Trace.17 Japan’s Wall
“I’ve made it this far! This far...... I’ve come all this way......!”
— Ruji Takeshita—
俺はここまで来たんだ!ここまで......来たんだ......!
— 竹下 隆二 —
トルコ共和国 イスタンブール
失意と再会の喜びが影村の心の中に乱流を渦巻かせる。練習後、ジャックに連れられる影村と桃谷。
「おう!ヨシタカ!落ち着いたか!昔から変わらねぇな!」
「......あぁ。」
「こいつはものすごく深く考え込むんだ。ハリーが手を焼くぐらいにな!次のラケットどうすんだ。お前のスペアも大分くたばってるじゃねえか!」
「......あぁ。」
「まったくお前というやつは。元気出せよ。ヨーズニーから貰ったラケットが限界を迎えたんだ。考えてもみろよヨシタカ。もう20年前のモデルだ。ヨーズニーが打ちまくって負荷がかかった状態でもらったものをお前が今ぶっ壊したってだけだ。」
ジャックはまるで豪快な兄貴分のように影村に接する。影村はただ内省していた。ジャックは影村のことをどこか辛気臭い顔で見つめている桃谷の方を見た。すると悪戯心からかニヤリと笑顔を見せる。
「そっちの姉ちゃんは無口なこいつに代わって、いろいろ情報を話してくれそうだな。」
「え、わ、私?」
「そうだ!あんた名前は?」
「影村君のアスレチックトレーナー。桃谷百合子よ。」
「ユリコか。じゃあユリコ。義孝が今どんな事情を抱えているか教えてくれよ。こいつ昔と変わらずおしゃべり苦手でさ。ヨシタカの彼女!?ヨシタカ!お前も年ごろだな!ハッハー!」
「え、えぇ?(なんてテンションの高い人なの......コート上ではあんなに静かだったのに。)」
桃谷が困っている顔を見たコーディは目を閉じて口を開く。ジャックはターゲットをコーディに変えたようだ。
「お前はしゃべりすぎだぞジャック。」
「いいじゃねぇかコーディ!こうしてグラスマンの同期生と会えたんだ。ほぼ10年ぶりだぞ!?最っ高じゃねぇか!ガーッハッハッハッハ!」
「どうわっ......!(あぁ、アンディ......俺は......俺はお前の苦労が今になってわかった気がする。こんなテンションお化け、世界中探してもこいつだけだよ....トホホ。)」
ジャックはコーディの肩を組んで揺さぶっている。コーディはほろりと涙を流しながらジャックのおもちゃと化していた。桃谷は眼鏡を光らせてテンション高らかに話すジャックの方を見る。
ジャックは静かになる。桃谷はジャックのテンションの6割は本当、残りの4割は自身を鼓舞するためのものだと気が付いていた。ジャックもそれに気が付いたのだ。
「へぇ......ユリコ。あんたやるな。まるでハリーのところの奥さんみてぇだ。」
「......。(ハリー・グラスマンの奥さんってところかしら。)」
ジャックはグラスに入ったジンジャーエールを一口飲んで、どこか悪賢そうな表情を浮かべる。それはコートの上で見せた黒い笑みだった。
「じゃあ、話してもらおうか。俺たち5人はそれぞれの国で圧倒的な実力を見せ、世界の舞台へさっさとのし上がるよう計画されていたんだ。それがなんだ。なんでヨシタカはあんな低ランク層で4年も埋もれているんだ。」
「まず......何から話せばいいのかしら。」
桃谷は口下手な影村の代わりにすべてを話し始める。影村が確かに日本高校生テニス界最強であったこと、日本テニス連盟協会の企業連盟による小学生から英才教育を施し、成長と共に関連商品を増やし、その価値を上げてゆく恒久的ビジネスモデルとして推進された“5人の天才”プロジェクトのこと。そして影村の無類の強さがそのプロジェクトの障害となって排除されたこと。
「......もちろん影村君を守ろうと動いた人間達が大勢いたわ。彼の母校の人々、5人の天才と呼ばれた5人の選手たち、全国の強豪校達、吉岡昭三、新貝実。SNSの国内トレンドにまで影響を与えた、日本学生テニス界における一大事件だったわ。」
「......。」
「本当よ。その証拠に影村君がランキング300位台上位に食い込んだ途端、日本大使館から海外ビザの発給停止について警告文章が送られてくるのよ。おそらく影村君を止めようとした企業連盟の人たちの策略ね。」
桃谷の話を聞いたジャックの顔色が一気に変わる。コーディはジャックが久しぶりに見せた本気の怒り顔を見て背筋をぞっとさせた。無理もない。ジャックという身長194センチの筋骨隆々の男が目の前で怒りをあらわにしている。これは常人からすれば、目の前に大きなヒグマがいるにも等しい。
「ヨシタカ。国籍を捨てろ。」
「......ジャック。」
「アンディ経由でノエルに言っておいてやる。お前はここでくたばっちゃいけない。ヨシタカ。お前はお前を貶めた連中に“復讐”するんだ。どのような方法でもいい。ハリーの教えだ。テニスで叩き潰せ。」
「......あぁ。」
ジャックの顔。その眼もとに影が寄る。恐ろしい形相のジャック。それはもはや一人の兄としての怒りだった。
「そうだなぁ。まず別の国で国籍取って、さっさとグランドスラムで衝撃デビューかまして、ジャパンオープンに殴り込みかけるんだよ。最高じゃねぇか!リュウジ・タケシタとツカサ・リュウコク以外に強い奴いねぇだろからよぉ。」
ジャックの顔が怒りに歪み、おそらく握力65キロはあるであろう拳がぐっと握られて震えている。コーディと桃谷はジャックを見て引いていた。
そんなジャックを他所に、影村は黙々とプレートに山盛りのチキンケバブを食べている。まるでジャックの話を話半分で聞いているかのようだった。
「うわぁ......(なんてフリーダムなんだ。ハリーの教え子は。)」
「うわぁ......(なんてフリーダムかしら。ハリーの教え子は。)」
ジャックの拳が解かれる。そしてジャックは桃谷から影村のためにラケットが開発されていること。そして、世界の長谷岩自動車が水面下で影村と契約の話を進めていることを聞くと何かを即断したかのように影村へと告げた。
「ヨシタカ。お前一回すぐ日本へ帰れ。いろいろ準備して世界に乗り込んで来い。約束だぞ。ッてこれうめぇなヨシタカ!チキンケバブじゃねぇか!」
「......あぁ。」
「お!“坊さんの気絶”じゃねぇか!素朴でうめぇんだよナス料理のクセに!なぁ!ヨシタカ!」
「......あぁ。」
ジャックは影村のチキンケバブをフォークで一つ奪って口に頬張り、そしてすぐ“坊さんの気絶”というトルコの郷土料理を口にした。
「なんなんだアンタ......(これ5人揃ったらどうなるんだろ。)」
「なんなんだアンタ......(これ5人揃ったらどうなるのかしら。)」
ジャックと影村のやり取りを見た桃谷とコーディ。2人は食事が終わるころにはジャックの驚異的なテンションに疲れ果てていた。一方的にジャックが喋り、影村がそれに「......あぁ。」と答える状況がひたすらに続いた。
日本国 東京都内
日本では影村の帰国連絡に合わせ、前橋や水谷が準備を行っていた。前橋は上司の那留橋達が立上げた影村の支援プロジェクトで、前橋が自身初のプロジェクトリーダーに選任されることとなった。前橋はカバンからメモリーを取出すと、それをパソコンへと接続し、「待っていたぞ」といわんばかりの表情で、何年も前から温めていたデータを展開し始める。
「......責任は果たす。約束だ。」
前橋がつぶやいた後に開かれた支援策に対するAIを活用した情報収集データから割り出された必要経費についての計算書、支援プロジェクトのフローチャート及びグラフで示された費用対効果と、影村の獲得する大会数の予測データ。そこには影村の支援プロジェクトの骨組み、ありとあらゆる間接的支援策が盛り込まれている。コスト面も、プロの野球選手程度に抑えられている驚異のパフォーマンスを誇る5か年計画だった。
「前橋。これは。」
「えぇ、ずっと温めていた影村.....“海将”への支援策です。」
「無謀だ。間接的支援策が7割を占めているぞ。直接的な選手支援策をだな。」
「いいんです。あいつは......影村は強い。それに彼には敏腕アスレチックトレーナーが付いています。あと、彼は世界ランクこそ低いが、その実......」
前橋はマウス操作で、パソコンの画面に影村の優勝したM-15・M-25クラスの大会のタイトル獲得数と大会名称を表示させた。影村がキャリアの低空飛行時期を経験した4年間。年間に10回もの優勝を果たしており、最終ランキングを300位台前半で終えている。毎年この300位台に入った直後に、日本大使館から脅しのように海外ビザ取消しの警告文章が送られてくるのだ。
この情報を前に、プロジェクトメンバーたち全員が、本プロジェクトが、日本テニス連盟協会とそれと癒着する外務省という、権力の壁に阻まれるであろう事を認識した。
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