終夜さんが俺の聖剣を気に入っている

稲月 見

第1話 終わらない夜と封じられし聖なる剣

『約束よ。大事にしておいてね』


 愛らしい声の裏に、強烈な欲望と感情が見えたことを思い出す。


 幼馴染との別れの日、俺の聖剣は封印されてしまった。


 年相応の性欲に反して頑なに反応しない下半身との付き合いも、一年が経とうとしている。


 悲しき日から、一年だ。


 この一年、俺は灰色の中で過ごした。


 何を考えても、何を見ても、何をしても奮い立たない聖剣が、いつも俺を冷静にさせる。


 男として、こんなにも悲しいことはない。


 終業式があった今日、一年を振り返って悲しみに暮れていた俺は、空が夕日に焼けても学校に残っていた。


 四月になれば、高校二年生になる。


 けれど、青い春が訪れることはないだろう。


 くそ。


 風に感情を煽られて、校舎内に入った。そのまま、完全下校の時間も近いから、置いていた荷物を取るため教室に戻る。


「っ! ふぅ……ん! はぁ――」


 思わず立ち止まった。


「閉めるか……」


 我に返って教室に入り、ドアを閉める。改めて、目の前の状況を確かめた。


 オナニーをしている。


 俺は何を言っているのだろう。もう一度、目の前の状況を確かめた。


 才色兼備のお嬢様、終夜しゅうやさんが、オナニーをしている。


 何度確かめても、俺の認識が変わることはない。


 現実か。


「っ! んぁん! はぁ、ん、にゃっ――」


 激しくなる様子を見ても、反応しない聖剣。


 虚しさが心を突き破って、俺の足を動かした。荷物を持って立ち去ろう。


 幸い、終夜さんは窓側の席で捗っている。


 荷物は廊下側の席にあるから、変態に近づくことはない。


「ひゃ!?」


 驚く声が聞こえると、倒れる音がした。


 反射的に荷物を持って、そそくさと教室を出る。


「待ちなさい!」


 聞こえないふりをして歩いた。聞こえないふりをして走った。


 逃げ切れると感じた次の瞬間、後頭部に柔らかい衝撃と重みが直撃する。押し倒され、腕まで押さえられた。


 細い腕だというのに、随分と力が強い。


「お待ちいただけますか?」


「離してください」


「嫌です。全て見たのでしょ?」


「俺は教室でオナニーをするような変態なんて見ていません! だから離してください!」


「な!? 大きな声を出さないでください! それよりも全部見ているじゃないですか!」


 恥じらいも、隠す気もないようだ。


 俺は終夜さんが無敵であることに気づいて諦めた。


「くっ……どうする気だ?」


「襲います」


「は?」


 気づいた時には仰向けになっていた。今度は片手だけで両腕を押さえられてしまう。


「あなたが共犯者になれば、私の不安もなくなります。簡単ですね」


 制服のボタンを外し、器用に剥いでいく。


 前言撤回だ。俺は戦わねばならない。


「やめろ!」


 一瞬で肌を曝された。


「君は頭がおかしいのか!?」


 罵倒を受けたのに頬を赤らめ、嬉々とする。


 俺は終夜さんが同じ人であるのか、疑問を抱き始めていた。


「嬉しいくせに、強がってもダメですよ。可愛くてエッチな身体をした女の子に襲われるなんて、私が体験したいくらいです」


「変態に襲われて喜ぶ奴なんて変態しかいないよ!」


「ところで素敵な筋肉ですね。鍛えているのですか?」


 人を襲う人間が、人の話を聞くはずがなかった。


「それ以上はよせ! 一線は超えちゃいけないものなんだぞ!?」


「一線は超えるためにあるのです!」


 とうとう、聖剣を握られてしまう。


「……………………………………………………………………………………」


 戦意が、失せてしまった。


 全身から力が抜けるのを感じる。それを終夜さんも感じ取って、拘束が解かれた。


「あら? 反応がありませんね」


「……ごめん」


 なぜ俺は強姦魔に謝罪をしたのか。


 しかし、あまりにも虚しいのだ。俺がこの世で最も情けない存在だと、感じずにはいられない。


「今のうちに脱がせてしまいますね」


 気づけば、聖剣が弱々しくも外界に露出していた。


 終夜さんがじっと見つめている。いつまで見ているつもりだ。


「どうしてかしら、私、好き」


「……?」


 写真を撮られた。


「は?」


「もう一枚失礼します」


「何をしているの?」


 次は、俺の上に終夜さんが馬乗りになっている様子を撮られる。


「大切にします」


 これ以上に恐ろしい言葉はないだろう。最恐の脅し文句だ。


 しかし、言葉の主に脅した自覚は無さそうだった。聖剣を触りながら写真を見つめ、表情を淫らに歪ませている。


「決めました」


「何を?」


「あなたの誇り、私が取り戻して差し上げます」


 とりあえず、いい加減にお触りを止めてほしい。


 ゆっくりと上体を起こした。押さえつけられることはない。


「帰ろう」


「……はい」


 終夜さんを離して、服の乱れを正す。


 計算外だったのは、終夜さんがちゃっかりと荷物を持っていたことだった。


 だが、臆する必要はない。


「それじゃ」


 踵を返す。


「待ってください!」


「ちっ」


「今、舌打ちしました!?」


 有耶無耶にして立ち去ろうと思っていたが、賢い変態だ。


「もう遅いから帰った方がいい」


 廊下を歩きながら言葉を繕う。


 終夜さんがしっかりとついてきていた。


「一緒に帰りましょう」


「結構です」


「待っ――」


「――ちっ」


「舌打ちが早くないですか!?」


 階段を降りながら考える。


 どうすれば、何もかもを曖昧にしたまま帰宅できるだろうか。


春見はるみさん」


「どうして俺の名前を!?」


「クラスメイトの名前くらい知っていて当然でしょ?」


「ごめん、信用がなくて」


「酷い!」


 一つ咳払いをして空気を正そうとする。だが、発端は当人のオナニーだということを忘れてはいけない。


「もう、私の話を聞いてください」


「……」


 俺の沈黙を肯定と受け取って口を開く。


「春見さんにかけられている魔法について、心当たりがあります」


「……魔法?」


「はい。気に入った男性が性行為をしないよう、魔女が良く用いる魔法です」


「……魔女?」


「もしかすると、その魔法を解くことができるかもしれません」


 魔法、魔女。ファンタジーな言葉を並べて、俺の情けない聖剣が励まされてしまう。


 思えば、誇りを取り戻すと言っていた。


 これ程の屈辱は他にない。


「一度、我が家に来ていただけませんか?」


 安直に否定したとき、また食い下がられてしまうだろうか。


「……わかった。今度お邪魔するよ」


「はい! 約束ですよ!」


 もちろん、行く気はない。



 ――――――――。

 ――――。

 ――。



 春休み初日。早朝。


 両親が多忙のため、一人で暮らしている我が家にて、見てはいけない顔を見た。


「おはようございます。春見さん」


 記憶に新しい顔を甘く歪ませ、馬乗りになって股を擦りつける変態が、当然のように挨拶をした。


 心なしか聖剣の辺りが濡れている。


 家の場所を知っていたこと、不法侵入について。気になることはあった。


 だが、この不快感について原因を突き止めなければならない。


「……やっちゃったの?」


「きゃ」


 答えとしては、十分だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る