第162話 エイリアンエイリアン



 鑑賞会になった。

 何の、とは言うまい。


 ついでに触られたし気持ちいいこともされたけど、詳しくは言えない。

 一応、子どもができるようなことがしなかった。


 というか、マナミさんに差し出されたのが真相だ。

 そこまでやったんだから、同じ女として止めるのは心が痛い、とマナミさんは止めなかった。

 なので、金髪美人のケイトさんと褐色美人のジェシカさんの二人は、ぼくの身体を隅々まで鑑賞して『男性』の身体を勉強することになった。


 途中で「調子に乗ってごめんなさい」とぼくが音を上げたのは秘密だ。

 本気なんだもん。二人とも。


「自業自得だ、ユズヤくん」


 マナミさんもかばってくれない。

 どころか、一緒になって参加して説明までしていた。


 調査対象と想像外の体験をすることになった二人は、まだ正気に戻っていない。


「これが……男性の味なのですね……!」


「オゥ……肌の温かさ、柔らかさ……匂い……どれもファンタスティックだ……!」


 うっとりと別の世界に行っている。

 二人とも全裸だ。部屋に匂いがこもって仕方ないので、窓を開けた。


「だから、普通の女性に身体を見せると、あんな目に遭うんだ。最後まで行かなかっただけまだ優しい方だ。……理解したか、ユズヤくん?」


「皆さんと仲良くなれた気がします!」


 清々しい気持ちでそう言うと、マナミさんはこめかみを押さえていた。

 金髪女性と褐色女性の二人がかりには、夢が詰まってました。


「あの……マナミ。ユズヤが女性を怖がらないのは……その、本人の性格ですか?」


 正気に戻ったらしきケイトさんが、ショーツを履きながら尋ねている。

 スーツごと周りに脱ぎ散らかしたからね。


「いや、異世界……というか、マルチバースが、男女同数の世界らしい。だから、この世界での『女性』並みに異性に関心がある」


「男女の数が同じ世界……我々が迎える世界そのものですね」


 ケイトさんは驚いているようだけど、ジェシカさんは気づいたようだった。


「てことは、マルチバースには『染色体喪失症』がないのか、ユズヤ?」


「はい。ぼくの世界にはそんな疫病はなかったので、男性側が主に社会進出してました」


 その話を聞いて、今度こそ本当に二人は理解したらしい。

 ぼくが『異世界』の出身だ、と。


「というわけで、ぼく自身は肌を見せるのに抵抗はないんですよね。さすがに、襲われるとちょっとアレですが」


「それで私のタンクトップのままなのか」


 ジェシカさんは納得したようだ。

 というか、ぼくがまだジェシカさんの服を着ていることに顔を赤らめている。


「ユズヤくんはこの世界では性的に見境がないように見えるが、マルチバースでは普通のことらしい。むしろ女性の方が性に消極的に振る舞っているそうだ」


 一応、前世でも女性に性欲がなかったわけじゃないですけどね。

 あまり表には出す人は少なかったかな。


「じゃあ、子どもを作るのに積極的なのは、それが由来か? 保護してからずっと関係を持ってたのかよ。パラダイスだな」


「いや、関係を持ったのはつい最近だ。事情があってな」


 マナミさんが否定すると、ジェシカさんは首を傾げた。

 ケイトさんが不思議そうに尋ねる。


「なぜでしょう? お互いに関心を持つのなら、何も問題はないはずですが。……その事情を、お聞きすることはできますか、マナミ?」


「簡単ですよ。ぼくが『異世界人』だからです。……ぼくが、そう思っていたからです」


 アメリカの人ならわかるかもしれない。

 今はマルチバースともてはやされているけど、一昔前は違ったはずだ。


「……ケイトさんたちは、『エイリアン』と性行為をしたいですか?」


「オゥ……それで、ユズヤは関係を持たなかったのですか」


 映画を見たことがある。エイリアン。異星人。

 E・Tのような『未知との遭遇』を描いた感動的な物語もあったけど。


 その本質は、『未知の異物』との接触だ。


「周りが、ほのかさんたちがぼくを『人間』として扱ってくれていたのに、ぼくだけが、ぼく自身を『異物』だと思い込んでいたんです」


「マルチバース…………そうだな、その前は確かに、『エイリアン』はファンタジーの定番だった。エイリアンを退治する黒服の特殊機関の映画もあったな。日本じゃ独立記念日の名を冠してた映画も」


 頭をガリガリとかき、ジェシカさんは心苦しそうな顔をした。

 シット、と口汚い言葉まで聞こえた。


「なんで気づかなかったんだ……散々、『外敵の襲来』を見聞きして育った国の住人じゃねぇか、私たちは。すまない、ユズヤ……」


「世界にやってきた異星人が、地球人から身を隠す……それは、そうですね。ハリウッドでも、ずっと描かれてきた物語です。ユズヤは……そう思い込んでいたのですね」


 『異世界』というのは、本来異質な存在なんだ。

 今、二人の仲でぼくの存在はどう映っているんだろうか。


 平行世界から来た超人か。それとも、外宇宙から来た異質存在か。


「ユズヤくんの遺伝子は我々地球人と全く同じだ。少々特殊な能力はあるが、遺伝子検査はとうに済ませている。我々は彼を、『人間』として保護したよ」


「我々の国だとそうはいかないでしょうね。NASAにまず報告が行くでしょう。そう考えると……ユズヤがこの国に生まれ落ちたのは、幸運だったのかも知れない」


 保護対象ではなく研究対象になっていたでしょうね、とケイトさんは漏らした。

 ジェシカさんは、黙して胸の前で十字を切った。


「私たちの国には、ワンダーボーイは訪れない、か……日本は、不思議な国だよ本当に。優しすぎる。だから、ユズヤはここに来た。うらやましいと思える資格が私たちの国にあるかは、疑問だな」


「ええ。……でも、私たちもあなたを歓迎しますよ、ユズヤ。肌を合わせた仲ですもの」


 ケイトさんの言葉に、CIAの二人は優しく微笑んだ。

 二人の中でぼくは、『人間』として認められたのだろう。


「ユズヤは、この世界を好きですか?」


「ええ。ぼくを受け入れてくれた、大好きな人たちのいる世界です」


 良かった、とケイトさんはつぶやいた。

 改めて、ぼくをマルチバースの出身者として自覚したのだろう。


「ユズヤは、言ってしまえば『外』の世界の視点を持つあなたが、この世界の私たちに望むことは、なんですか?」


 なるほど。

 考えたこともなかった。ただ、この世界の病気を駆逐して。

 ぼくはこの世界に住んで。平和な暮らしをして。

 あまり考えつかない。


 だから、ぼくは言った。こんなことを言うのは照れるけど。


「……みんな、仲良くしてくれたら嬉しいなぁ。くらいですかね」


 その返答に、二人はしばらくぼくを見つめていた。

 そして、二人は両手を組んで頭を下げる。

 祈りを捧げるように。


「主よ。この出会いに、感謝いたします」


「マイ・ゴッド……」


 それきり何も言わなくなった二人に、ぼくは目を丸めるしかない。

 ぼくは神様に使わされたわけじゃないんだけど。

 でも、正確には『何もわからない』というだけで、何かそういう存在もいるのかも知れない。


 それは、ぼくの『魔法』でも確かめようのないことだけど。

 元の世界もこの世界も、わからないことばかり、不思議なことばかりだ。


「ぼくは、普通の人間ですよ。気持ちの上では。……この世界の男性よりちょっと、『女性』が好きなくらいです」


 ぼくが神秘的な存在だというなら、さっきまで散々エロいことしてたのに、何を今さら。

 そう言うと、二人はおかしそうに噴き出して、笑った。


「では、私たちの『歓迎』は、ユズヤにとってサービスになりますか? こんなアンバランスな体型ですけども」


「ちょっとわき毛が生えてて匂いが濃いかも知れないけど、ラテンアメリカンは好きかい?」


 胸を持ち上げてセクシーなポーズを見せてくる二人。

 思わず見入っていると、マナミさんがぼくの耳を引っ張った。


「なにするんですか、マナミさん。脚見せますよ?」


「いいから、そろそろしまいなさい。目の毒だ」


 えいっ、とタンクトップをめくって何もはいてない下を見せると、ケイトさんたちが身を乗り出した。

 さっき散々見たでしょうに。


 ケイトさんが、ふと楽しそうな笑顔で優しく言った。



「……何があっても、私たちはあなたの最大限の味方をしますよ、ユズヤ」


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