十三 鱗の生えた中宮

 中宮ちゅうぐうまわれている弘徽殿こきでんは、早春ながらも妖艶あでやかな梅のつぼみほころばせ、かぐわしき香をいていた。

 麗らかな春を肌膚はだで感じる中、どこかくもっているのは、やはり。




「鱗が生えていらっしゃる……」


「《銀龍の一族》の名にふさわしい……やっぱり、御神みかみ・銀龍の後裔しそんという古伝説はまことだったのだわ」


 まるで神仏をたてまつるかのごとこうべを垂れる女房にょうぼうたちと、それから中宮をみて、蓉子ようしはぎょっと眼をみはった。

 まるでなにかの宗教のような、異様な光景と、そして中宮の容体だ。


 確か銀龍は、弥和国みやまとのくにを建てた八十神やそがみのうちのひとつだ。その後裔しそんは、白銀の髪と眼をもち、総じて《銀龍の一族》と称される。

 白銀の髪と眼、中宮は間違いなく《銀龍の一族》であろう。

 そして、頬や頸を被覆おおっている白銀の鱗が、まさしく龍を体現している。


「そうよ。わたしは《銀龍の一族》の姫君であり、このくにを統べる中宮。後宮でいちばんの寵愛ちょうあいける身なのだから、当然でしょう」


 扇子をあごにあて、悠然ゆうぜんとした微笑を貼り付けている。

 単衣ひとえの色目や房室へやの様子をみるに、日頃から贅を尽くしているのだろう。髪飾りも、上等なかんざしばかりだ。


 流石に中宮との対面というのもあり、すこしはおしろいに鉄漿おはぐろ口唇くちびるには紅を挿したが──やはり、華にはなにをしても敵わない。


「ところで、あんたはどちら様? 後宮の后妃こうひというには、芋だけれど」


禁毒卿きんどくきょう三の姫、齋木さいきの蓉子ようしでございます」


 ふうん、と中宮は肩をすくめる。


「禁毒卿……なに? わたし病臥びょうがしているとでもいたいの?」


「それはなければわかりません。たとえどんなに優秀な典医てんいでも、脈を計測はかったり舌を診たりしなければならないので」


 西洋医学の伝来は医学界に革命をもたらしたが、東洋医学もけていない。妊娠にんしんしているかは脈搏みゃくはくで、水滞すいたい気虚ききょは舌でわかる。特に舌は脾臓ひぞうや胃につながっており、且つ粘膜で被覆おおわれ、血管がおおく通っているゆえ、心身の不調、血流や体内の水分量の変化がわかりやすいともわれているのだ。


「そうですね、鱗を一片いちまい頂戴いただければ」


「まさか、わたしは《毒鬼どくき》になど罹患かかってないわ。《銀龍の一族》は、皆そう……十八を過ぎると、鱗が生えるの。そして、儀式として、神宿りし湖であるに御身を浸す……そうして、夜天よぞら薄曇くもが晴れれば、天龍てんりゅうに。雨が降れば、地龍ちりゅうになったとわかるのよ」


 龍の血を引くのだから、龍となってそらへとのぼる。

 じぶんもその摂理にしたがって、龍となって民草をまもるだけ。


 誇らしげに笑みをたたえる麗人は、花柄の扇子で丹唇くちびるかくし、くすくすと嘲笑わらいながら裾を直す。


「失礼します」


 中宮の腕から、鱗を一片引きく。ぱらりとかんたんに引き拔けたそれは、魚の鱗にそっくりであった。


「痛みは、ございますか」


「別に。ただ、乾燥するくらいね、季節の変わり目だから乾燥しやすいの」


 元から乾燥しやすい肌膚はだならなおさらだ。

 病的なものはうかがえない。


 肌膚は乾燥しすぎると、皮膚が罅割ひびわれたり、皮がけたりする。湿疹しっしん乾燥性皮膚炎かんそうせいひふえんを発症する可能性もある。

 だが、この鱗は。


(もしや、鱗が生え、湖に体を浸らせた人は、底にしずんで……)


 中宮まで、そうなったら?

 いや、医たるもの、取り乱してはいけない。患者の体に真摯しんしに向きあい、共に生命いのちを懸けるのだ。


「ありがとうございます。……かならずや、この《毒鬼どくき》を治してみせます」


莫迦ばからしい。何度でも云うわ、わたしは《銀龍の一族》、すなわち《毒鬼どくき》になど罹患かかっていない」


 堪忍袋かんにんぶくろの緒が切れて、女房にょうぼうが火桶の灰燼はいげつける。


「何度も何度も中宮様に同じことを云わせて……! 身の程知らず!」


「《銀龍の一族》と美麗うるわしい名を冠する中宮様に、失礼だとおもいなさい! この化生ばけもの妖姫あやかし幽鬼ぼうれい、《毒鬼姫どくきひめ》め!!」


 廻廊かいろうどころか庭園まで突き飛ばされ、蓉子ようし歎息たんそくした。


(やはり、中宮様は一筋縄ではいかない)


 桜明さくらあき女御にょうごのような、花のように可憐かれんでおしとやかな女性を想豫そうぞうしていたゆえ──中宮の誇らしげな艶笑えんしょうには、愕然がくぜんとするしかなかった。

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