五 ファイヤオオトカゲ

五 ファイヤオオトカゲ


 十二月になった。寒い日が続いていた。

 ぴよちゃんは毎日いつでもエルの後を「ぴよぴよ」といいながらついて来る。ベッドで寝るときも一緒だ。

 頭の上の毛はちょっと短いけれど、一番ふわふわしていて、そこを掻いてあげると目を細めて喜ぶ。

エルはよくその姿に胸がきゅんとしていた。

 一緒に寝ていると温かいのでいいんだけど、うっかりぴよちゃんを潰したら怖い。だから、小さな木箱にぴよちゃんの寝床を作ってあげたんだけど、気に入らないみたい。

せっかくつくったのにねえ。いつか使ってくれるかしら。

 エルは小さなため息をついた。

「ぴよちゃん、ごはんにしよう!」

「ぴよぴよ(うん)」

 ぴよちゃんが後ろから追いかけてきた。

 ぴよちゃんのご飯ってパンくずとか豆とかがいいのかなって思ったら、何でも食べた。野菜も、お肉も、魚も食べている。

ぴよちゃんは普通のひよこじゃないんだね。大きくなるって言っていたし、きっとたくさん食べるのかも。

が、がんばって働こう。

 パートナーになって二週間。ぴよちゃんはちょっと大きくなった。手の指から肘くらいの大きさだ。このまま元気に大きくなってくれると嬉しいな。

 エルはぴよちゃんの頭を撫でた。

 窓の外は一面雪だ。職業案内所で三週間待って元の村の家にしようとしていたら、完全に冬になっていて、パートナーも見つからず路頭に迷っていただろう。エルはこれでよかったと思うことにした。

もし、元の家に行きたければ、行けない距離ではない。そっと見に行けばいい。

心の中で納得する。

きょうは雪は止んで青空が見えていた。朝ご飯の後、雪かきをしてぴよちゃんと遊ぼうと思う。

 久しぶりのお天気。

玄関を開けると、冷たい空気が流れ込んできた。

 雪が初めてだったぴよちゃんは、最初、雪の冷たさに驚いていたけれど、足が雪に沈む前に素早く動くという技を身に着け、家の周りを走り回っていた。

うーん、私にはできない芸当だ。すごい。

ぴよちゃんの真似をしたら、転んでしまった。これからはやめておこうと思う。種族の壁は高かった。

エルは擦りむいた鼻の頭を撫でた。

「雪下ろしでもしようかな」

 屋根を仰ぎ見ると、強い傾斜の屋根のため、雪がほとんどついていなかった。

やっぱりここはもともと雪が積もる村なんだな。

エルは薪を移動させたり、裏口の雪を除けた。

 玄関の辺りはエルの膝くらいまで雪が積もっていた。

通りから玄関までの道のりは雪かきしておかないとね。冬中、通れなくなりそうでこわい。

 エルは倉からシャベルを取り出し、雪を脇にどかし始めた。

夢中になってシャベルで雪をかいていたら、両腕がちょっと疲れてしまった。中腰の姿勢を長くしていたせいで腰も痛い。これは大変だ。

 とはいえ、ゆっくりと休憩をしたら、また雪が降りだしそうだ。東の空に大きな雪雲を見つけた。

ここは一気に雪かきを終わらせないと。ザクザクと雪をシャベルでかいていくと、何も考えることができなくなった。

 身体が熱い。額から汗が流れ出た。

エルは息を切らしながら、玄関の階段に座り込んだ。

もう動けない。手足の先は冷たく、赤くなっていたが、身体はポカポカしていた。

 ぴよちゃんは雪の中をつついて回っていた。

なんだろう。虫とかいるんだろうか。真冬なのに? 虫は嫌だなあ。

眉根を寄せていたら、ぴよちゃんが畑の中からカブブを見つけてきた。カブブは根っこが白くて丸い野菜で甘くておいしい野菜だ。煮ても焼いても美味しい。

「ぴよちゃん、ありがとう!」

「ぴよぴよ(どういたしまして)」

 ぴよちゃんはまた畑の散策に行ってしまった。もしかすると、畑に野菜がまだあるのかもしれないなあ。

 ぴよちゃんは小さな羽根をばたつかせ、雪を吹き飛ばそうと頑張っていた。小さな緑の葉っぱが点在しているのが見える。

 あれはカブブに間違いない。よし、食料を手に入れないと!

 冬の新鮮な野菜は貴重だ。エルは畑の雪を丁寧に取り除いて、カブブを収穫した。

 ようやく一段落ついて、お茶で喉を潤したあと、ぴよちゃんと雪だるまを作り始めた。

玄関横に並べると、可愛い。ぴよちゃんと大満足。二人でしばらく雪だるまを見て、微笑んでいた。

 急に空が陰ってきた。風も強くなってきた。天気が崩れるのだろう。

「ぴよちゃん、また雪が降るよ。お家にはいろう?」

「ぴよ」

エルとぴよちゃんが暖炉の前でくつろいでいると、村長のハノイがうちにやってきた。

「雪で歩きづらかったですね。どうぞ、お入りください」

 道から玄関までは一応雪かきをしてあるが、村長のズボンは雪まみれになっていた。村長の家からここまで雪の深いところがあったのかもしれない。

「ありがとう。寒かったので助かるよ」

 暖炉の前で暖まる村長にエルは温かいココアを作って差し出す。

 村長はかじかんだ両手でコップを握ってゆっくり口をつけた。

「たまごハンターエルにお願いあってきたんだ。山の入り口でファイヤオオトカゲを見たっていう村人がいたんだ。冬のこの時期は冬眠しているはずなんだが」

 ファイヤオオトカゲは森にすむ生き物で、体長が大人二人分にもなる。怒ると小さな炎を口から出すので、ファイヤオオトカゲと呼ばれている。火を吐くので、山火事や森林火災を起こす可能性がある魔獣だ。森で見かけたら怒らせないようにそっと逃げるのがベスト。性質はおとなしいだけど、秋から冬にかけて卵を産み、育てる時期はちょっと気が荒い。巣にとじこもっている時期だから、あまり人間には影響ないはずなんだけど。

「村里に降りてくるなんてめずらしいですね」

 どうしたんだろう。何かヒトに頼みごとがあるんだろうか。

 エルは腕組みをして考える。

「儂らには全く考えられんが、たまごハンターならわかるだろうと思ってな。安全に山に帰ってもらいたくって、ファイヤオオトカゲと交渉してきてくれないか」

「いいですよ。分かりました」

「一応、ファイヤオオトカゲの好物の林檎は用意した」

 村長は収納袋から20個テーブルに置く。

「ありがとうございます」

 交換条件ということなら、ファイヤオオトカゲも動いてくれるだろう。

 たまごハンターエル、出動である。

 ちなみに初めての単独任務だ。いままで山の恵みである薬草や果実を採取しに行っていただけだった。

 村長が帰ると、エルは急いで支度を始めた。

 まだ雪が降り始めていなかった。空を見ると、雪雲はどこかへ行ってしまっていた。あと数時間はもつだろう。雪が止んでいる日はなかなかない。なんとか今日中に依頼をこなしたい。

 エルは急いで出かける準備を始めた。山の雪の中に入るため、しっかり防寒具を身に着けた。ぴよちゃんはパートナーだから、連れて行かないといけないんだけど。どうしよう。

 寒くないんだろうか? ぴよちゃんは、畑でへっちゃらそうだったけど。おそらく、きっと寒くないのだろう。

 ぴよちゃんはエルの顔を見て首をかしげている。

 胸ポケットでもいいんだけど、最近大きくなったから、胸ポケットが破けそうなんだよなあ。

エルは外套を探し始めた。

そうだ! ポシェットはどうだろう。

「ポシェットに入る?」とぴよちゃんに確認する。

「ぴよぴよ(うん)」

 嬉しそうに返事をした。

どうやらここに入ってくれるらしい。交渉成立である。

 格納のなかに体力回復の薬と傷薬、寝袋、毛布が入っているか確認し、ファイヤオオトカゲの好物のリンゴをしまった。収納袋には、自分用の数日分の非常食とおやつ、それに水を用意した。

さあ、出発だ。

 冬の山は静かだった。辺り一面真っ白。雪が太陽の光を浴びてキラキラしている。森の生き物たちは冬眠しているだろう。

 ファイヤオオトカゲも卵を産んだ後は冬眠に入るはずなんだけどな。何か困っているのかもしれない。

 木々の中を歩いて、ファイヤオオトカゲの足跡を探す。ファイヤオオトカゲの探し方は大きな足跡と引きずった尻尾の跡を見つければいいので簡単だ。

 大きな木のうろ周辺にファイヤオオトカゲの跡を見つけた。

「こんにちは、たまごハンターのエルです」

「ぴよぴよ(ぴよちゃんだよ)」

 うろの中に向かって問いかけるが、返事がない。

 引っ越ししてしまったのかな。今はいないのかもしれない。また今度来た方がいいかな。

 迷っていると、奥の方で「ガオ」と小さい声が聞こえた。

『奥に来て』とファイヤオオトカゲが言っている。

 おお、入っていいのか。暗いので、気をつけて歩いていく。うっかり卵があったら大変。踏まないようにしないとね。

 エルは片手を壁に沿わせてゆっくり進む。

「お邪魔しまーす」と一声かける。

 うろの入り口には少し雪が積もっていたが、奥はとても暖かい。いい住処を見つけたようだ。

 ファイヤオオトカゲのお母さんが草の上にいた。卵を腹の下で温めている。

『あなたは山の民で、たまごハンターよね?』

ファイヤオオトカゲのお母さんが話しかけ、エルの身元を確認する。

そうだよね、見知らぬ人間だもの。怖いよね。

エルはできるだけ笑顔で話すことにした。

『はい。私はエルといいます。山の民でたまごハンターです。最近こちらに越してきました』

『ふっ。たまご泥棒だろ』

 ファイヤオオトカゲのお母さんの後ろから、もう一匹の声が聞こえた。

 だからたまご泥棒なんてしませんって。嫌な言い方をする。ひどいな。

 思わずムッとしてしまった。

「ぴよー!」

 ぴよちゃんがポシェットから飛び出て、威嚇する。

『ちょっと、失礼でしょ』

 ファイヤオオトカゲのお母さんがたしなめる。

『すいません、卵の父親なんですけど、ケガをしてしまって……。気が立っているの。気にしないでね』

 ああ、それでお母さんが薬草を探しに村里近くまで来ていたのね。

「お薬ありますよ。お父さん、傷をみせてもらっても?」

 うろの中はエルが立っても頭をぶつけないくらいの高さがあった。

 ファイヤオオトカゲのお母さんと卵を刺激しないようエルはそっと後ろに回り、お父さんのそばによる。

 足の爪のあたりから血が出ていた。

『血が止まらないんだ。痛くて痛くてたまらない』

 お父さんの目がギュッと細くなる。

 すんごく痛そう。これは痛い。傷の周辺が赤黒く腫れている。

 患部をみると、マツリユキノシタのトゲが深く入り込んでいた。マツリユキノシタの実はとても甘くて美味しい冬の果実だ。栄養価が高く、魔獣も動物も人も大好き。低木のため、ファイヤオオトカゲでも舌を伸ばせば実をとることができる。ただしトゲがあるから、気をつけないと刺さるのだ。

「私もマツリユキノシタのトゲに刺さったことがあって、これ、痛いですよね。泣きながら、父さんにピンセットで抜いてもらいました」

 エルはファイヤオオトカゲのお父さんの傷口を観察する。

「マツリユキノシタのトゲが奥深く入っていて、とれなかったんですね」

 エルは収納袋からピンセットを取り出した。患部をよく押し出すと、トゲの先端が少しだけ見えた。ピンセットで思いっきり引っ張ると、大きなトゲが取れた。

「すごい大きなトゲ!」

エルはファイヤオオトカゲのお父さんとお母さんに手のひらに乗せて見せた。これはすっごく痛かっただろう。だから卵を温めるのを交代し、お母さんが村里まで助けを求めに来たんだろうな。

 たまごハンターをあちらこちら探していたに違いない。私がもう少し早く来てあげていたらよかったね。

 格納から薬草を取り出し、葉を揉んだ。揉み終えた葉を傷口に乗せ、傷を保護するために包帯で巻く。

「これでしばらくすれば治りますから」

 エルはホッとしたと同時に充実した気持ちになる。

『ああ、助かった』

 ファイヤオオトカゲのお父さんは顔色が良くなった。

『ありがとうございます』

 ファイヤオオトカゲのお母さんは嬉しそうだ。

『たまごハンターさん、お礼に卵を持って行ってくださいな』

 え、いいの?

 ファイヤオオトカゲのお父さんを見ると、お父さんも小さくうなずいた。

 さっきたまご泥棒って言ったくせに。

 エルは苦笑する。

『エル、すまなかった。さっきは気が立っていたんだ』

 ファイヤオオトカゲのお父さんはばつの悪そうな顔だ。

 まあいいでしょう。トゲが痛いのはよくわかる。私だってもう大人だもんね、そんなことで怒りませんよ。

 ファイヤオオトカゲのお母さんのおなかのそばに行くと、六つたまごがあった。目をつぶって、たまごの声を聞く。

エルは手をかざし、たまごたちに呼びかけた。

『たまごちゃんたち、私と行く子はいる?』

『私は行かないわ』

『僕もいかないよ』

『私も行かない』

『私もダメよ』

『僕もいやだよ』

 おやおや? 六番目のたまごだけおしゃべりをしなかったわ。どうやらこのたまごだけ赤ちゃんがいないみたい。

「お母さん、このたまごを頂けますか?」

『このたまごはもしかして?』

『赤ちゃんがいないたまごですね』

ファイヤオオトカゲのお父さんとお母さんに説明すると、快く卵をもらうことができた。

 ファイヤオオトカゲのたまごは捨てるところがない。たまごの中身は栄養価が高く濃厚で美味しいし、殻は固いので魔道具の素材になる。

「村長さんからりんごをいただいていますよ」

『わあ、嬉しいわ』

 ファイヤオオトカゲのお母さんは喜んだ。

『村にご迷惑をおかけしました』

 ファイヤオオトカゲのお父さんが頭を下げた。

 ありがたくファイヤオオトカゲのたまごを格納して、ファイヤオオトカゲのお母さんに白いメッセージバードを数枚渡した。

「もし、たまごハンターを呼びたいときがあったらこれを山から飛ばしてください。私のもとに届くので」

 エルとぴよちゃんは、ファイヤオオトカゲの棲み処をお暇することにした。

 外はもう夕暮れだ。冬の夕方は短い。

あっという間に暗くなるに違いない。急いで山を下りて、村長ハノイのところに報告に行こう。明日も晴れるといいな。

エルはぴよちゃんをポシェットの中に入れた。

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