十一 恋仲なんてあり得ない

 かぐわしい臘梅ロウバイの花がこずえ装飾かざる、晴天はれ午下ひるさがりは、禁毒卿きんどくきょう家の五姉妹のうち、五の姫を除く四人が一堂に会して茶会をする。

 馥郁ふくいくたるかおりの花を愛でる異母姉あねたちと、若い公達きんだちとの恋を夢みる異母妹いもうとに挟まれた蓉子ようしは、泉水いけほとりで摘んできた毒芹ドクゼリを食していた。


「私たち、っても貴族だもの、素的すてきな文のひとつやふたつくらい、届いたっていいよねぇ」


 四の姫が、晴天そら羽搏はばたく鳥を眺めながらひとつ。一の姫、二の姫も、身を乗りだして眼を耀かがやかせた。さながら、好餌えさを視界にとらえた獣物けものの如く。


「ねー!! ちっとも来ないわよねぇ」


「毎日お稽古けいこに励んでて、素的な素的な公達に振り向いて頂戴いただくための努力はめいっぱいしてるはずなのにっ!!」


(いやいや、その努力がつたわらないようじゃ、公達も振り向かないでしょうよ)


 みえも行けもしない花園に夢想ゆめいだ異母姉妹しまいに、蓉子ようしはただただため息をつくばかりであった。と、二の姫がにやにやしながらこちらを向き、


「全く、どうしてそんなそっぽ向いてるのよっ、貴女あなたこの間、素的な殿方とのがた夜這よばいなさっていたじゃないの」


(……なさっていたよ)


 あの夜のことをっているのだ。

 袖を振るたびにあやしい光を散らつかせる、色沢つややかな黒髪の陰陽師の青年が夜這いしてきた、あのよるのこと。


 れど雅明まさあきのほんとうの目的は、自身のわずらう《毒鬼どくき》を治すことだった。

 よって、求婚の意を含む《夜這い》という表現は、絶妙に間違っているのである。


(口が裂けても云えないけどな)


 あくまでここでは、陰陽師の青年が自分に恋文を送って、それを自分がかえし、そして青年が自分のねやに来て、……ということになっているのだ。房事ねやごとがあった、ということにしているのである。

 実際には、袖を重ねはしたが、眼薬を差しただけだ。


 なぜ、情事いろごとのあった仲だとおもわせなければいかないのか。

 そうでもないと、自分だけでなく雅明まで、余計に白眼視されるからだ。


(治療で猫の手も借りたくなったとき、父上は私を呼ぶ。だが、それは患者が女か、稚児こどものときだけだ。雅明は元服した男、それでかおを合わせるなどよろしくない)


 恋仲なら、そういう女が好みな奇人とおもわれるだろうが。

 ただ、ほんとうの意図は、よくわからない。先にふみを送ってきたのは、雅明まさあきの方だから。


(ほんとうに気があるのではとおもっていたが、あの様子さまをみたところ、情事に興味があるようにはおもえない)


 ときどき妖艶つやっぽい言葉も、張子はりこの虎のように胸に響く。

 なんの気持ちもない。そういうふうに、聞こえた。


「あらあらっ? その殿方とのがたに興味はないのかしら?」


「なんというか、まだじぶんごととして捉えられていないので……まるで、異国の知らないひとの身に起きているのを、俯瞰ふかんしているような」


(大嘘だ。興味もなにも)


 嘘は毒だが、蓉子ようしは毒だ。毒でできている。

 まあ、じぶんごととおもえないのは、あながち間違いでもないが。


「あら……でも、接吻くちづけはしたのでしょう?」


「してません」


「抱かれは? した?」


「してません」


 恋愛やら情事やらは、じぶんには縁遠い。夜霧よぎりもさねも、恐らくそれがほんとうだとおもっているだろうが。

 あきれるしかない。



    ◇



 蚕豆そらまめ頸輪くびわに紐をつないで、狩襖かりぎぬの青年が門へ降り立つ。

 その後ろで、蓉子ようしは、麻袋を持って立っていた。


「これが眼薬と塗り薬。自分でできるね?」


「うん。……世話にはなったよ」


 どんなに雅明まさあき頬笑ほほえみかけても、蓉子ようしはにこりともしない。

 ただ、春一番が吹く。


「さっさと職務に戻ったらどう? 《毒鬼どくき》の蔓延まんえんに伴なって、貴族たちはおそおののいている。そういうとき、吉凶をうらなやくはら陰陽師おんみょうじが頼られるのでしょう?」


「はっ、ぼくには回らないさ。どうせ晴明せいめいやら道満どうまんが多忙をきわめるだけ……底辺に用はない」


 雅明まさあき烏帽子えぼしにはときおりチョウがとまる。ふわりと舞うそれらは式神しきがみあるいは識神しきがみばれる、いわば主である陰陽師の下僕やつこらまとして、呪詛のろいや妖術などをする鬼神きしんだ。ただ、チョウは弱いらしく。


「じぶんでじぶんを盆暗ぼんくらとでも?」


「仕方あるまい、僕がつくれるのはチョウヒイル、それから蜉蝣カゲロウくらいだ」


ヒイルというとのたぐいか。蜉蝣カゲロウ蜻蛉トンボ……飛ぶむしばかり)


 要は、陰陽道おんみょうどうは使えど頼り甲斐はないということだ。


「ただ、僕は《毒鬼どくき》に罹患かかったおかげで、ある称号を手に入れたね」


 妙なことを急にいだすものだ、と吹きだしそうになったが、いや──と、くびかたぶける。


「失明はしたにせよ、《毒鬼どくき》に罹患かかり治った唯一のにんげん。……──という称号?」

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