21.夏期休暇と恐山①
7月末。ボクと宗馬は高校生活で初めての夏休み。
前までのボクなら大人しく家に引きこもっている、のだが……。
「広い部屋だな」
「値段も値段だしねぇ……」
今ボクたちがいるのは恐山付近にある宿坊に来ている。和室の部屋で窓も大きく、部屋一体に畳の香りでいっぱいだ。
「大浴場もあるみたいだぞ。どうする?」
「んー、大人しく夜に入るよ。宗馬は?」
窓そばの背丈の低い椅子に腰を下ろして外の景色を見ていた宗馬もボクと同じように夜に入るようだ。
「恐山って初めて来たよ」
「実は俺もなんだよな。っと。はーい」
ノックが響いて宗馬が開けると濃紺色のカーディガンに身を包んだ
「荷物とか大丈夫ですか〜?」
「あぁ、うん。大丈夫だけどふたりはどうしてここに?」
「一緒に恐山見て周らないかと思ってね。どうかな?」
両肘を抱きながら静かに微笑む千織部長にボクたちは頷いて、スマホと財布と部屋の鍵を手に外に出る。
「来た時も思ったけど、硫黄の匂いが強いね」
「そうですねぇ。わたしは嫌いじゃないですけど少しキツいですよね」
「俺もそこまで得意なわけじゃないっすね。でも来て良かったとは思うな」
それには同感。
初めて来たというのにどこか落ち着く感覚がするのだ。
いつもであればゆっくりと周りを見るなんてことはしないのだが、ここに来てからというもの、隅々まで見れる。
「けど、結構変わった眺めだよね。さすが地獄と極楽の地だね」
恐山は三大霊場のひとつとしても言われていて、今でも活火山としても謂れを発揮している。
活火山としての要素で硫黄の匂いが立ち込めていてボクたちが泊まっている宿坊もこの恐山が齎す源泉かけ流しが有名。
そして、特徴のひとつとしては自然が少なく、ここに来る道中には森などがあったのに、途中からぱったりとなくなった。
木々の代わりにちらほらとあるのは積まされた石の小山に等間隔に置かれた風車。賽の河原というやつだ。
「賽の河原ってあれですよね。崩されるけど、際限なく積み上げてくってやつの」
「そうだね。実際、あの風車はこの賽の河原を積み上げる子どもたちのために設置したとあるね」
「子どもたち……?」
ボクと宗馬の前で愛理先輩に持ち前の知識を話す千織部長。よくもまぁ、スラスラと
「あぁ。賽の河原というのは三途の河手前のことで、ここでは親より先に亡くなった子どもが鬼が来る前に石を積み上げるのが賽の河原と言われているんだ。元々は仏教での意味合いらしいけれどね。宗馬くん、そうだったね?」
「えっ? あ、あぁ。そうっすね」
急に話を振られて小声で「びっくりした」なんて呟く宗馬に釣られて笑ってしまう。
「へぇ〜、そんなことがあるんですねぇ。
「へぁっ!? お、俺っすか!? 部長の方が分かりやすいと思うっすけど……」
「良いじゃん宗馬。珍しく宗馬からボクは聞きたいなー」
別に示し合わせたわけでもない。ただ愛理先輩の言葉に合わせた方が“面白そう”だからやっただけ。
現に宗馬は後頭部をガシガシ掻いて「お前なぁ」なんてボヤいたではないか。
「ってなんで、千織部長は驚いてるの?」
「いや。まさかきみが悪ノリするだなんて思っていなくてね」
「思ってなかったって、ボクのことなんだと思ってるのさ」
「私や愛理のノリを止めてくれるストッパー後輩、かな?」
「疑問系で返さないでくれるかなぁ……」
(けどまぁ、そこまで悪いイメージではなさそうで良かった……のかな?)
そうだと思いたいところだ。なんて軽口たたいていると、宗馬が困惑げな感じだった。
「えっと……結局のとこ、俺が話して良いんすかね……?」
「あぁ。そうしてもらうとありがたいかな。私は知識としてなら知っているけど、私よりも阪原さんの息子であるきみの方がより知っていそうだしね」
「いや、俺も大して知ってるわけじゃ……はぁ。んまぁ良いか」
再度また嘆息した宗馬は賽の河原を見ながら千織部長が話していたことについてできるだけ分かりやすく伝えようという気概を感じる口調で教えてくれた。
「っと、そうっすね……まずは部長の言っていた賽の河原の存在については全然間違ってないっすね。
賽の河原ってのはその三途の河の河原で、親より先に死んじまった子どもたちは五逆罪のひとつで、親不孝を悔いて石の塔を積み上げる。積み上げたら無事成仏ってとこで鬼が出てきてもっかい積み上げの延々なんすね。
ただ、こっから仏教とは関係ない民間信仰に繋がるんすけど、この積み上げてる途中で菩薩様が顕れて救済されるってのが大体の話っすね」
身振り手振りを交えながらも宗馬は教えてくれる。そして言い終えたのか「ま、こんな感じっすねー」なんて軽い口調で続けた。
「じゃあもしかして『報われない努力』だとかの意味での賽の河原ってそういうこと?」
「あーまぁ、確かに間違いじゃないっすけど、ただ子どもの霊を慰めるだけじゃなくて、親を亡くした親の悲しみや子どもを亡くした親の苦しみもあるんすよ」
「ふむ?」と可愛らしく首を傾げる愛理先輩に宗馬は続けた。
「賽の河原の石積みって親への愛情だとか感謝の気持ちを込めた行為だったり、子どもたちが親の幸福を願う姿を象伝的に描いたっていう解釈があるんすよ」
「そうだったんですね」
何度もうんうんと頷いたあと、右手で横髪を軽くおさえて賽の河原を見つめる姿を目で追って愛理先輩の少し物悲しく、けど慈愛がある声音が耳に入ってくる。
「もし、本当にあるなら……なんて辛い場所なんでしょう。願わくば子どもたちの来世が幸せであってほしいですね」
愛理先輩の言葉に頷いていると、夏の風なのもあるけど優しい温かな風がボクの前髪を揺らしながら通り過ぎていった。それと同時に、
『ありがと、おねーちゃん。おにーちゃん』
男の子とも女の子とも取れる声が微かに耳を震わせた。
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