに総一郎、お主はそう簡単に死なんから。ふふん♪」
「――我が力を分け与えたであろう? 気づいてないかもしれんが、今のお主、どこぞの暗黒卿くらいには強いぞ?」
「……なんですとぉー!?」
俺は布団をはねのけて跳ね起きた。
(え? 俺、今、ダース◯イダー級なの!?)
(ちょっと待って、何そのサラッととんでもない事実ぅ!?)
ヒヒイロカネは構わず続ける。
「念動力の基礎は、もう身体に馴染んでおる。 あとは、お主の覚悟次第じゃな。ふぉっふぉっふぉ」
……その笑い声が、やたらと胡散臭く聞こえたのは、気のせいじゃないと思う。
俺の知らないところで、俺の人生、なんかとんでもない方向にチューンナップされてないか?
いや、もうされてるよな。完全に。
「な……その設定、まさか……」
「うむ。面白かったぞ、あの宇宙で戦うチャンバラみたいなやつ。」
「……DVD見たのか!?」
「TSUTAYAの会員証、引き出しに入っておったぞ。あれ使った。」
さらっと個人情報の壁を超えてくる、我が家の神金属。
「さて、茶番はここまでじゃ。 ほれ、まずは念動力じゃ。試してみるがいい」
言われるままに、俺は布団に寝転がったまま、卓袱台の上の文庫本に目を向けた。
ぐっと集中する。
力を抜いて、意識だけを向ける……
――スッ……
文庫本が、ふわりと宙に浮かんだ。
俺「……あ」
出来た。 本当に、出来てしまった。
俺「……マジかよ……」
念動力が使える。 今、マジで“そっち側”に足を踏み入れちゃった系男子だ。
「言うたであろう。もう“普通”には戻れんのじゃ」
ふぉっふぉっふぉ……という笑いがまた響く。
俺は心の中で、小さく思った。
(これは、完全にSFラブコメバトルファンタジーですわ……)
***
翌朝。
俺とアルシアは、いつもの卓袱台を挟んで朝食をとっていた。
焼き鮭に味噌汁、卵焼きに白ごはん。 完全に和朝食。
アルシアもすっかり日本の朝ごはんに慣れたらしく、味噌汁を啜ってほっと一息ついている。
「総一郎、納豆はまだ残ってましたか?」
「冷蔵庫に確か……」
言いながら俺は、手を伸ばさずに、意識だけで冷蔵庫に念動力を送る。
パタン、と冷蔵庫の扉が開き、納豆パックがふわりと浮き上がる。
そのままスーッと空中を滑って、アルシアの前に着地。
「はい、どうぞ」
※ほぼ無意識。
「……ありがとう。……って、違う!!」
彼女の箸が止まり、目が真剣になる。
「……総一郎、今の……どうやったの?」
「ん? ああ、ちょっと“念動力”ってやつ? 昨日の夜にヒヒイロカネ先生に言われてさ、試したら出来た」
何気なく答える俺。
けれど、アルシアの目が一瞬、揺れた。
「……念動力って……何? 魔法でも手品でもない……何か違う……何これ?」
彼女の声は、少しだけ震えていた。 未知のものを前にした、純粋な恐れと戸惑い。
「……わからないけど……それ、とても“危ない”ものな気がするの。 無意識に使えるって……逆に怖いわ」
アルシアは、納豆のパックを見つめたまま、ゆっくりと言葉を続けた。
「お願い、総一郎。あまり軽く使わないで。 私……説明できないけど、なんとなくわかるの。
それを扱う“心”の在り方次第で、世界が壊れる気がするの」
アルシアの瞳は、まるで凪いだ湖のように澄んでいた。
けれど、その奥には――小さな決意の炎が確かに揺れている。
俺は、軽い気持ちで超能力を使った自分を少しだけ反省した。
納豆パックの中のネバネバが、未来の俺を象徴しているような気がした。 ほぐそうにも、絡みついて離れない。
***
奈良漬けを齧りながら、俺はぼんやりと考えていた。
朝から念動力をちょっぴり使っただけなのに、胸の奥がずっとざわついている。
――この力の“抑止力”として、アルシアがいてくれるのかもしれない。
彼女の目線、彼女の声、彼女の常識。
それが俺を“人間側”に引き留めてくれる鎖なんだと思う。
けれど――。
もし、そのアルシアが危機に晒されたら?
俺は……迷わず、力を解放するんじゃないか?
無意識に。 本能に。 抗えぬ咆哮として。
その先に待っているのは――。
「闇堕ち」
思わず、手元の箸をぎゅっと握りしめていた。
未来の俺が“世界を征服した帝王”になってるって話、あれ、あながち冗談じゃないのかもしれない。
もし、あの戦隊ヒーローもどきたちが、今の俺の“力”に気づいたら?
気づかれたら最後。
――即・爆破だ。
「やべえぞ……マジでヤバいぞ俺」
しょっぱい奈良漬けが、心の中にじんわり染みていく。
俺は思った。
“力”を得るってのは、選ばれることじゃなくて、試されることなんだって――。
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