14.心霊スポットin三戸トンネル④
不思議な感覚だった。
怖いはずなのに、頭が冴えてるような感覚。
次にボクがすべき、こと。
「お、おいっ! なにしてんだ!」
宗馬がボクの右手首を掴んで止めてくるけどお構いなしに口の中に手を突っ込んでわざと吐き気を催させる。
「う゛っ、ぉえ……っ!」
胃液が競り上がり、酸っぱい感覚が喉を灼きながらお昼に食べた軽食だとかの消化残りをひっくるめて吐き出す。
「おい! やめろ! 落ち着け!」
「そ、そうですよ! 無理やり吐き出したらダメですよっ」
2人の声が近いはずなのに遠く感じる。
視界も朧げだ。
ボクは今、立ってるのかな座ってるのかな。よく、分からない。
でも今抱えてる蠢動を吐き出したい。
「ぅおぇっ! ぇお、んぐぇぁっ」
再度また
バチャバチャと地面にボクの吐き出したものが落ちていく。
気づけば肩で息をしていた。
息を吸えば、鼻に酸味のあるエグ味を感じて気色悪い。まともに息のひとつも出来ない。
「……もう、良いな?」
ようやくまともに声を拾うことができる。
のっそりと顔を上げると、深刻そうに顔を顰める宗馬の顔がそこにあった。
彼の言葉を即座に理解出来ず、数秒遅れで頷いて、口の中に残る嫌な感覚にどうしようかと眉を寄せる。
「お水、飲んでください。背中、さすっておきますから」
この声、は愛理先輩か。
普段ふわふわとした雰囲気の顔なのになんだか真剣な顔をしていた。
手に持っていたペットボトルを手渡されて、言われるままに飲み口に口をつけて水を含む。
ほのかな桃の風味の感じる水で舌に残る嫌な感覚を拭う。
「うがいをするように吐き出してください」
ぺっと吐き出す。なんぼか気が楽になった。
「あと……3回ほどしましょっか」
その方が良いかもだ。
頷いて、同じ動作を3回繰り返す。
それが終わったとき、ハンカチを取り出した愛理先輩が口の端を拭ってくれた。そこまでしなくても良いのにと思いつつも抵抗せずに終わるのを待つ。
「気分は落ち着きましたか?」
「…………うん。ありがとう愛理先輩。それと、ごめん宗馬」
「何があった?」
分からないとしか言えない。
急に吐き出さないといけない感覚になったのだ。
「…………うぅん。ちょっと待って。今なんか他人事みたいに考えてるかも」
そうだ。なんでそう思ってるんだろう?
心と思考が分離してる気がする。
「他人事、かい? 詳しく聞いても良いかい?」
「何というか……ボクの中で、こうしなきゃとか行動が先にきてる……? うぅ、ん。上手く説明出来ないけど、なんかそんな感じなんだ」
「感情が置き去りということかい?」
「たぶん、そう……? ソレを見てからそんな感じになったんだ」
最初に吐き出したモノを指差して固まる。
「あれ……? さ、さっきは真っ黒い変なやつだった……よね?」
見間違い、なんかじゃない。だってここの3人もしっかりと見ていたはずだ。
「あぁ。確かにお前の言うとおりだ。俺もしっかりと見たよ」
「だよ、ね……」
「でもさっきのもそうですけど……いったい何があったんでしょう?」
まだボクの背中を摩る愛理先輩。
もう大丈夫なんだけどな。
「あ、ごめんなさい。もう大丈夫よね」
気づいたみたい。慌てたように手を離してそれでも笑みは絶やさなかった。
「ありがと愛理先輩。すごく安心した」
「良かった。急にあんなことするんですもの、心配しちゃったわ。……っとそうだわ。後始末しないと」
愛理先輩はそう言うけどどう処理をしたら良いか分からず立ち尽くしてしまう。すると、
「あなたはその残りの水であっちの排水溝に向けて吐しゃ物を流してくれる?
「おっけーっす」
「部長〜? 部長もお手伝いお願いしまーす」
「え? あ、あぁ。分かった。彼の方行ってくるよ」
ボクが吐き出した吐しゃ物からツンとした臭いに鼻が曲がりそうだ。
この臭いでまた来そうになるのをおさえるためにカーディガンの右裾で鼻を摘みながら水をバシャバシャ掛けて排水溝に向けて押し流していく。
戻ってきた2人も一緒になって洗い流し終えて、ひと段落ついた頃には少し空が暗くなり始めていた。
「そろそろ帰りましょうか」
「そうだね。現象の説明をと思ったけど……それはまた今度の方が良さそうだ」
そうなったのもボクのせいだろう。
ため息を吐いて頭を下げる。
「ボクのせいでごめん……」
「お前のせいじゃないと思うぞ」
「そうですよ。これは予期しなかったことなんですから。自分を悪く思うのはペケですよ」
「そうだとも。きみが悪く思う必要はない。おかげで三戸トンネルは本物だと証明出来たも同然だか」
「部長ー。ノンデリですよーそれ」
「うぐっ……。け、けど」
まだやることがあっただろうに3人の、特に先輩2人の優しさにボクはついつい笑ってしまう。
「あの……先輩方も、宗馬も……今日、泊まっていって?」
「……は? お、お前何言って」
「確かに。それはそちらのご家族に失礼を」
それに……先輩2人には、ボクがこうなったのを話しても良いかもしれないから。
3人がボクは悪くないと言っても、ボクの気が収まらないしね。
「大丈夫。お父さんたちなら多分受け入れてくれるよ」
──────
────
──
「きみの部屋は幾分か質素だね」
「けど快適ですねぇ」
19時。すっかり外は真っ暗で家に帰ってきたのは18時を軽く過ぎていた。
お父さんに宗馬と部活の先輩2人を泊めると告げたら騒ぎ過ぎない程度で楽しんでと言ってくれた。
「別にそこまでミニマリストとかでもないけどねボクは。あ、千織部長。甘いもの少ないけどごめん」
「全然良いよ。お菓子というだけでも問題ない」
「そっか。飲み物はスティックココアと、バ◯ホー◯ンココア、インスタントコーヒーにティーパックのお茶……ほかにも色々あるけどどうする?」
魔法瓶に冷水を入れたポットや各飲み物やお菓子などを部屋に持ち込む。
「私はこっちのココアにしようかな」
「じゃーあー……わたしは、これっ」
「俺は茶をもらおうかな」
「おっけー。これが宗馬ので、こっちが愛理先輩の、そんでこれが……はい千織部長」
テーブルにそれぞれ指定した飲み物を溶かしたコップを置いていく。
とりあえずボクはコーヒーで良いかな。
冷水で作ったからか、冷たさに口の奥がキュッと閉じるような口の動きを感じつつ、コーヒーの苦味をじっくり味わう。
「さて。私たちに何か聞いてほしいことがあるんだね?」
千織部長はスプーンでぐるぐる、ぐるぐるゆっくり掻き混ぜながらボクに目を向ける。
居住まいを無意識に正して目をコーヒーに伏せながらむかし話を話す。
「ボクが幽霊が視えるのが分かったのは……、小学3年の頃──」
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