第2話

「天使の名折れ、エゴまみれの犯罪者」


「せいぜい新型魔法の実験台にでもなればいい。自業自得だ、お前が招いたことなのだから」


 笑い声、鋭く突き刺さるような痛み、頭痛、恐怖。なんども魔法をぶつけられるたびに体は軋み、声が出なくなっていく。こわい、怖い。どうして俺は攻撃されているんだろう、どうして俺は、こんなところで同族に攻撃されて、いたい、痛い。どうして、ああ、そんなに腕を攻撃したら、使えなくなってしまう。そんな、ひどい、どうして、どうして。翼の古傷がきしりと痛んだ、ような気がした。


 倒れこんだ地面から冷たさが這い上がり身体を凍らせていく。ふと、そばに転がっている物が見えた。大切にケースにしまった一枚のカード。踏まれた靴跡がついている。ああそうだ、今回はバレてしまったんだった。ようやく、取り戻せたのに。キラリと輝くそれが汚されるのが我慢ならなくてそっと手を伸ばす。あと数センチ、さらに手を伸ばした目の前で、下品な笑い声とともにカードが踏みつけられた。ケースが割れ、醜い音を立てる。それを認識した瞬間、力を振り絞って体を動かした。怒りに震える脳が、目の前で驚愕に表情を染める下郎に手を伸ばさせ、首に手をかけて——


 突然意識を取り戻し、思わず飛び起きる。翼がばさりとせわしなく動き、呼吸がぜいぜいと不格好に鳴った。震える体を抱きしめる。良かった、まだ死んでない。冷静に、冷静にと唱えながら目を瞑っていると、カードがないことに気が付いた。あの後記憶がない。きっとカードは薄汚れた牢屋に捨てられたままだし、あいつらは……どうなったんだろう。どうやら俺は、無事に逃げられたみたいだけど。


息を整えたくてその場でじっとしていると、自分が今見知らぬ場所にいることに気が付いた。まっしろな、これは確か……なんだっけ、人間が寝ている場所だったような気がする。人間がここにいる時は意識のない時だから、攻撃魔法を当てるチャンスだとか、昔の友人がそんなことを言っていた。ゆっくりと顔を上げると、やはり見知らぬ場所にいることがわかった。落ち着いた茶色の壁、机、椅子、棚、壁に貼られたよくわからない何かの張り紙。床には脱ぎ捨てられた服。綺麗に整頓された部屋の中で脱ぎ捨てられた服だけが異質だった。なんとなく気に入らなくてその服を拾おうとすると、頭上から声が聞こえた。


「あ。起きたんだ。てかそれ俺置きっぱなしにしてたんだ。やべー、皺になるじゃん」


 ぴしり。体が固まる。不自然に床に手を伸ばした状態の俺をそのままに、誰かが服を拾ったらしい。手のひらが視界に映り、服とともに視界の外に消えていく。


「あー、皺取らなきゃ……めんどくさ。まあ昨日疲れてたししゃあないか。……アンタ、大丈夫? なんか床にゴミでも落ちてんの? てかアンタやっぱ目の色珍しいね。綺麗な銀色、なにそれ生まれつきなの? 天使ってみんなそうだったっけ……めちゃキモイ質問してんな俺」


 突如視界に男の顔。驚いて思わず飛びのく。思い切り膝を抱えて顔を伏せた。今更気づいた。こんな、こんな知らない空間、どうしてわからなかったんだ。こんなの人間のテリトリーに決まってる。どうしよう、人間に捕まったんだ、どうしていつの間に人間界に。逃げて、必死に逃げてその後の記憶がない。だってあれだけ攻撃を受けて体はボロボロだったし——と腕にそっと目線を向けて、思わず「へ?」と間抜けな声が出た。たくさん傷つけられたはずの腕には白い布のようなものが付けられており、とめどなく流れていたはずの血は止まっている。服も変わっており、グレーの上下が分かれた服を身にまとっている。


「あーそれ勝手に手当てさせてもらったわ。つっても湿布くらいしか無かったから、簡易的なもんだけど……まだ痛い?」


「あ、い、いえ……服は?」


「服? ああ、アンタが来てたツナギ、めっちゃ汚れてたから着替えさせちゃった。それ俺の服。いらないやつだから気にしないで。あーあと、裸ジロジロ見たりはしてないから安心して」


「別にそんなことはどうでも……」


 俺の言葉を遮るように、男がそのままそばに腰かける。びくりと体は震えたがおそるおそる顔を上げると、やはりそこにいたのは人間だった。茶髪、気だるそうな赤色の瞳、寝ぐせ、くたびれた服。男、人間。数年ぶりに目にした存在に思わず体がこわばる。人間はそっと俺の腕に触れると「あ、でもなんかよくなってそうじゃん」と呑気に笑っていた。気まずくてそっと体の上にかかっていた布を引き寄せると、人間は気だるそうにぽりぽり頭をかきながら話しかけてきた。


「毛布、寒くなかった? 俺暑がりだからうっすいのしか持ってなくて」


「もうふ……これのことですか?」


「ん? あ、そう、その布。てか天使ってもしかして毛布使わないの?」


「あ、え、ええと。眠るときは、翼で体を隠して丸くなるので」


「へえ。じゃベッドとかも使わない感じ? この、これこれ」


 彼がぽふぽふと座っている地面を叩く。人間が寝る場所。ベッドと言うらしい。


「ベッド……人間が寝る場所ですよね。狙い時だって」


「そうそう。寝てるとマジで気付かないからね。俺みたいな鈍感なやつはマジで起きないし、殺しやすいと思うよ。天使は寝てても起きれる系?」


「えっと……俺たちの睡眠時間はおよそ五分程度ですし、その間はバリアを張るので。人間が狙うには、不都合なタイミングかもしれません」


「へえ。おもしろ、全然違うじゃん」


 彼は赤い瞳をキラキラと輝かせて俺を見た。人間、確かに人間だ。最近は人間界に降りる機会も無かったから久しぶりに見たな、なんて頭の隅で考える。当然気を失っていたため変装もできていないし、天使であることはバレている。人間に天使であることがバレたらどうなるのか。もちろんただでは済まされない。そのはずなのだが、目の前にいる人間からは敵意も憎悪も感じ取れない。不可解だが油断は禁物だ、絆されるな。ぐ、と唇をかみしめて彼を正面から見つめる。俺の雰囲気が変わったことに気が付いたのか、人間がかすかに目を細めた。


「何、どしたの。腹でも痛い?」


「俺を捕らえてどうするつもりですか。国に引き渡すんですか」


 まだ自分の作品を半分も回収できていないのに、こんなところで終わるのか。悔しさにきつく奥歯を噛みしめると、人間はきょとんと目を丸くして首を傾げた。


「は? いやそんなつもり別にないけど……ってかあれだ、自己紹介しよ自己紹介。オレ、神内光輝(かみうち こうき)。十六歳。光輝って呼んで」


「コウキ……確認しますがコウキは人間ですよね?」


「そうだけど」


「どうして俺を殺そうとしないんですか」


 人間は形の良い眉をひょいと動かすだけにとどめ、俺を不思議そうに眺める。


「なんでだろーね。そもそも殺せる自信ないし。あとは……革命とか天使がなんだとか、興味ないからかもね。ってか名前。あんたの名前は?」


 興味が、ない。呆気に取られていると「早くー」と肩を掴まれる。そのままぐいぐい揺らされ、思わず「ちょ、わか、わかったので揺らさないでください!」と言うとコウキは満足そうに手を離した。


「もう……セスです。セス。見てわかる通り天使です」


「セスね。よろしく、セス。俺天使と会ったのは初めて……じゃないな。子供の時に会って以来かも。新鮮だわ」


 本当に敵意はないのか、純粋な好奇心を露に俺を見る人間。なんとなく居心地が悪くて視線を逸らすと、手首の包帯の隙間から赤い傷跡が覗いているのに気が付いた。体中が痛いが、今回もかなり長い時間やられていたのだろうか。そっと無意識に手首を握ると、滔々と話していた人間の言葉がぴたりと止む。そうだ、コイツが手当てをして着替えさせたのなら、俺の体が傷だらけなことにも気が付いているはずだ。


「……この傷が気になりますか。そうですよね、こんな、人間界で天使の姿丸出しで転がっていた上に、こんなに、醜い傷までつけて。……まあ、俺が間抜けだからこんなことになってるだけなんですけど」


 人間は、何も言わなかった。そっと毛布を手繰り寄せる。余計なことを喋りすぎてしまったことに後悔していた。名前まで教えるつもりなんてなかったのに。どうやら自分が思っているよりも弱っているらしい。体を小さくして俯いた俺を見て怯えているとでも思ったのか、人間は困ったような顔をして立ち上がった。突然動いた人間に驚き反射的に顔を上げると、その彼の背後の棚の中、キラリと輝く何かが見えた。あまりになじみ深いそれが、なぜこんなところにあるのか。目を見開き凝視していると。人間がくるりと背を向けた。


「疲れてるよね、ごめん。天使と話すこととか久々だったからテンション上がっちゃった。もうちょい休んでていいよ、俺あっちの部屋にいるからなんかあったら呼んで」


「え、ま、待ってください!!」


 立ち去ろうとする彼を見て慌ててベッドから降り、その腕を無遠慮に引く。ぐらりとバランスを崩し転びかけたコウキが、俺を責めるように睨みつけた。「ちょ、何!? 怪我人が無理すんなって」


「あ、あの! そ、そこの、そこにある、そこにあるカードは!」


「は? 何? カード? ……コレ?」


 俺が指さす先、人間が棚の中を探り一枚のカードを手に取る。白い甲冑の騎士が描かれた、手のひらに収まるサイズの小さなカード。俺に向き直り見せてくれたそれは、見覚えがある、どころの騒ぎではない。あの時握っていた筆の感覚まで鮮明に思い出せる。本物か、どうしてここにこれがある。確かにずっと見つかっては居なかったけれど。思わず細部まで見ようと顔を近づけると、驚いたのか人間がびくりと動いてカードを遠ざけてしまった。「動かないでください!」俺の大声に再び動きが止まる。


「これは、あなたのものですか?」


 人間は困惑を隠すこともなく俺を見ていたが、すぐにこくりと頷いた。


「綺麗だよね、これ。……捨てられなくてなんかずっと持ってたやつなんだけど」


 綺麗。その言葉に頬が緩みそうになるのを抑えて口を開く。


「これ、どこで手に入れたんですか?」


「どこ……ええ? めっちゃ小さい時のことだから覚えてないわ。ってか何、このカード好きなの? 作者のファンだったり?」


「え、ええまあ……そんなところです」


 俺が食い入るようにカードを見つめていると、人間は苦笑しながら体勢を直し、カードを握り直す。どうしたのかと視線を上げると、ひょい、とカードが目の前に現れた。カードが差し出されている。視線をさらに上げて見た彼の顔には、悪戯をした子供のような、小ばかにしたような笑みが浮かべられていた。


「これ、あげるよ。なんか好きそうだし。なんとなく取っておいてただけだし……あんたが持ってた方が良さそう」


「え。え!? い、いいんですかそんなにあっさり」


「いいよ」


「本当に!? 後から返してとか言いませんよね!?」


「言わないって。いいからほら」


 差し出されたカードを慌てて受け取り、恐る恐る手のひらの上に乗せる。ああ、ようやく俺の手に戻って来た。剣を振り上げ前を見据える騎士が描かれたそれは、あまり劣化している様子もない。そのままの姿で戻ってきてくれた。久しぶりに得たその安堵感に浸っていると、人間がケラケラ笑って俺を見た。


「あーおもしろ、まさかカード欲しがる天使がいるなんて。好きなの? そういうの」


「ええ、集めているので。……あ、ケースとかってありませんか? このままだと傷がついてしまいます」


「そんなもんあると思う? まいいや、一旦ここ置いときなよ。あんたが帰るときにでも持ってってくれればいいから」


 確かに、このままケースなしに持ち歩くわけにもいかない。名残惜しいが一時の我慢だ。そっと棚の中にカードを戻すと、他にも気になるものを見つけた。赤色の塗装がされたそれ。銃だ。人間が天使を殺すために使用するもの。いくつもの型があるらしいが、この型のものは俺の記憶にも強く焼き付いている。


「この銃はあなたの?」


 そう尋ねると、人間は器用に片眉をひょいと上げた。むす、と口をとがらせ、子供っぽい表情で俺を見る。


「そーだけど、どう見ても旧型の銃じゃん、それ。……一種の記念品みたいなものだよ。間違っても、いつでも天使を殺せるように、とかそういうつもりで置いてるものじゃない。だから疑わなくていいよ」


 別に疑ったつもりはないのだが、この本当に不服そうな表情を見るに嘘は吐いていないのだろう。


「いえ、あらぬ疑いをかけたわけではありません。少し気になったものですから。それよりも、あなたはいい人ですね、人間。感謝します」


「カード貰ったからってそんなころっと感謝しちゃっていいの?」


 人間がにやりと挑発するように笑い、そばにあった椅子を引いて腰かけた。にやにや見上げてくる彼を見下ろし、フン、と鼻で笑ってやる。


「カードもそうですが、助けてくれたでしょう? 傷だらけで見苦しかっただろうに」


 彼以外の人間に見つけられていたら、今頃どうなっていたか。想像したくもない。


「あー……帰り道にいたからさ、なんとなく無視できなくてね。……それ、天使にやられたんでしょ? 人間の治療薬で治るかな」


「ああ、ええと。よくあることなので、自分で治せます。今回は少し傷が深いので時間はかかってしまうかもしれませんが、ご心配には及びません」


「自分で治せるんだ。……ねえ、治療ってどんくらいかかる?」


 人間は俺の顔を覗き込むようにして見上げてくる。


「どのくらい……まあ、天界に移動しながらですとそれなりに時間はかかってしまうかもしれませんね。こちらに落ち着ける場所があれば完治も早いでしょうけど、人間界にそんな場所はありませんし」


「へえ。じゃあさ、俺の部屋使っていいからしばらくここいなよ」


「……はい?」


 冗談かと思い半笑いで見下ろすと、彼は視線を横に逸らして、無表情で一つ瞬きをした。その表情には依然敵意は無いが、好意が見えるかといえばそうではない。強いて言うなら、その瞳には好奇心が覗いている。単なる好奇心で天使を飼おうとしているのだろうか。そうならば不愉快極まりないのだが。


「天使を懐柔した後にいたぶって殺すのがお好きなんですか?」


「は? なに言ってんの健全な高校生に。冗談とか殺したいとかじゃなくて、単純に最近つまんないから、あんたが一緒にいたら楽しいかなって。落ち着ける場所があれば早く治るんでしょ? 俺は誰かに言いふらしたりしないし、ウィンウィンじゃん」


「……出会ったばかりのあなたを信用しろと?」


「警戒心が強いのはいいことだね。まあいいや、この部屋好きに使っていいからさ。あ、そうだ、天使って喉とか乾く? 食い物とかいる?」


 俺の返事を待つこともなく人間は椅子から立ち上がり、部屋の扉を開き出ていく。ぽかんとその背中を見送った後、思い出したかのようにお腹の傷が痛みよろよろとベッドに戻った。寝転がり、毛布を抱えて目を閉じる。随分と変なことになってしまった。が、どうするべきか。彼を信用して、ここにずっといられればそんなに好都合なことはない。どうせ今天界に戻っても、牢屋に戻されてそれでおしまいだ。


「……どう、しよう」


俺の目的達成のためにも、ここは彼の言葉を信用し滞在させてもらうべきなのだろう。もし俺を国に売るのなら、そういう素振りを見せたのなら即座に逃げればいいし。しかし逃げると言っても、今の傷だらけの状態では難しいのではないか。腕もボロボロで魔法が使えるかもわからない。やはり一人でなんとかするべきでは——そこまで考えて、頭痛に眉を顰めた。疑うのも疑われるのも、全部疲れてしまった。


そのままおとなしくしていると、ガチャリと扉が開く音が聞こえた。部屋に入って来た無遠慮な足音が、一拍の後、抑えられた静かな足音に変化する。俺に気を遣っているのだろうか、別に寝てなんていないからいいのに。そっと目を開き視線を向けると、両手いっぱいに何かを抱えた人間がそこにいた。「お?」と間抜けな声とともに視線が交わる。


「あれ、起きてたんだ。寝てんのかと思った」


「なんですか? それ」


「いやなんか食べるかなと思って。つってもカップ麺くらいしかなかったけど」


 彼がベッドの横のテーブルにドサリと物を置く。端に置かれていた彼のバッグが押されて落ちかけていた。置かれたものは一つ二つではなく大量にあり、形も様々だ。派手な文字と人間の食べ物の写真がプリントされている。見たことがあるものもあればないものもあり、思わず興味を引かれた。起き上がり、四角い形のものを手に取ると、傷に触れたのかぴりりと痛みが走った。封をされた四角い箱のようなそれは軽く、何か文字が書かれているが俺には読むことができない。しげしげと見つめていると、人間が箱を指さして微かに笑った。


「それカップ焼きそば。うまいよ」


「かっぷやきそば。……いや、というかそもそも天使は食べ物を必要としません。持ってきていただいて悪いのですがこれはお返しします。助けていただいただけで恐れ多いのに、それ以上はいりません。俺からお返しできるものもないですし」


「真面目~。じゃあカードもいらない?」


「……」


 いるんじゃん、とケラケラ笑う彼に腹が立ってふん、と顔を逸らす。気まずくて机の上の人間の食べ物に手を伸ばす。腕に何かが触れた感触がして目を向けると、バッグがドサリと落下するのが見えた。慌てて拾おうと身を乗り出し、息を呑む。バッグの中では、紙の束がぐしゃぐしゃに荒らされ切り刻まれていた。


「あーまた教科書破られてるわ」


 ため息を吐きながら彼がバッグを拾い上げ、中身を見ることを拒否するかのようにしまい込む。瞬間、怒りの感情が湧き上がるのを自覚した。踏まれたカードが脳裏に浮かぶ。人間もこうして、大切なものを踏みつけ壊すのか。


気が変わった。震える体から力を抜き、ベッドにぼふりと背中を付ける。


「……本当にいいんですか? ここにいても」


 彼がこちらを一瞥してにやりと笑う。その意地の悪そうな笑い方は癖なのだろうか。


「いいよ。なに? 俺が嫌がらせ受けてんの知って親近感でも湧いた?」


 そんなわけはない。俺のこの傷は嫌がらせだとか、そんなかわいらしいものによって付けられたものではないし。しかし理由は話したくなかったため黙っていると、彼はそのまま楽しそうに笑って言葉を続けた。


「あいつら俺には何もしてこないんだよ。俺をボコる勇気はないから。でも何もせずにもいられないみたいで、俺の物に手を出してくるんだ。臆病で本当つまらないっしょ。で? 結局どうすんの。セス?」


「……」


一つ息を吐いてから、彼と目を合わせた。信用できるかどうかは知らない。知らないが、俺が気絶している時に攻撃も拘束もせずに治療をしてくれた。それに賭けてみることにした。俺の目的達成のためには、人間界にいる方が都合がいい。それに、自分のものを傷つけられて諦めたように笑う彼を、なんだか放っておけなくて。


「……正直に言うと、まだ帰りたくはないんです。それに、治療してくれたこととか、カードをくれたこととか、ちゃんとお礼がしたいので」


 なので、よろしくお願いします、と差し出した俺の手が、あんた怪我してるから握れないってと降ろされる。


「別にお礼とか求めてないけど。退屈しなければそれでいいからさ。てかあんた敬語じゃない方がいいよ。気楽に話して」


「えぇ……? でも俺、誰に対しても敬語ですし。というか俺の方が年上なんだから、あなたこそ敬語使うべきなんじゃないですか。人間」


「えーじゃあせめてその人間ってのやめて。コウキねコウキ。セスは何歳なの?」


「二百六十三歳ですけど」


「めっちゃ年上だったわウケる。俺敬語とか苦手だから許して。……この部屋から出ない限りはちゃんとあんたのこと隠し通すからさ。しばらくよろしくね」


 ひらりと手を振った彼に、こくりと頷きで返す。いつ裏切られるかもわからない危険な状態であるのには変わりないのに、なぜだか俺もこれからの生活が楽しみだった。

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