12.心霊スポットin三戸トンネル②


「大丈夫なのか?」


 お父さんの声がリビングから届く。

 そういえば今日は仕事休みだったっけか。


「大丈夫だよ。何かあったら連絡するねお父さん」

「分かった。っとそうだ。これ持ってけ」

「わっ、っと……えっ、これ」


 靴を履き終えてから振り向くとリビングから顔を出したお父さんから黒い小包みを投げ渡される。

 慌てつつも受け取ると、チャックの部分には黒いフサフサのついたもので袋が黒い刺繍が施されていた。

 何度か見たことがある。たしか親戚の葬式とかで使っていた……そうだ。数珠入れだ。


「な、なんでこれ渡してきたの?」

「あくまでも御守りみたいなもんだ。ま、安モンだけどな」

「い、いやいやいやいや。これお父さんが愛用してたやつでしょ?」

「いーからいーから」


 受け取れるわけがない。

 お父さんが大事にしているものを“こんなこと”で……。


 返そうとしたけどお父さんはしっしっみたいな手付きで受け取ろうとしなかった。

 けれどそんなお父さんの目はボクを心配している優しい目。


「はぁ……分かった。けど帰ってきたらちゃんと返すからね」

「ははっ。おう。というか時間大丈夫か? バスで行くんだろ?」

「あっ、そうだった。行ってきます!」


 お父さんの「行ってらー」という声を背に駆け足で出る。

 外に出ると少し湿度が高いのか気温はあまり高くないのに蒸し暑さに玉汗が浮かぶ感覚がする。


「おう。来たか」

「あれ、家の前にって言ってたっけ?」


 家の前に綺麗な白Tと右肩から斜め掛けのチェストバッグに青白いデニムパンツというかなりラフな格好の宗馬が片手を上げていた。


「いいや? ただ俺がそうしたかったからしただけだぜ」

「ふぅん。そっか。確か三八線のバスってこっからどこ行くんだっけ」

「そうだな。十六日町まで行ってそっから三戸営業所までのだな」

「分かった。行こ宗馬」


 湊高台4丁目から魁聖かいせい高のある大通りに出る。ここから十六日町まではいささか距離があるからバスで向かう。


「暑くないのかその格好」

「大丈夫だよ。墨黒のカーディガンだし、一応生地も薄いから」

「見た目が暑苦しいんだよなぁお前」

「うるさいよ」


 バスに揺られながらも横に座る宗馬からツッコミが入る。

 とはいえ、ボクにファッションセンスを聞くな。

 着れれば良いと思ってるし、それでも目立たない色の方がボクとしても良いから結論こういう服装になる。

 まだ良いのはきみみたいに白T着てることだと思うけど。


「でもほら、汗出てるだろ」

「なっ……さ、触るのはダメでしょ」

「けどお前のことだからほっとくだろ?」

「うっ……ま、まぁそうだけど……」

「だから大人しくしとけ」


 別に甲斐甲斐しくする必要ないんだけどなぁ。まぁけど今に始まったことじゃないか。

 拭き終わったのかボクの顔からハンカチが遠ざかった。


「しっかしまぁ……ここまで遠出するなんてな」

「そうだね。宗馬はなにか予定あったりした?」

「いんやないな。いつも通り筋トレして、お前から借りた本の続き読もうと思ってたくらいだな」

「アレ早く読んでほしいんだけどなぁ……宗馬って読むのほんと遅いよね」


 1週間かそこらへん前に貸した本が一向に返ってこないのだ。ボクの本棚から持ってったクセに。文庫本としては少し分厚いから仕方ないのかもしれないけど。


「あ、後でちゃんと返すって」

「ま、良いけどさ」


 話をそこで切り、バスの大きな窓から見える流れてく景色を見る。

 ゆりの木通りへ差し掛かる交差点。一瞬とはいえ信号待ちしている人の背中からなにか蠢いてるようなものが視えて、サッと伏せる。


「何か視たのか?」

「…………ん。少し気色悪い、かな」

「……ったく」


 何か視えた時にボクはこんな反応をするから宗馬は右腕を回してそっと目を隠してくれる。そしてバスの揺れで彼の肩に預ける形になった。


「あと少しで着く。それまでこうしてろ」

「……ありがと」


 この調子で行けるのか自分はと内心で毒吐きながらも宗馬には礼を言いそのまま頭を預けたままにする。

 時間としてもたった数分だけど、気が楽になった。

 十六日町のバス停に着いたボクは寝起きの時にするように体を伸ばす。


千織ちおり部長たち来てるかな」

「来てると思うぜ。お、ほら」


 おしゃれな格好した見た目お姉さんの愛理先輩と、ボクとそこまで変わらないけど幾分かおしゃれだろう服装の千織部長が近づいてくる。


「千織部長はなんとなく分かったけど……あ、愛理先輩……だよね?」

「あ、そうですよ〜。私服は初めてですもんね。どうです?」

「どうって言われても……似合うとしか。ねぇ宗馬」

「俺に振られても分っかんねぇって。お前と同じで似合ってるってことしか分かんねぇんだから」

「ふふっ。ありがとうございます♪」


 実際、振る舞いを見るまではほぼほぼ分からなかった。魁聖高は多少のメイクとかは良いけどここまで変わるとは思わなかった。もはや別人とまで言える。


「立ち話も程々にして早速乗ろうじゃないか」

「あ、はーい。それじゃ行きましょっかふたりとも」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る