20.おかしな夢③
お祓いは順当に進んでいく。
耳を通り過ぎていく
お祓いに集中しなきゃならないのだが、どうにも集中が出来ない。
それもそのはず、始まる前に大智さんから言われたことがずっと心の中で引っかかっているからだ。
(ボクのせいってどういうことなんだろ……)
正確にはボクに引っ張られたと言った方が正しいかもしれない。ただ間違いではないと思ってる。
いったい何が……。
「…………うっ、ぅ」
寝転がる千織部長の横顔が少し辛そうに歪んだのが物陰から見えて立ち上がりかける。
向かわなかったのはただひとつだけ。
“こんなボクが、霊感が強いだけのボクがなんの助けになるのだろう?”
そう思ったら体が動かなくて、ゆっくりと浮かしていた腰をパイプ椅子に沈める。
一応はあるのだ。身を守る術は。
でもその場凌ぎの付け焼き刃でしかない真言をボクがやって良いのか? 邪魔になったり……。
「……────」
大智さんが真言を唱え、木魚を叩きながら後ろに目を向けていて目が合った。
住職としての目でありながらも優しい大人の目。
お父さんやお母さんがしているような優しい目をじっと見つめるとゆっくり頷かれた。
「大丈夫。行ってあげて」と言っているのが分かり、ぐっと息を呑んで千織部長にささっと移動する。
千織部長の顔を再度見つめる。
メガネを外して物を見てる時の眉の寄り方をしている。
けれど、その時よりも険しいのはきっと……。
「…………っ」
もし、こんなに魘されているのがボクのせいだったら……責任は取らなきゃいけない。でもどうしたら……。
ひとり逡巡してると左隣から影が降りて肩を揺すられる。
「……!? ぁ、そ、宗馬か……。その……宗馬。やりたいことがあるんだ。でも、できるか分からないんだ……」
「なんだ。そんなことか。任せろ」
何をしたいのか察した宗馬は頷いて、ポケットから数珠を取り出した。
「一緒に唱えるぞ。指で良いから部長に空字してくれ」
「……うん。分かった」
一度深呼吸してからじっと千織部長を見ながら護身として宗馬から教わった言葉を羅列する。
「「臨・
隣では宗馬が口ずさみ、ボクは右人差し指と中指を伸ばして千織部長に向けてマス目状に切っていく。
──九字切り。宗馬から教えられた護身術。
これは修験道や密教で用いられるもので、災厄から身を守るためのものだ。
宗馬からも「ずっと俺がいるとは限らないから覚えておいて損はない」と言われて覚えらされた。
手印は難しくて苦労したけどこうしてマス目状にやるのが今は手一杯。
(なんせボクは素人だしね……)
「今はこれで様子を見ようぜ」
「…………ん、分かった」
宗馬に促されて頷きつつ千織部長を見つめると、今は少し楽になったような顔をしている気がした。
──────
────
──
目を開けるとかなり眩しい光に私は「うっ……」と声を漏らしつつのそりと起き上がる。
「起きられましたか。気分はいかがですか
声の主は確か……そうだ。宗馬くんのお父さんだったっけか。
「あぁ。メガネはこちらです」
「ありがとう……
メガネをかけてから周りを見て理解する。
(そういえばお祓いしてもらっていたね)
「さて。少し、よろしいでしょうか」
「ん、あ、はい」
ふわふわとした思考力が次第に落ち着いて私は布団の上で居住まいを正すと、阪原さんは目の前に正座する。
「まずお伝えするのは自分には霊感がありません。ご依頼された御葬儀等に務めるのが役目です。ですのでお祓いをしたのがあなたで2人目になります」
2人目。この言葉が意味するのはつまり……。
「はい。早ヶ瀬さんのお察しの通り、あの子が初めてでした。当時はとても緊張しましたよ……」
懐かしむように言いながらも苦笑いをして話を続けた。
「あの子の場合は霊感のない私でも分かりました。あぁ、そういえば聞きましたか? 当時のこと」
頷きで返す。確か家の近くで暗がりで何かに襲われたと言っていただろうか。
「なんと言いますか、黒いモヤみたいな物がずぅーっと引っ付いてたんですよねあの子に。アレを見たときは驚きました。まさか霊感のない私がと」
「は、はぁ……」
「あの後からは少し助言をしつつ、出来る限りのことはしてあげました。それこそほんの少し抑える程度に」
うん……? 抑える程度?
「あぁ、疑問に思うのも無理はありませんね。あの子はあのままでいると余計に引っ張られてしまうんです。あの世に」
引っ張られる……?
いや……確か聞いたことがある。
霊が視えたり、心霊スポットだとかに良く行く人は死者と近しいものになる、と。
私にはその感覚が分からない。視えるわけでもなく、感じることもないからだ。だから視えたりするあの子が実は羨ましいとすら思っている。
いや、分かっている。所詮、無いものねだりだということは。
「それではいけない。今を生きているあの子がすでに死んでいる人に人たちに引っ張られるなんてことはあってはならない。なので私はあまり強い存在を視ることがないようにさせたんです。それでも貫通してくる輩はいるみたいですが」
それは恐らく……三戸トンネルの時だろうか。思い当たる節で言えばそれくらいだけど。
と、首を傾げていると阪原さんは一瞬きょとんとした。
「おや、もしや聞いていませんでしたか? トイレの
な…………!?
じゃあ七不思議は全部でまかせではなかった?
トイレの薔薇さんだけは本物だった?
いや……そもそもだ。なんでそんなことを私に伝えて……。
「その反応を見るに、やはり聞かされてませんでしたか。まったく……。何かあれば聞くなんてことをあまりしないのは親子譲りみたいですね」
困ったように笑って頬を掻く阪原さん。
親子譲りというのは“彼”の父のことだろう。
「あ、それでですね。先ほどのお祓いですが、やはりこちらではどのような状態だったのかは分からなかったんです。何かこうなるきっかけとかは分かりますか?」
ここまで親身になってくれた人に無碍は出来ない。そこまで図々しいわけでもないと思っている。
「実は──」
阪原さんと話をし終えた後、全員を家まで送ってもらい、しっかりとお礼をした。
「…………」
阪原さんには教えたことを結局、みんなには黙ってもらうことにした。
私があの夢を見るようになった理由。
それはただひとつ。好奇心だ。
とあるネット掲示板で有名になった都市伝説。とはいえ、その掲示板はすでになく名前が変わっているため、まとめサイトなるもので知ったのだが。
私は“猿夢”だけでなく、もうひとつ試そうという無謀を犯した。
“夢日記”だ。
机の上に置きっぱにしているノートを手に取る。
ノートにはここ数日、いや1週間程度になるだろう記録がある。
表紙を一瞥したあと開く気にもなれずに机の中にしまってベッドの上へ寝転がる。
ぼーっと天井を見ながらも阪原さんとの会話を思い出す。
好奇心で手を出してしまったことに反省はあるが私がしたいことをする。それを伝えたら無理のない範囲でするというのを約束させられた。
帰りの際、宗馬くんたちにも言われた。
「千織部長。もしまた何かあったら無理しないで言って。ボクは千織部長にまで被害はいってほしくないから」
「ま、俺も同じなんすけど、なんかあれば力になるんで」
彼らの人の好い言葉には本当に救われた気持ちになった。
「……ふふっ。良い後輩に恵まれた、かな」
そう独り言ちて目を閉じた。
猿夢を見ることは無くなったが、今度見たのは私が宗馬くんの首を絞めている夢だった。
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