第140話 母への報告



 マドカさん伝いに、敷島興業に招待された。

 以前のお礼を、面と向かってしたいそうだ。


 ちょうど休みだったほのかさんも連れて、マナミさんと三人で向かう。


 事務所はすでに完全に整頓されていて、以前にみんなで訪れたときと同じ状況だった。

 復旧、そうとうがんばったんだろうな。


「失礼します、周防と惣田です」


「ああ、いらっしゃい。御堂さんの娘さんも、ようこそ」


 そこには杖を突いていない、元気な姿の敷島さんが迎えてくれた。

 マドカさんも一緒だ。


 マナミさんが一歩歩み出て、敷島さんに体調を尋ねる。


「ご無沙汰しています。体調はいかがですか」


「絶好調です。すごいものですな、その……最新の治療というのは」


 言葉を濁す敷島さん。

 この場には事務の相良さんがいるので、『魔法』のことを口にするわけにはいかなかったんだろう。


「こちらへどうぞ。――相良、茶を出した後は悪いが席を外していてくれ」


「では、外回りに行ってきますね、社長」


 相良さんが社外に出て、事務所の社員は敷島さんとマドカさんだけになる。

 そこで、敷島さんはぼくたち三人に向かって、席上で思い切り頭を下げた。


「今回は、ありがとうございました。おかげでマドカも無事で済んだ。これで、亡くなった御堂さんにも何とか顔向けができます」


 顔を上げた敷島さんの表情は、少し涙ぐんでいた。

 マドカさんのことを、本当に大事に思ってるんだろうなと思う。


 マナミさんが、その後の事情を聞き始めた。


「その後、何か問題は起こりましたか?」


「いいえ、何も。土倉組の解散……と言うより消滅を受けて、嫌がらせの類いは何もなくなりました。元々はあそこが主犯だったのですが、今は組員も行方知れずです」


 敷島さんが硬い表情で話す。

 マナミさんは静かな様子のままだった。


「かねてからのお話通り、公安関係の人間を一人、受け入れていただきたい。監視と言うよりは、護衛ですね。主な役割は、連絡要員になります」


「それは重々。周防さんの紹介でやってきた人間を採用することになります。……マドカは、誰かに狙われる可能性は高いですか?」


 緊迫した敷島さんの質問に、マナミさんは首を横に振った。

 いいえ、と。


「現時点では問題は少ないでしょう。ですが、マドカさんとこちらの、ユズヤくんとの間に子ができることを望んでいる人物がいます。――その子の方が狙われやすい。ので、その護衛も兼ねています」


 子ども、という一言に、敷島さんはびっくりしてマドカさんを見た。

 マドカさんは照れくさそうに、頬をかいて縮こまる。


「まぁ、何だ。姉貴とさ、二人で子どもを作って、母さんの墓に見せに行こうって話になってさ……オフクロだって、自分の孫を抱いてくれるだろ?」


「お前……そうか、御堂さんの娘さんが。――もちろんだとも、今から楽しみじゃないか! これは、足腰を弱くして倒れている場合じゃないなぁ!」


 敷島さんの大きな喜びように、場の空気が柔らかくなる。

 敷島さんはほのかさんの手を取り、そして涙した。


「ありがとう、御堂さん。子を産めない私に、最愛の娘ばかりか、孫までも夢見させてくれるとは……あなたと、あなたのご母堂には、感謝してもしきれない」


「いえ、マドカが大事にされているとわかって、母も安心していると思います。どうか元気で、私の母の分まで長生きなさってください」


 ほのかさんが優しい表情で手を握り返す。

 マドカさんは嬉しそうな、どこか寂しそうな表情をしていた。

 きっと、この報告を、実のお母さん本人にもしてあげたかったんだろうな。


 でも、それはもう叶わない。

 だからマドカさんは、涙ぐむ敷島さんの身体にそっと手を添えた。


「オフクロ、今までありがとうな。これからもよろしく頼むよ。……ちょっと、気に懸ける奴が増えすぎるかも知れないけどさ」


「何を言う。いくら増えても構わないさ。我が社の社員はみな家族だと思っているが、実際の子どもはお前だけだ。そんな私に、家族が増えるなんてなぁ」


 敷島さんは嬉しさに感極まって、自分の頬に流れる涙を拭っている。

 感情が止まらない様子だ。


 そこで、ふとぼくの方を向いた。


「しかし、マドカに子どもを作ってくださるのは嬉しいのですが……惣田さんは、その、その年齢で大丈夫なのですか? 他にもお相手がいるのでしょう、身体などは……」


「ははは。ちょっと人数が多いけど、何とかします。ぼくも天涯孤独なので、家族は欲しいと思ってますし」


 天涯孤独、という言葉に、敷島さんは何か感じ入ったようだった。

 かつて、マドカさんを養子に迎える前の敷島さんも、同じ境遇だったのだろう。


 敷島さんは優しく笑って、ぼくにのろけ始めた。


「子どもは良いですぞ、惣田さん。元気をもらえます」


「はい。お二人やみんなを、泣かせないようにしたいと思います」


 まるで結婚の、親御さんへのご挨拶だった。

 遠からずそうなるだろうことはもう決まっているのだろうけど。


 マドカさんも、照れくさそうな顔をしていた。


「それで、予定日はいつだ、マドカ? 来年くらいには見られるのか?」


「い、いや。それは……まだ『女』になってねぇから。ユズヤが育つまで、もうちっとかかると思う」


 マドカさんの告白に、敷島さんはそうかそうか、と肩を叩いて笑っていた。

 たぶん敷島さんは、若い頃に男性経験があるんだろう。

 色々とマドカさんに忠告していた。


 マドカさんは顔を赤くしながら、慌てて口を止める。


「ばっ、バカ、オフクロ! 『男』の前で何言ってんだ!?」


「照れるな、母さんも昔は、『男』と活劇のような恋愛をしたもんさ」


 敷島さんの家業上、それは恋愛活劇だったのだろうか。任侠活劇だったのだろうか。

 少なくともマドカさんは、そういった男性慣れのような反応は見て取れなかった。


「オフクロ。今、自分のこと『母さん』って……? 今までは……?」


「母親だからな。血は繋がっていなくても、私はずっと、お前の母親をまっとうしようと全力でやっていたつもりだよ」


 敷島さんは、何の気後れもなく、堂々とそう言った。

 その言葉に、マドカさんの目に涙がにじむ。


「俺にとっても、オフクロはいつだってもう一人の『母さん』だったよ……!」


 敷島さんがマドカさんを想うように。

 マドカさんが敷島さんのことを慕って、想っていることも伝わる。


 その様子を見ていたほのかさんが、『姉』として言った。


「マドカ。あんたにゃまだ、親孝行する相手がいるんだから。無茶だけはするんじゃないわよ」


「うん。姉貴……ありがとな」


 マドカさんの肩を抱く敷島さんは、ほのかさんに向けて笑いかける。


「ほのかさんも、何かあったら私を訪ねてください。マドカもいますし、御堂さんができなかったことも、及ばずながら力になります」


「そう……ですね。ええ、ありがとうございます。そのうちに、是非」



 敷島さんの言葉に、ほのかさんも嬉しそうに笑っていた。


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