10 会える君と、会えない君のこと

夕雨はその後も朝陽と少しずつ打ち解けていった。

最初は仕事の話が中心で、業務に関する質問やアドバイスを交わす程度だった。

しかし、朝陽が話す内容に、どこか親近感を感じることが多かった。

彼の好きな映画や音楽、食べ物の好みなど、共通の話題が多かったことが、夕雨にとって心地よいものだった。


「白石さんも映画好きって聞きました」

朝陽はある日、人懐っこく言ってきた。


「うん、よく見るよ。」


「最近見たやつとかありますか?」


「あー、最近なら、『ジュリー&ジュリア』かな。」


「へぇ、面白いんですか?」


「うん、けっこう。なんというか、自己を見つめ直す話かなあ…。ラストがちょっと意外なんだけど、そこが好きなんだよね。橘くんも好きそう。」


朝陽は軽く笑って、頷いた。「面白そうですね、今度見てみます。」


以前から思っていたが、大学の頃の朝陽より、ずいぶん素直で、いい意味で大人になっている。

前は、自分から興味を持って趣味を聞いたり、誰かの好みを素直に受け入れたりすることはなかった。


それからも二人は、ランチタイムに少しだけ映画の話をしたり、お互いの趣味を交換し合ったりした。

夕雨は次第に、彼との会話が楽しみになっていった。

彼の素朴なところ、真摯に仕事に取り組む姿勢、そして彼が持つ温かさに、少しずつ引き込まれていった。


でも、心のどこかで、それが「レモンくん」でも「彼」でもないと分かっていた。

彼の"存在"は、まったく違う場所にあるから。

だからこそ、夕雨は少し距離を取るように心がけていた。

あまりに近づきすぎると、過去を思い出してしまうかもしれないから。


だが、やっぱり心が引き寄せられるのは避けられなかった。



その日の夜、リビングで映画を見ていると、声が聞こえてきた。


「夕雨、ねえ、夕雨。」


声のする方に行くと、机の下にレモンくんが横たわっていた。

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