第12話
リロード。隙だと思ったのか飛び出してきた天使の翼に照準を合わせて発砲。飛び散る血、倒れる白。次、スナイパー気取りの天使を狙って銃を構えて撃つ。すぐに悲鳴が聞こえてきた。一歩を踏み出す。足元の血だまりが靴を濡らす。
右から殺気を感じた。放たれた炎は防魔戦闘服が全て吸収し無傷。そのまま照準を合わせて発砲。頭を貫いたようで、殺気は搔き消えた。でも駄目、天使は翼を撃たないと。ぐぐ、と動く天使の体。そちらに向かおうと足を動かしたが、奥から飛び出してきた人影が翼を素手でもぎ取った。バリアを張る気力もなかったのか、そのまま倒れる天使。人影は返り血を乱雑に拭い、俺と目線を合わせた。「後ろ」
複数の殺気を感じた瞬間、腕に衝撃が走る。撃たれた。振り返りながら銃を向け乱射する。天使たちの悲鳴とうめき声の中駆け抜け、一気に距離を詰める。雷の魔法も光線も視界ジャックも毒もなにも効かない。恐怖に顔を歪める天使たちの前で銃を構え、発砲。次々に動かなくなっていく天使を、ただぼんやり見つめた。ふと撃たれた腕を見ると、淡い光が傷を覆うように輝き、傷はみるみるうちに修復されていった。
「お疲れ光輝。いや~今日もすごいね。撃たれた傷は? いつも通り大丈夫そう?」
「……ヒノノブさん。うん、大丈夫そう。治ってる。それより、さっきはありがと」
全然、むしろおこぼれもらっちゃってごめんね、なんて苦笑する彼に、そっと笑みを返した。一つ結びの長髪が彼の動きに合わせて揺れている。俺と二歳しか変わらないのに、その頭には白髪がいくつか生えているのがわかった。表情もなんだかくたびれたようで、彼自身もそれがわかっているのか、より卑屈になった気がする。けれどそれは俺も同じだった。たった二年で俺たちを取り巻く環境は変わってしまった。
「今日はもう戻っていいってさ。光輝も戻ろう」
「はーい。ここの戦線はもう大丈夫そうかな。向こうの兵士も少なかったし、多分、占拠できると思う。そうしたら次はあっちの方にも進軍できるね」
「……そう、だね」
ヒノノブさんが下手くそな笑みを浮かべた。今日は何人殺したのかもう覚えていないが、ヒノノブさんよりも、他の年上の兵士たちよりも、クラスメイトよりも俺の方が戦績がいい。俺はどうやら本当に救世主の才能があったようで、瞬く間に昇進、前線で戦うことになった。給料も上がった、良い部屋も与えられてる。もういじめられることも、ない。
「そういえば神内先生が呼んでたよ。防魔服の改良について意見が聞きたいんだって」
「めんどくさ……俺が行ったって意味ないじゃん。あのおっさん、世間話がしたいだけなんだよ。何時間もマジで迷惑」
父親は最近やけに機嫌が良さそうで、それが大層憎らしかった。二年前とは人が変わったようにハキハキとしており、余計に鼻につく。ヒノノブさんもそれは感じているようで、苦笑いをしたまま表情を変えなかった。
「ねえ光輝」
それじゃあ戻ろっか、そう言って歩き始めてすぐにヒノノブさんに呼び止められる。ヒノノブさんは、真剣そうな顔で俺を見ていた。その頬に返り血がこびりついている。
「神内先生は、光輝が革命戦争に参加するようになってすごく喜んでる。今までは俺たちを実験体としか見ていないような、そんな顔ばかりしていたのに。……光輝も、この二年間で変わってしまったと、そう思っていた方がいい? 俺は、……俺は、お前が革命に意欲的になったこと、信じていたくない、って思ってる」
「……ヒノノブさんの好きにすればいいと思うよ」
それだけを言って、彼を置いて歩き始めた。真っ黒い戦闘服の上に羽織ったローブがウザったくて、乱雑に抜いだ。戦闘服も半年前に新調したばかりなのに、すでに肩のあたりがきつくなっている。また新しいの貰わないとな。ヒノノブさんは黙ったまま俺の隣に並び、同じ歩幅で歩き始める。身長だけは、未だ彼に敵わないままだ。
基地に帰還すると、大人も同い年くらいの人も誰も彼もが俺を期待の目で見つめる。国の未来を切り開く救世主、ヒーロー。それが、俺に定められた使命だった。
天界、北居住区、ランドマークオブジェ前。黒い軍服についた埃を手で払った。
銃の乱射する音が街に響く。中心に置かれたオブジェは彼らが進軍してきてすぐに壊されてしまったらしい。かつて天界を導いたとされる英雄の像。その頭は粉々に破壊され、屈強さを見せつけるが如く輝いていた体はあちこちに穴が空いていた。
そっと廃屋の壁に隠れたまま様子を伺う。全部で二十人程度、手練れではないはず。北居住区が落とされてからはしばらく経つから、見回りに来ただけだろう。
俺が拘束され独房でうずくまっていた二年の間に、戦況は大きく変わったようだった。天使は人間の防魔服の耐久を凌駕する魔法を使うことができるようになり、人間は天使のバリアを貫通することができる銃を作成したらしい。つまるところ、状況は最悪。停滞していた戦況が派手に動き始め、ついに死人が出るようになった。
真っ黒な戦闘服を着た人間たちは、白く輝く天界には不釣り合いだった。なんとなく様子を見ているのが嫌になって一度頭を引っ込めた瞬間、悲鳴が聞こえた。慌てて視線を戻すと、女性型の天使が人間に腕を掴まれている。避難が間に合わなかったのか、大切な忘れ物か何を探しにきたのか。彼女は必死に抵抗し魔法を放つも、攻撃は全て人間たちの纏う服に吸収されていく。恐らく一般人の彼は、このままではあの兵士に殺されてしまう。
足に力を込め、一直線に彼らの元へ。マントが翻り、宙を黒く染める。気が付いた数人の兵士が銃を向けてくるが、光線を放ち全て相殺。その威力に怖気づいたのか、彼らの顔に焦りが浮かんだ。その焦りの隙を突いて加速し、手前にいた一人の前に躍り出る。空中に手を翳し、魔力を込める。俺を守るように出現する光の球体たち。白く光るそれに人間が目を奪われた瞬間、腕を振りかぶった。——閃天。光線がその体を貫き、血しぶきが飛ぶ。ざわめきが広がった。歪な悲鳴が聞こえる。
人間が天使の手を離したのを確認し、逃げるよう目くばせをする。その表情に恐怖はなく、むしろ興奮したように紅潮している。彼女は俺をキラキラ輝く目で見た後、名残惜しそうに走り去っていく。
「お前……お前、もしかして最近投入されたって噂のやつか!?」
人間が、ひっくり返ったような声を出し俺に叫ぶ。
「いくらなんでも攻撃が通りすぎている、強い天使は防魔服を貫通して攻撃できるとはいえここまでできるのは……!」
「お前、お前が、神域の汚点、最悪の大犯罪者でありやつらの希望、エクリプスか!」
「俺、今そんな変なあだ名がついてるんですか?」
エクリプス、という名には馴染みがある。兵器としての俺につけられた新しい名前だ。ガロウが眉を顰めながら言っていた。「今日からお前は兵器エクリプスだ。我が国の平和のために戦うんだ」、と。それ以外のあだ名については知らない。人間も天使もあだ名をつけたがるのには変わらないらしい。
人間が怖気づきながらも、しかし懸命に銃を向ける。いい判断だ。だって彼らは、まだ希望を抱いている。天使の攻撃はこの防魔服があれば防げると。手のひらに魔力を込め発射し、振り返ることなくその場を去る。背後からは、どさりどさりと何かが倒れる音が聞こえていた。
「ここは、もういいかな……」
作戦は順調だった。北居住区を取り返せれば、戦線を押し戻すことができる。俺の監督官をしている天使が高揚した表情でそう言っていた。
停滞していた戦況が動き出した結果、天使達は苦戦し、人間たちの猛攻は天界にまで及んでいた。天使も人間もお互いにお互いを殺せるようになったのに、どうして天界が苦戦を強いられているのか。監督官曰く「ハンター」と呼ばれている人間の戦士が天使を何人も殺しているらしい。「ハンター」はただ一人で東居住区の天界部隊を壊滅させ、一気に戦線を押し上げた。
俺は劣勢の状況に突然放り込まれた無様な兵士。お前がなんとかしろと、とだけ残して監督官たちは去って行った。犯罪者に国の運命を託すのはいかがなものなのだろうか。しかしそんなことを言って腐っていたら、いよいよ俺の未来は終わってしまう。必死にもがき、何百回と重ねた脱獄の経験を活かし、人間を殺し、ここまできた。街は無残な姿になってしまったが、人間を追い出すことができればいいんだ。北居住区を取り返してここの基地を潰す。そして、ハンターを始末する。それが俺の仕事。
「ああ、戻って来たかエクリプス。ふむ、負傷はしていないようだが、何か異変は?」
いつの間にか戻ってきていた本部で、監督官に出迎えられた。王城の近くにある軍の本部は、いつも血なまぐさい臭いが漂っていて好きじゃない。
「いえ、特に。……北居住区にいた人間は、殺しました。基地には手を着けていませんが、彼らの死体が見つかれば警戒し一時撤退する可能性もあるでしょう」
「そうかそうか!!」
監督官はやけに嬉しそうな顔でそう言うと、上官に報告をしに行くのか足早に去って行った。彼が去ると、すぐに別の天使がやってきて俺の手と翼を縛る。翼はずっと前に動かなくなってると言っているのに、律儀に毎回縛るのはなんなのだろう。腕を縛る鎖の蛇から繋がれたチェーンを看守がぐいと引く。「ぼさっとするな」
彼らに引きずられるように歩き、本部の奥、専用の独房に向かう。道中何人もの天使にじろじろ見られたが、その視線の種類は今までとは明確に違う。脱獄し逃亡している最中刺さった軽蔑の視線ではない、恐怖と、憧れと、希望を託すような視線。
「エクリプス」前を歩く看守がぽつりと口を開いた。
「俺、あなたに感謝しているんです。二日前に東居住区であなたが助けた天使、あれ、俺の友達で……逃げ遅れたって聞いてて、気が気じゃなくて」
俺は何も言わない。言う必要がない。ただ蔑んだ目で、その背中を射貫くだけ。
「これからも頑張ってください、俺たちのために。どうかハンターを殺してください」
百年以上前から抗い続けて、逃げて、奪って、俺の結末はこれか。犯罪者だと蔑みながらも、けれど俺に希望を抱いて理想を押し付ける、その視線が不快で仕方がない。お前らは最低のクズだ。けれど彼らの言いなりになって使い倒され人間を何人も殺している俺の方が、よほど最低だ。
独房に入り、鍵を閉められる音を意識の外で聞く。数か月前に入っていたあの特別要塞よりも破格の待遇だ。食事は頼めば出してくれる、ベッドも求めたらつけてくれた、多分、ゲームも言えば持ってきてくれる。けれども彼らは、紙と筆だけはくれなかった。
ベッドに体を横たえる。コウキは確か「俺は絶対ベッド派だね! 布団ってかてえんだもん」と言っていた。天使には不要だがどんなものなのかが気になって頼んでみたが、なるほど確かにふかふかだ。しかし俺たちに体を横たえて寝る習性はないから、拭えない違和感はあった。それでも今日はこのまま眠りたくて目を閉じる。
あの日以来、コウキの夢は見れていない。コウキの近況が知りたかったが、唯一それを聞いても許されるガロウは俺がこの独房に移った日から見ていなかった。審問官の出る幕ではないということらしいが、俺を捕まえることを仕事としていた彼が、そんなにあっさり引っ込むものだろうか。捕まえてしまったらそれでおしまい?
「……薄情だ、みんな」
眠気がやってきた。このまま死んでもいいな、と、薄れる意識で思った。
声が聞こえる。目を開く力は無くて、そのまま「なんですか」と応えた。
「セス」
「だからなんですか。もう出撃の時間ですか」応えてから違和感に気が付く。この場所で、俺がセスと呼ばれることはない。ここでの俺の名前はエクリプスだ。
「あんまり、セスって呼ばない方がいいですよ。俺の名前は、エクリプスです」
はっきりと言葉を紡ぐことはできるが、目は開かない。そばにいた何者かが動揺する気配だけを察知した。
「……いや、お前はセスだよ。誰よりも強くて誰よりも気高い天才画家だ」
「ふふ、そんなこと言っていたら、もっと良くないですよ。殺されてしまう」
「なあセス。お前を解放しようとしていたんだが、どうやら俺の立場ではもう難しいようなんだ。……いや、今までだってどうにかできていたわけではないか。ただお前が殺されないようにと、それだけは回避できるようにしていただけで」
意味がわからなかったため、黙っていることにした。
「お前の減刑のために提出していた報告が捏造であるとバレてしまったらしい。まあそれはいいんだ。多少はもみ消すことができたから。だがそのせいで、俺はお前の担当から外された。お前を中から救うことはできなくなってしまった」
聞き覚えのある声だった。かつてアトリエで何度も、何年も話をした暖かな声。
「これから別の策を探す。伝手はあるんだ、まあ、協力してくれるかはわからないが。……でも、絶対になんとかする。だからもう少しだけ待っててくれ。希望を捨てずに」
希望? おかしくて、笑いそうになった。
「希望なんてもう、ないですよ。このまま兵器として使い倒されて生きるんです。もう決まってしまった俺の未来なんですよ、これが。当たり前ですよね。だって俺が招いたことですし。……たくさんの人を、傷つけた。俺が、作品を、手放していれば良かっただけの話で」
がしゃん、と音が響いた。
「御託はいい。待っていろ。だが頼むから希望だけは捨てないでいてくれ。お前がお前でいてくれなければ、救う対象がいなくなってしまう。ダークヒーローのエクリプスじゃない、ただの、ただのセスでいてくれればそれでいいんだ」
俺は、何も言わなかった。数秒か、数分か、数時間か。やがて靴音が響き、気配が去って行く。意識が急速に落ちていく。
翌朝。出撃を合図するアラームで目を覚ます。数秒だけ呆然とした後、ゆっくりと立ち上がった。行かなければ。せめて、誰かのためになることができればそれでいい。
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