十五 春の宴
花の季が
さねが
「姫様!? これはいったい!?」
「あ、さね」
脚の践み場もさねにはなかった。なるべく典籍を践まないよう
「物凄い本の数ですね……いったい、これは……?」
「
なんとなく夜霧がなにを云ったのか、さねは想豫がついて苦笑した。
春を想わせる佳き薬膳料理とか如何なるものか勘考する時間が増した。
(春の花……譬えば梅はどうだろう。
なにか桃李の花に纏わる品はないだろうか。桃の節句に因むのなら……でも、それでは李はどうであろう。今は花の季だ。
李の
(そうだ……果醬は保存が効く。昨夏に採れた李の果醬があるのではないか)
一升半とすこしあれば足りる。廚の一升瓶は二つ──足りる。
(馬肉に李の果醬、梅枝と蛤の吸い物、これで桜梅桃李の花は揃った)
あとは他の莟を集わせ、その花をどう咲かせるかだ。
◇
「蓉子」
「なんでしょうか」
「賀茂祭の宴席で薬膳を振る舞うのだろう。食の監修を私に委せてくれないか」
《毒鬼》など一度たりとも治したことのない父親に何故監修を委せなければならないのだ──という《毒》は
「失礼ながら」
父親の眉間に皴が寄る。
「既に品は決まっております。薬である食材さえあれば、何時でも調薬できる状況ゆえ、食の監修は不可能かと」
気後れをする必要はなかった。事実、彼の診断と処方は効果が未詳だが、蓉子のは既に何名もの患者を癒している。己が秀でていて父親が劣っていると云うつもりはなかったが、医としての信頼度は本来蓉子の方が高いはずなのである。勿論、典医にも敗けてはいない。
(私は女医ではないけれど医だもの)
医としての資格がないとはいえ、その小柄な
「もう品を決めたと云うのか?」
「そう云いました」
(有資格の医でしょうに。何故先刻云ったことを尋き返すのかしら)
「……だが、いったいどうすると云うのだ。蓉子が食を監修したとて、信じる者がいるのか?」
「わあ、父上は私を疑われているのでしょうか」
(自分はどうなんだよ)
禁毒寮が舐められているのは宮廷でよく報られている。格下という認識が官吏たちの中で強いのだ。
そのとき、蓉子の脳の中で、点と点が繫がった。
(そう云うことか)
父親は禁毒卿としての落魄とした自尊心を誇るため、自ら食を監修するつもりだったのではない。宴席で美味な薬膳を振る舞い、禁毒寮の面目を立たせるつもりなのだ。当然、料理を作るのは蓉子の役目──。
(私を利用して権威を得るつもりか)
禁毒寮ならば《毒鬼》を治せるかもしれない、という当初抱かれた淡い期待を、再度喚び起こすというわけだ。
「何故なら蓉子は《毒鬼姫》だ。人々は
「
疎まれているとしか想えない
(《毒鬼姫》は、私という自我を体現する言葉だもの)
《毒鬼姫》に《毒喰い鬼》、それから《毒愛づる姫君》──。
どれもが彼女にとって、自分が自分でいる為の渾名だ。
(哀れに想われるのは、私じゃない)
沈默に飽きた蓉子は、溜息をついて颯爽とその場を去った。
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