十四 迷信という《毒》

わたしは《銀龍の一族》、すなわち《毒鬼どくき》になど罹患かかっていない』


 中宮のことばが、頭の中で鳴り響いてやまない。

 自尊心と絶対の自信を載せた、さながら銀龍の神託しんたくのような、つよい声色だった。白銀の髪と眼という、絹の如き果敢はかない容貌すがたからは想豫そうぞうできないほど。

 あれほどの気魄きはくがないと、天子からの寵愛はけられないのだろう。




 房室へやに戻るなり、女房にょうぼう二人が、さけびながら駆け寄ってきた。


「姫様っ!? 単衣ひとえ灰燼はいが……一体、誰の仕業です!?」


「これって、火桶の灰燼はい!? なにがあったんですか!? も、もしかして、中宮様のいじめ!? ひどすぎますっ!!」


 なにもしていない中宮にたいして「蓉子ようしを虐めたのでは」なんて、不敬にも程度ほどがある。当人や関係者に聞かれていたら、厳格きびしい罰則は避けられない。


「どうもしてないわ……火桶の端をんでしまって、臀餅しりもちをついたときに灰燼はいを浴びてしまっただけ」


 せっせせっせと打衣うちぎぬまで脱がされる。


いとけないときからおもっていたけれど、夜霧よぎりはほんとうに世話好きよね……ははとは、真逆というか)


 蓉子ようしの産みの母である恭子きょうしは、娘が産まれた日に太皇太后たいこうたいごう崩御ほうぎょしたことをうけ、蓉子ようし呪詛のろいの子とののしり、間もなくチョウと散った。ゆえに蓉子ようし自身はははかおらない。

 もし夜霧よぎりの子だったら、じぶんももうすこし柔和やわらかなひとになっていただろうか。


「姫様、今日はなにを」


「採取した鱗を顕微鏡で観察するわ、折角せっかくなら脈搏みゃくはく計測はかりたかったのだけれど、それより前に……」


 言いかけて、ことばをとめた。夜霧よぎりが眉間にしわを寄せて、蓉子ようしの手を包みこむ。


「……なにか、あったんですか?」


「ええ、中宮様が……きつそうだったから。他所者よそものがいるより、ちかしい女房にょうぼうといた方が気が楽でしょうから、引き返したの」


 秘すれば花。

 表着うえのきぬまで着せられ、鎖骨ほどまでしかない黒髪を、ひとつに結わえた。美人の條件じょうけんである長い黒髪は、観察や実験、研究においてはわずらわしい。


「では姫様、ご成功をお祈祷いのり申しあげます」


「ええ、ありがとう。そうだ、女御様の夕餉ゆうげを作ってもらえるかしら」


わかりました。なにがあれば?」


「連日同様、生薑ショウガ福寿草フクジュソウ豚肋ブタバラくりやから。葱頭タマネギ焚麥フンバクもあるはずね、材料が似てきてしまう……」


「……? 一体、なにを作るのでしょうか」


「うーん……では、今宵こよいは、肉饂飩にくうどんでどうでしょう」



    ◇



 鱗からは液状のものが検出された。

 銀白色の液体だ。鱗は薄いがそれで満たされており、肌膚はだの表面のほんのわずかな突起でもやぶれるほど。肌理細きめこまやかな繊維や細胞を伝って、血管へ侵入することも容易そうだ。


 これは毒だ。

 鏡のような銀白色のどろりとした液体、心当たりがある。常温でも液体である唯一の金属の水銀すいぎんだと。


(中宮をおかしていたのは、猛毒だった)


 猛毒の鱗が体をむしばんでいるのだ。同じように鱗が生えて、神宿りし湖に身をしずめた祖先たちは、冷たい湖水みずの中で、なにをおもっただろう。そして、水銀の中毒や息苦しさに、どれほどきずつけられて、それでもなお《天龍地龍てんりゅうちりゅう》になれると信じていたのだろうか。


 水銀を解毒するためには、硫黄いおうをおおく含有ふくむ食物を摂取することが大切だ。

 たとえば葱頭タマネギニンニクニラ芽花椰菜ブロッコリー長葱ナガネギ甘藍キャベツ大根ダイコン白菜ハクサイ鶯菜コマツナ。主に葉物の蔬菜そさいである。ただ、ニンニクは食後のくさみをいとうひともおおくいるので、使用は避けるのが無難だろう。


 あとは、その薬を調つくるだけだ。


女御にょうご様のは夜霧よぎりまかせたから、わたしは、これを調らなくてはならないんだ)

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