3.魁聖高七不思議②
いや、こんなの信じられるか!
なんで本当にいるのさ!?
「
ボクの前に庇うように立って宗馬は真言を唱える。視えるボクとは違って彼は視えないのに本当にありがたいと思う。
暗い雰囲気だった女子トイレだったのが少しだけ明るく感じた。恐らくは宗馬が般若心経を唱えてくれてるからなのだろう。
「ゆっくりトイレから出るぞ。でも背中は見せたらダメだ」
「わ、分かった」
ジリジリ下がって後ろ手で扉を探る。
こんなにも一歩一歩が遠いだなんて思ってなかった。早く届いてほしい。なるべく早く。
ボクがそうしてる間、宗馬は何度も早口で唱えてくれている。後ろからじゃ顔は見えないけど声が少し焦りが含まれているのがわかる。
「
宗馬はどうにかしてボクがトイレの
そのおかげもあってかチラチラと後ろを見れる。あと一歩で届くのが分かって安堵の息が漏れる。
『ねぇ、わたくしのこと……視えてるでしょ?』
「ひっ……!?」
左耳に囁く声がしてゾワゾワと全身に鳥肌が立って変な声を上げる。
「どうしたんだ!?」
「こ、ここここ声! 声聞こえたっ! 無理っ! ほんっとむり!」
「落ち着け──! いまどこにいんだ!?」
「わかんない! わかんないけどいやっ! ま、まだぁ!? はやく、とっ扉っ」
宗馬のブレザーをぎゅぅっと掴んで動けそうになくてただ首を横に振って声を上げる。
「ッ! 落ち着けッ!」
「ぃぅッ!?」
宗馬に両肩を強く掴まれて大きな声を出されて声にならない音を喉から絞り出して目を見開いて見つめる。
「落ち着いたか?」
「………………」
何度も頷くと宗馬はニッと笑って頭を撫でてくる。いつもならうざったいのに、今は頼りになる大きい手。
「そんじゃ出るぞ」
「……………うん」
「ってなんだよ。手伸ばせば届くじゃん。まったくお前はビビりだよなぁ」
「う、うるさいよ……」
ほんとに今だけは宗馬の底抜けの明るさが救いだ。彼には言わないけどね。
「あれ。出るの遅かったじゃないか。何してたんだい?」
「いやーちょっと汚れあったんで2人で掃除したんすよ。な?」
「ん、うん」
「あら〜えらいですねぇ」
千織部長たちには話さないほうがいいだろう。ボクが視えることも話さなくちゃいけないし。
「さて、じゃあ次はあっちのトイレ行こう」
千織部長は1号館の方を指差して颯爽と歩いていった。
まだ続けるのか……。人知れず辟易するボクだった。
トイレの薔薇さんの結果は2号館の時以外視えることはなかった。
「はぁ〜、やーっぱりマユツバなのかなぁ」
部室に戻ったあと千織部長は椅子に深く座って天井を仰いでボヤいた。
「まぁまぁ。まだあるじゃないですか〜」
「まぁそれもそうだね。で、どうかなふたりとも。こんな感じで私たちはやるんだ」
どうって言われてもなぁ。
チラッと宗馬を見れば、宗馬はパイプ椅子に深く座って頭の後ろで手を組んだ。
「いやー、まぁ俺には分かんないっすけど、お前はどうだ?」
「ボ、ボクに振られたって分かんないよ」
「ふぅん、そっか。じゃあ今度は生徒が帰ったあとに音楽室とか行ってみよう」
まだ行くのか。さすがにちょっと疲れたんだけどな。……なんて言えるはずもない。だってボク新入生だし。
「音楽室のはなんだったっけ?」
「ピアノが鳴るってやつだね。時期、時間帯が不明なわけだけど何時頃だと思うかな?」
まるでボクらを試すような目をする千織部長に密かに眉を寄せる。今気づいたけど、この人は宗馬を見ていない。
真っ直ぐにボクを見ているのだ。だからか自然と軽く息を飲んで、どう答えるかと思案する。
「分からないかい?」
「…………ボクの推察で何か分かるの?」
「さてね。ただ聞きたいだけさ。あるかな?」
細く息を吐いて言葉を選びながら答える。
「……やっぱり、……夕、方のー、16時辺り……じゃない、かなって」
「ふぅん……」
「理由を聞いても?」
チラッと宗馬を横目で見てからごめんと宗馬に心の中で謝る。
「宗馬の家ってお寺さんだって言ったよね。そこで聞いたんだ。現世とあの世が混ざり合う瞬間のことを
あれっ、言ったっけみたいな顔しないでよ宗馬。確かに嘘ついたのはごめんだけど……!
「ふぅん。まぁ、そうだよねぇ。分かるとも。私もそう考えていたからね」
うんうんと頷く千織部長。逸らせ、た……でいいかな。
「さて、時間までまだあるしゆったりしていたまえよ。あ、本棚から何か持って読んでも良いよ」
「うす……って推理小説しかないのか」
「あ、じゃあ宗馬。その本取ってよ」
「はいよ。ほい」
「ありがと」
宗馬に頼んで取ってもらった少し分厚いものを手にして背もたれに体を預けて読み始める。
「
「いや〜俺、本読むの苦手なんすよ……。いつもは経典くらいなんすよ読むの」
「あぁ、そういえばさっき言っていたっけね。ということは今、持っているとか?」
いつの間にか右手で持っていた本から千織部長は目を上げて宗馬を興味深げに見つめていた。
宗馬はうなじに右手を当ててからりと笑った。
「いやー、持ち合わせてないっすね。頭ん中には入ってますけど」
「わぁ〜! やぁっぱり暗記するのねぇ!」
今は宗馬に任せても良さそう。
話題提供はボクより宗馬が得意だし。
「天台宗だから、般若心経、
「そうっすねぇ。ほーんと読むの大変なんすよね。親父にもクドクド耳タコっすもん」
そういえば、ボクがお邪魔してる時も何故か一緒になってやらされてたっけなぁ。
脳裏に懐かしい記憶が過ぎりながらもページを手繰る。
「じゃあじゃあ! 何か暗誦してほしいわね!」
うわっ、陽キャの無茶振りってやつだ。
チラッと宗馬を見ると「全然良いっすよ〜」と楽観的な口振りで了承していた。
おいそこは断ったりしないのかとツッコミかけたけど、それだと自分から会話に混ざりに行くようなものだ。今は大人しくしていよう。
「それじゃあ……アレが良いっすね。んんっ」
宗馬は咳払いをしたのちに暗誦を始めた。
真言は千織部長も言っていた『菩薩戒経偈』だ。
「
実に耳心地の良い真言だった。
宗馬の声は普段からトーンが低めの声だから、こうして真言をあげるときはお腹から声を上げ、胸をスピーカーとして口から出しているからすんなりと耳に入ってくる。
「──『
スラスラと抑揚のあまりない声で暗誦が終わると先輩ふたりが「おぉ」と声を上げながら拍手した。
拍手の音おっきいなぁ……いや、別にこれくらいは良いんだけどね。音が曇らなければ。
「素晴らしいね! というかまさか全文を覚えているとは思っていなかったよ!」
やけに興奮気味だな
ふたりの反応に満更でもなさそうな反応をする宗馬は若干照れくさそうな顔ではにかんでからこんなことを口滑らせた。
「お気に召して何よりっすね。にしても良かったっすよ。空気澄んでて」
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