第14話 供血陣
「……捨てる気はなかったけどな。誰だって死ぬのは怖いよ。だけど、行かない理由がなかった。俺の家系が何のために存在してたのか知ったとき、“このまま何もしない”って選択肢、消えてた。……ま、それが答えだよ」
その答えに、瑠宇はわずかに目を細めた。
「家系?」
達臣は一冊の古びた手帳と、何枚かの羊皮紙の写しを机の上に並べる。黄ばんだ紙に、達筆な筆跡と不気味な魔法陣のような図――そして、「Dracula」「供血儀式」「黒き繭」などの記述が並んでいた。
「これ、なに?」
真生が驚き混じりに尋ねると、達臣は誇らしげに鼻を鳴らした。
「俺のご先祖さまが遺した記録。100年前、“1”と交戦した吸血鬼ハンターの末裔って話、覚えてるか?」
「うん……君が、“血を喰らう王”って言ってた。」
瑠宇と真咲は顔を見合わせた。
達臣はコクリと頷き、手帳を開いた。
「彼はかつて“1”を封じる寸前まで追い詰めた。完全には倒せなかったけど、“1”の本体を“黒き繭”の中に封じ、眠らせたらしい。その時に使ったのが、これ――“供血陣”ってやつだ。」
真咲が目を細める。
「……供血陣? まさか、本気で言ってるの?」
「信じなくていいよ。でもこの記録、ただの伝説じゃない。“供血陣”は、適合者の血を“逆流させる”仕組みで、吸血鬼の中枢に一時的な拒絶反応を起こす。つまり、“1”の栄養源である“血”を毒に変えるような仕掛けだったんだ」
「逆流させる……?」
「簡単に言えば、“1”が欲しがる適合者の血を、あえて加工して送り返す。普通の人間じゃ無理だ。でも、100%に近い適合率の供血者なら、それができる」
真生は、ハッと気づく。
「……奏太」
達臣は頷く。
「奏太くんの適合率は、“98.9%”。俺のノートによれば、“90%以上の適合者を儀式に通せば、大ダメージを与えることが出来る”ってある。だから、もし――」
「もし“供血陣”をもう一度作れたら、“1”の本体を揺るがせるかもしれないってことか……!」
真生は黙って、拳をぎゅっと握りしめていた。
その手のひらには、薄く汗がにじんでいる。自分が今しようとしている決断が、どれほど重く、危険なものか――それを分かっていながら、心の中で揺らぐ感情を押し殺していた。
手帳にはこう記されていた。
――供血陣は、古来「黒血の呪(こっけつのじゅ)」として知らる。
これは人にあらざる“吸血種”を封ずるため、かつて山陰にて用いられし封印術に端を発する。血をもって媒となし、魂の通路を切断するものなり。
封ずるべき対象の名は、一と記す。
正確な名は伝わらず。ただし、人ならざるもの、人の血を欲し、千年の眠りと目覚めをくり返す“血を喰らう王”の如き存在なり。
供血陣の発動には、血の適合者が不可欠。
適合者は、特異なる血脈を持ちて、「一」の精神波に耐えうる者。先祖の記録には、以下の文が残る。
「赤子のうちに夢を見て泣く者あり。それ、目覚めし“繭”の囁きに触れし者なり。」
“吸血儀式の間”にして、構造そのものが術式の核となる。石の床、中央の血皿、周囲に刻まれし連環の文様、これらは“黒き繭”を縛る枷となる。
最後の儀は、適合者の血を中心に、九名の生者が輪を成して供血し、術を完成させるべし。命を捧ぐに等しき禁呪なれど、今また「一」が目覚めんとする兆しあり。
我が血統は代々、この封印の守人たりし。されど術の詳細は散逸し、いまはこの身ひとりにて、記録を編み直さねばならぬ。
供血陣、いまだ完成せず。
されど、封印の間は未だ地に在り。旧・供血区画、第五隔離庫にて、血の声、いまもなお響く。
達臣はそこで一度目を閉じた。
「俺のご先祖、清継って人は、その術を再現できなかった。封印は一度きりで、再起動の術式までは遺せなかったんだって。
でも、記録は残した。“お前の血を継ぐ者が、もし”1”の声を聞いたら、術を完成させろ”ってな。」
少しだけ、達臣の声が震えた。
「……俺さ、昔、何度も“赤い夢”を見てた。見知らぬ誰かの叫びと、繭みたいな空間と、冷たい目をした何かに見下ろされる夢。今思えば、あれ、“1”の囁きだったんだろうな」
真咲が静かに問いかける。
「だから、使命だと思ったの?」
「使命ってほど大それたもんじゃないけど……血だよ。たぶん、逃げらんないやつ。……だったらさ、俺がやるしかないって思ったんだよ。ノート持って、旧区画の地図コピーして、こっそりRe:Route潜って。……そしたら、案の定だ。」
彼は腕を押さえた。そこには、浅く焼け焦げたような痕が残っている。
「……正直、死ぬかと思った。でも、あのとき気づいた。繭を完全に封じるチャンスが、ほんのわずかに残ってる。」
達臣は、真生の方をまっすぐ見た。
「だから、次はお前らにも協力してほしい。
……奏太を助けて、“1”を封印する。それが、俺たちのやるべきことだろ。」
その言葉には、先祖の記録を受け継いだ一人の若者の、静かな覚悟があった。
「……でも。」
真咲がゆっくりと口を開く。
彼女は腕を組んだまま、少しだけ目を伏せ、唇を噛んだ。
「“供血陣”の話が本当だとしても、そう簡単に再現できるわけじゃない。達臣のご先祖さまの時代とは、状況も違う。構造、起動条件、エネルギー供給、それに……安全な供血者。全てが揃わないと、儀式そのものが暴走する可能性がある。」
その声には冷静な分析と、どこか焦りにも似た不安が滲んでいた。
「……それでもやらなきゃいけないんだ。」
真生の声は小さく、それでいて確かに響いた。
「俺は、あのとき何もできなかった。けど、今なら――まだ間に合うかもしれない。アイと奏太を助け出して1を倒そう。皆で。」
拳を握る手が、かすかに震えていた。けれど、その目には確かな光が宿っていた。
誰もすぐには返事をしなかった。
その想いの強さに、言葉が追いつかないようだった。
やがて、沈黙を破ったのは真咲だった。
「……分かったわ。やりましょう、真生。」
彼女の声は、いつものように冷静だったが、そこにはわずかな温度があった。
「ありがとう、真咲さん。」
真生が頭を下げると、真咲はふっと微笑んだ。
「礼なんていらないわ。私もここで止まるつもりはない。奏太くんのことも、アイのことも……まだ何も終わってないから。」
「…作戦を考えよう。」
瑠宇の落ち着いた声が、静かに部屋に響いた。
彼は椅子の背にもたれかかっていた体を起こし、やや前に身を乗り出す。
「旧管理区画。そこに、“吸血儀式の部屋”が残ってる。今は封鎖されてるが、”血の儀式”を行うために人知れず稼働していた。床に刻まれていたのは……円形の大きな魔法陣のような文様。中心には鋼鉄の台座が設置されていた。おそらく、あれが“供血陣”そのものだ。」
「……じゃあ、本当に繋がったんだな。全て。」
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