無告の夜

山本公園

1.違和感

自分が吸血鬼だと分かったのは中学生になってそう経たない頃だった。


始めて違和感を自覚したのは、もう少し幼い時だったろうか。

公園で遊んでいた時に、一緒に遊んでいた友達が転んだ。擦りむいた傷跡から流れる赤い液体をみて、幼心ながら嫌に興奮したのを覚えている。

同時になぜかはわからなかったが、罪悪感もあった。これはきっと普通じゃない、隠さないといけないモノだ、と。


そして年齢が上がり、中学生になってから始めての彼女が出来た。同じクラスのその同級生は、加藤さんといい、黒くて丸い瞳が可愛らしい女の子だった。

特別仲が良かった訳ではなく、隣の席であった為、他の女子よりは話す機会が多い、程度のものであった。

それでも恋人関係になったのは、向こうから告白をしてきたからだ。

こちらも悪い気はしなかったし、なによりあの大きな瞳から今にも涙が溢れそうになってたのを決壊させるのが、ひどく可哀想に思えた。


思春期の男女ともなると、遅かれ早かれ、そういう事にも興味は出てくる。

ある雨の日、彼女が下校中に「雨宿りさせて」なんて言うものだから自宅に招き入れた。

タオルを貸してあげると、割と粗雑に髪や体を拭く。湿度のあがった蒸し暑い部屋で、彼女の首元には汗なのか雨露なのか、雫がつたっていた。


こちらの視線に気がついたのか、彼女は微笑んだ後に瞼を閉じる。

僕の息はきっと荒かっただろう。不恰好だっただろうし、なんなら汗臭かったかも。

そんなことを考える余裕がないくらいに心臓が高鳴り、僕は、遂に彼女に口を付けた。


彼女の首に。


彼女はキスを待っていたのだろうが、我慢ができなかった。

首元に口をつけてからは、瞬時に牙をたてていた。

こうなるまで自身に牙が生えてる事など気づかなかった。いや、もしかしたらこの瞬間に生えたのかもしれない。


牙が柔らかい肉を軽く割く。そしてその傷から出てくる血を飲んだ。

途端に包まれる多幸感。どんどん流れてくる温かな血を夢中で飲む。

脳が痺れるほどの、今までに感じたことのない快楽に支配される。


ドンっと壁に勢いよく飛ばされてハッと我に返る。


彼女は青ざめた顔をして首を押さえ、怯えた目でこちらを見ていた。


「なにをしたの!?」


答えられなかった。自身も混乱していて、言葉を発することさえできなかった。


「おかしいよ。痛いよ。怖いよ。普通じゃない」


抑えた手の隙間から赤い液体が垂れているのが見える。

首筋を伝い、シャツの中へ消えていく。ごくり、と生唾を飲み込む音は雨音が消してくれたようだ。

高鳴る鼓動に危機感を覚え、僕は扉を開けて自室から急いで出る。


廊下に出てすぐに扉を閉め、大きく深呼吸をした。

自分はいったいなぜあんなことをしたのだろうか。なぜあんなにも血を飲むことに興奮したのだろうか。

幼少期あの日感じた罪悪感と違和感、それの数倍もどろっとした黒い感情に押しつぶされそうになる。

思わず頭を掻きむしった。手のひらを見ると、指の間に数本の髪の毛がついている。


何分間そうしていただろうか。

扉がゆっくりと開いた。

赤く充血した瞳にはもう涙は浮かんではいなかった。ただこちらを見る目は恐れや嫌悪感を抱えたままだ。


「あっ、あの…」


と、話しかけたが彼女は無視してそのまま階段を降りていった。

追いかけていいものかどうかも分からないまま、その背中を見る。


玄関の鍵が開く音がして、続いて開閉の音がした。

もうここからは見えないけど、帰っていったのであろう。

僕はへなへなと床に座り込む。

彼女は少し落ちついたのであろうか。こちらはまだ冷静さを取り戻せない。


頭の中で「おかしい」と言った彼女の声が木霊する。

おかしい。そう、おかしい。今日この日を迎えるまでは、そのうちキスをして、体を重ね合ったりするのだろうなと思っていた。

やり方なんかをインターネットで調べてみたりもした。

けれども全く意味がなかった。キスがしたい、触りたい、触ってもらいたいなんて感情は浮かばず、ただただ血が欲しくなった。


彼女は痛かっただろうか。いや、痛いに決まっている。血が出ていたのだから。


もう何時間同じことを考えていただろうか。

先ほどしまった玄関の扉が開く音がする。


「あれ?お兄ちゃん?いるのー?」


と少し抜けた声が下の階で響いている。


「いるよ。おかえり」


喉がうまく開かず掠れた発声になってしまった。

妹が部活を終え帰ってくる時間となると、母親もそろそろ帰ってくる頃合いだ。

こんな狼狽えている姿を見られたくはない。きっと酷い顔色だろう。


「少し体調が悪いんだ。今日はもう寝るから起こさないように母さんにも言っておいて」


晩御飯はどうするのかと大きな声で問われたが無視して、這うように自室に入る。


そのままベッドに横たわり天井を仰ぐ。

彼女を傷つけたベッド。異常な行動がこの上で行われたのだ。


再び深呼吸をする。


罪悪感は時間と共に薄らいできたが、自分がおかしいことを自覚してしまった今、まともな状態には簡単になれそうにない。


誰だって自分を理解してるつもりで、全く理解していないものだ。いや、ただ見て見ぬふりをし続けてるだけなのかもしれない。


思考の渦は纏まらず、より大きな渦となり、意識を深い深い底へと引き摺り込む。

気がつけば僕は、本当に眠りに落ちていた。




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無告の夜 山本公園 @umaaaa527

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