六 冬ごもり
六 冬ごもり
エルは窓の外を見ていた。雪が積もって辺りは真っ白だ。冬は、山の生き物たちも静かに過ごすので、たまごハンターの仕事はあまりない。ようは、冬の間、エルは暇なのである。
「ぴよぴよ」(どうしたの?)
ぴよちゃんがエルのそばに寄ってきた。一緒に窓の外をみていたら、ぴよちゃんは片足を上げて、窓ガラスに足跡をつける。
ガラスが「ミシッ」と音を立てた。
真冬にガラスが割れたら、寒くて大変だ。
エルはぴよちゃんを抱きかかえた。ぴよちゃんの真っ白な毛はふわふわに膨らんでいる。毛の中に手を入れるとあったかい。
ぴよちゃんの本体はどこにいったんだろう。
不思議に思って奥まで触ると、ようやく本体が見つかった。
温かくてふわふわぴよちゃんをぎゅっとすると、ぴよちゃんも嬉しそうに「ぴよぴよ」と鳴いた。
「なにか作ろうか」
エルは拾っておいたマツバッパを貯蔵庫から取ってきた。マツバッパとは冬でも緑の葉が落ちない針のような葉のことである。その葉を豆乳の中に入れて、しばらく暖炉の前に置いておくと、固まる。
食事の最後にマツバッパのヨーグルトにジャムや干しブドウを入れて食べると甘くて美味しいデザートになる。
「もう固まったかな?」
器を揺らすと、ぷるんとマツバッパのヨーグルトが揺れた。雪で冷やしておこう。台所の裏口から外に器を出しておく。
ついでにパンも作ろう。時間があるのだから。
エルは小麦粉を取り出した。
マツバッパは他にも使い道があって、水に入れておく、シュワシュワの水に変化する。母さんが冬用につけておいてくれたシロップやジャムに注ぐと、ジュースになる。
さらにシュワシュワの水を放っておくと、それでパンもつくれるようになる。不思議だよね。ほかの葉でも作れるけれど、冬の間も作ることを考えると、マツバッパが一番便利だった。
「母さんが作っておいてくれた、マツバッパのパン種があったはず」
エルは格納に手を突っ込んで探す。
「あった! これで美味しいパンを焼こう」
「ぴよぴよ」(それって美味しいの?)
「美味しいよ。焼きたては特に。いっぱい焼いて、格納に入れておこう」
「ぴよぴよ」(うん)
ぴよちゃんが目を輝かせている。やる気だ。
でもぴよちゃんに手伝ってもらえることはあまりない、かも?
エルは苦笑した。
「小麦粉にパン種を混ぜて、よくこねる。水分を調整しないと。そうだ、山クルミンの樹液混ぜよう。甘いし、いい香りづけになるわ」
エルは微笑んだ。
混ぜ終わったボールを暖炉の前に置く。
その間にマツバッパのヨーグルトがどうなったか見てこよう。
「わー、うまくいった!」
プルンと表面が固まっている。
「ジャムもいいし、シロップでもいいし。何で食べようね」
ぴよちゃんも嬉しそうにしている。
「あとは豆の煮込みでも作ろうか。しばらく食べられるようにいっぱい作って、格納しておいてもいいし。裏口に置いておけば、凍るから保存できるしね」
エルは貯蔵庫に向かう。
豆や小麦の瓶、果実を漬け込んだもの、カボカボチャやカブブなど冬の根菜が並んでいる。エルは魔力を少し込めて、指先に灯をともした。魔力の灯はふんわりと辺りを照らす。この灯は熱くない、火事を起こさないような火である。魔力をほんの少ししか使わないので、魔力があまりないと言われている普通の人が一番最初に覚える魔法だ。
エルは魔力は多いが、山の民のためあまり魔力を重視していなかったので使える魔法が少なかった。でも、この灯りの魔法は便利なので、生活のために使っていた。山の民は山であまり魔法を使わない。トラブルが起きた時、生きるか死ぬか、最後決め手になるのは生命力だ。生き残ることを考えて魔力は使わない。温存しておくことと習う。
エルは豆の一瓶の半分を鍋に入れた。
水に冷やしておいて、他の野菜を切っておこう。
貯蔵庫を行ったり来たりしていると、ぴよちゃんがお尻をフリフリついてきた。玄関を開けて、雪の下に埋めておいた冬菜を取った。収穫して格納に入れて保管することもできるが、雪の下で保管しておくと、甘みが増すのだ。葉についた雪をざっと取り払ってバケツにいれる。ぴよちゃんは雪に足跡をつけて遊んでいた。
ふと空を見ると、雪が止んだ。
一日のうちたまにある晴れ間だ。
「ぴよちゃん、どこに行くの?」
ぴよちゃんが楽しそうに歩いていくので、エルは追いかけた。ぴよちゃんがツンツンと雪をつつくので、掘ってみると、モギモギ草が植わっていた。どうやら薬草畑みたい。よく使われる薬草だけ前の持ち主が植えておいたのだろう。
ぴよちゃんのお手柄である。畑の雪の下からダダイコンもカブブもキャベエエジなども見つけた。美味しくいただくことにした。
庭の片隅にはシオノミの木も植わっていた。シオノミを茹でると、塩水ができる。塩水を乾燥させて、塩をとることができるのだ。
「まだ実がついているなんて、幸運だわ!」
前の持ち主がいなくなって、採取されていなかったのだろう。たくさんシオノミが枝についていた。
エルは雪のついた枝に慎重につかまる。
雪のついている枝は痛いくらい冷たい。凍っている雪なので、うっかり手を滑らせ、落下しそうになった。
「ぴよぴよ!」(きゃー)
ぴよちゃんが大騒ぎする。
「大丈夫! ああ、びっくりした」
エルは冷や汗をかきながら、シオノミを採った。
塩を村まで買いに行くは億劫だった。それよりシオノミで自家採取した方がいい。ケガだけは気をつけよう。
薬草はモギモギ草のほかにセンマンリョウ、ヤツーデも見つかった。痛み止めになるセンマンリョウは若い葉や枝を乾燥させてお茶にする。ヤツーデは風邪の時に乾燥した葉をお茶にしたり、腰痛の場合には入浴剤にしていれたりできる。
もう少し晴れている時間が続きそうだ。
裏口に収穫物を置いて、ちょっと裏の山のほうに出かけることにした。
冬にしか実らないマツリユキノシタの種を探しに行く。マツリユキノシタの実は赤く澄んでいて中に種が入っている。実の赤い部分は甘酸っぱくておいしいの。
マツリユキノシタの実はお酒につけて薬酒にしてもいいし、種は干して粉にすると、化膿した傷の治りが早くなったりするし、薬酒は長寿になると言われている。
ただし、ファイヤオオトカゲのお父さんみたいにトゲが刺さることがあるので注意だ。鋭いトゲが実を守っているのである。
マツリユキノシタがあるところには、冬の妖精が集まっていることがある。妖精が見える人にはすぐに分かる。
冬の妖精は体長は人差し指くらいの大きさで、白っぽい髪に白い肌、黒い目をしていて、白い服を着ている。とっても可愛く、話好き。エルは妖精が大好きだった。世間では妖精はいたずら好き、ひねくれものと言われているけど、山の民にとっては大事な友達のようなものだ。妖精はヒトの嘘を見破るので、嘘をつかないことが大事。それに人間とは違う時間の感覚を持っているので誤解されることも多いのだ。
ぴよちゃんをポシェットに入れ、雪をかき分けて進んでいくと、木々の間にぽつりぽつりと黄色い小さな丸い光を見つけた。これが冬の妖精だ。マツリユキノシタの実は冬の妖精たちの好物でもある。
ふんわりと甘い匂いが漂ってくる。これはマツリユキノシタの花の香り。妖精たちが輪になって飛んでいるので、あそこにマツリユキノシタがあるんだろう。
「私にも分けて?」
エルは先に食べていた冬の妖精たちに聞いてみた。
『いいよ。あなた、最近きたたまごハンターね』
『おいしいよね? マツリユキノシタ』
妖精たちからお許しが出た。
『このまえファイヤオオトカゲのお父さん来たわ』
『トゲ刺さっていたのよ』
『たまごハンター、トゲ抜いた?』
妖精たちは何でも知っている。
「うん、抜いてきたよ」
エルは指を赤く染めながら答えた。
『ファイヤオオトカゲのお父さん、お母さんの分の実を集めていたらケガをした。お母さんたまご産んだ? 元気だった?』
『たまごもらった?』
妖精たちは知りたがりだ。矢継ぎ早に質問が来る。
『うん、お母さんたまご産んでいたよ。赤ちゃんのいないたまごもらったよ。それとね、私の名前はエルだよ』
『たまご泥棒エル?』
妖精たちが笑う。
まさか妖精にまでたまご泥棒と言われるとは思わなかった。がっくりだ。
「たまごハンター、種卵採集家だよ。たまごの声が聞こえるから、赤ちゃんをもらったりしないよ」
エルは説明する。ぴよちゃんも大きく頷いた。
『たまごハンターのエルはいいやつ』
『いい子だね』
『このひよこ、かわいい』
ぴよちゃんは褒められて胸を張る。
ここの妖精たちにたまごハンターとして認められたようでほっとした。
もし認められなかったら、この山に閉じ込められて、お仕置きされたりしたかもしれない。敵には容赦ないのだ。
ああ怖かった。山の民は、悪いことをすると妖精たちに怒られるよと教えられる。試したことがないから本当かわからないけど。私は嘘をつかないいい子だからね。
「困った時は、麓の家に来るか、ファイヤオオトカゲに頼んでね。メッセージバードを渡してあるから」
妖精たちが私に用事があることはないだろうとは思ったけど、一応伝えておく。
『わかった。エル、早く食べな』
『エル、髪の毛とかしてない』
『エルの母さん、怒るよ』
妖精たちが笑った。
うううう。なんで私の母さんのことを知っているの?
『エルの父さんと母さん、私たちにも親切。いい奴だった』
そうなんだね。山の反対側にも父さんと母さんを知っている妖精さんがいたよ。目に涙が浮かんできた。
『エルの父さん、エルのこと太らせるって言っていた』
父さんの口癖は「いっぱい食べろ」だったな。
胸が熱くなった。父さん、いっぱい食べるよ。
『エルの父さんと母さん、エルのこと愛してるって言っていた。エルが一人になるから心配していた』
妖精さんたちが教えてくれた。父さんと母さんは最後まで私の心配をしてくれていた。がんばって一人前のたまごハンターになるから。ちゃんと一人でも生きていけるようにするから。だから心配しないで。
涙がいっぱいこぼれていく。ぴよちゃんは私にくっついてきて、慰めてくれた。
『エル、ここにあるよ。いっぱい食べて』
妖精さんたちが指を差した。
雪をそっとどけると、濃い緑の葉と赤い実がたくさんなっているマツリユキノシタがいっぱい生えていた。
やった、ここは群生地のようだ。
収納袋にそっと赤い実をいれていく。ちょっと強く摘まむと赤い実が割れてしまうのだ。そういうときは、口の中にいれてしまう。
うーん、甘酸っぱくておいしい!
ぴよちゃんがエルの顔をじっと見ている。
ごめんごめん。ぴよちゃんにもあげるからね。
ぴよちゃんに赤い実を差し出すと、「ぴよぴよ」(ありがとう)と嬉しそうに鳴いた。
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