十三 蝶と散る
凍星の
突如として、花に連れ添っていた蝶が橋に集った。
妙だった。小夜衣を纏った
「ふるり……ひらり……はらり……蝶々、蝶恋花」
予知夢どころか、神も仏も信じない恭子の
恭子が生きていた頃、彼女が気に入っていた
一方で、泉水に自生する
先に散った花に蝶は寄り添う。そして歎く。
蝶という蟲が恋をするのは花だ。
(男は蝶、女は花)
否──と、蓉子は頸を振った。
恋をして咲いた女が花ならば、恋など想わず、咲かずに実を結ぶ女は花ではなく華なのではないか。
花は蝶と共に散らない。
恭子は恋を嫌った。
華だ。
華と蝶ならどうだろうか──。
(いや……そんなのどうでもいい)
華だろうが花だろうが、蓉子にとってはさして変わらぬものだ。
蝶が舞う。宵の空に、ただ静かに。
「蝶は花と散らず」
幻想の如き詩を恭子が
「蝶は華と散れ」
宙を游いでいた幾千の蝶が、
「華は――想ふ蝶とうつろふことならむ」
玉を転がすような詩声と共に、月の輪郭が夜空に融けた。それに惑わされた刹那の間に、碧い泉水が飛沫を上げる。双翅を濡らされた蝶が、果敢ない色に染められて落ちた。靡いた絹のような水越しに、小夜衣の女の顔が映る。死期を聡ったような、否、それにしては恐れを忘れたように微笑を零していた。天満つ星よりも静謐で、安らかな微笑だ。叢雲の翳で消えそうな、月影のような。
ただ、刹那の出来事だった。
それなのに、舞い落ちる滴も、溺れゆく蝶も、水面の月に引き込まれる女も、雪が落つるよりもおもむろに過ぎた。
(これが──忘れることのない、死)
死というにはあまりに幻想的で。
しかしながら死に惹かれたのはその一瞬だけであった。間もなくして、敏捷に時が流れた。当然、恭子の表情を窺う暇などなく、さながら
(嗚呼、死とは)
これほどまで呆気なく終わるものなのか。
醒めない夢がないように。
医が口を揃えて恐れる死とは、
(私はこれを嫌っていたんだ)
屍人にはどんな薬も効かないのだから。
死が訪れるそのときまでに、妙薬で救わなければ──。
《毒鬼姫》の一番傍らであり、一番彼方で生きていた華が、散った。
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