18.天の川

―湊―

千晃が向かったのは、七夕飾りを作っている時に子ども達が指差していた山の麓だった。

スマホのライトで足元を照らしながら慣れた調子で登って行く千晃を、必死で追いかける。

「足元気をつけろよ」

「ちょ、待ってよ、千晃っ」

「こっち」

緩い傾斜を登った所に、少しだけ広い場所があった。丸太を半分に切ったような形のベンチがぽつんと置かれている。

おいで、と手招かれ、千晃と並んでそのベンチに腰掛けた。

「消すよ」

スマホの明かりが消えると、辺りは完全な暗闇に包まれた。

千晃の手が宙へ伸び、空を指差す。

「見て」

「え……うわあ」

口が半開きになったまま、言葉を失った。

真っ黒な空の中に、光の粒が無数に瞬いている。とりわけ大きな星が三角形に浮かび、その間を白いもやのような光が帯状に流れている様に見えた。

「すご、何これ」

「天の川だよ。さっきより、はっきり見えるだろ?」

「さっき?って……」

「響也の店出た時、空見たじゃん」

「え、あの時も見えてた?」

「うっすらね」

「うそ、分かんなかった」

「あの辺は明るいからな。これくらい暗いと、よく見えるだろ」

「うん……すごい。天の川なんて初めて見た……めっちゃ綺麗……」

鼻の奥がつんとしてくる。

千晃がこちらを覗き込むように見てきた。

「ひょっとして泣いてる?」

「え?あ」

慌てて目尻を拭う。

「なんか、じんときちゃって」

笑って誤魔化そうとしたけれど、拭ってもすぐに涙がこぼれてきてしまう。

「……俺、最初にこの島に来た日さ、夜眠れなかったんだ。色々と緊張してたんだと思うけど」

「……うん」

「ベランダに出てみたら、星がすごく綺麗に見えてさ。やっぱ東京の空とは違うな、勇気出して来て良かったなって、感動したんだよ。……でも、あの夜見たのと、全然比べ物にならないくらい……めっちゃ、綺麗……」

とうとう頬へ溢れ出してきてしまった涙を、千晃の手が、そっと拭ってくれる。

顔を向けると、暗がりの中でも目が合ったのが分かった。照れ臭くなって笑ってしまう。千晃も小さく笑ってくれた。

「この島に来て良かった?」

「うん」

「知らない世界、見れた?」

「見れたよ。今日だけじゃない、あのまま東京にずっといたら見れなかった景色とか、出来なかった経験とか……本当にたくさん。この空だって、千晃が連れて来てくれなかったら見れなかった……」

「見せてあげたかったんだ。湊ならきっと、喜ぶと思って」

下を向き、ふっと笑う。

「まさか泣くとは思わなかったけど」

「あ……ごめん、泣き虫で」

「ほんとにな」

からかう様に言って、千晃は再び空を見上げた。俺も同じ様に見上げる。

しっかり目に焼き付けておこうと思った。高層ビルから見下ろす夜景よりも、都会のネオンよりもずっと、明るく輝く宝石の様な瞬きを、忘れないように。

「……都会の人間は皆んな、汚い奴らばっかりだと思ってた。湊みたいなのも、いるんだな」

千晃が不意に呟く。何かを思い出しているような様子だった。

「あの、さ」

「ん?」

「もしかして、練習とか大変だったの」

「何が」

「だから、その……東京の大学でバスケやってた時。全然、楽しくなかった?」

踏み込んではいけないと思いつつ、聞かずにいられなかった。

ネットの掲示板で見た情報が、本当だなんて思ってない。千晃がわざと、人に怪我をさせたなんて思えない。そんな事をしてまで、バスケで上に立ちたいなんて、千晃はきっと、そんな事を思ったりしない。

―もう詮索しないと約束したけれど、やっぱり無理だ。

何か苦しんでいるのなら教えて欲しい。

俺が千晃の、心の拠り所になってあげたいのに―。

「……」

「ごめん、答えたくなかったら良い」

黙ってしまった千晃に慌てて、撤回しようとしたら

「楽しくなんかなかったよ」

不意に、はっきりとそう言われた。

「どいつもこいつも、人を蹴落とす事しか考えてない、醜い奴らばっかりだった。……俺も、同じだったけどさ」

自嘲するような言い方に驚く。

「ぶつかって怪我させた話のこと?確かに、ネット見たら色んな悪口書いてあったけど、でも」

「違うんだ」

絞り出すような声で遮る千晃。

「……わざとぶつかったわけじゃない。でも俺は、あの先輩が怪我する事を、分かってた」

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