この運命に逆らえるならば

(前半タイトル:異世界生物図鑑(種族編))


「よく当たる占い師とは……君のことか?」


 その日アタシは運命を呪った。


 ざわざわと賑わう酒場の一角を借りて、アタシは流れの占い師をしていた。

 一所に留まれない事情のあるアタシにとって、流れの占い師ほどピッタリな仕事はなかったのだ。


 ふらりと店の片隅を借りて。

 しばらく占い師として日銭を稼いで。

 ……よく当たると噂になってお客が増えてきたら……。

 その場所を後にする。


 それが……アタシの生き方だった。


 そんな生活を続けていたある日。

 そろそろここも潮時かなぁと考えながら、今日も怪しい占い師として酒場の一角にいた。

 怪しさを醸し出す為、黒いストールを頭からかぶって、薄い紗でできた口元を覆うマスクで顔を隠しながら。

 そんなアタシの前にあらわれたのがその男だった。


「よく当たる占い師とは……君のことか?」


 呆然と男を見上げしていたアタシの反応も気にせず最初の言葉を繰り返す男に、アタシはぎこちなく頷きを返した。

 そっと手で対面に座るように促して、極力口を開かないように注意しながら。


「俺の……今後を占って欲しいのだが」


 そう告げる男の声のなんて甘美なことなんだろう。

 ぞくぞくとしたナニカに肌が粟立つのを感じながら、それを必死にこらえて言葉を紡ぐ。


 なくてもわかる。


 この男は……アタシの……。


 そう口走りそうになる己を叱咤して、なんとか力を使う。

 普段は占いだと誤魔化している力を。


 そうやって視えた男の未来は……。


「っ!?」


「どうかしたか?」


 慌てて飲みこんだ叫び声が僅かに漏れて聞き咎められる。

 いや、相手にとって咎めるつもりはなかったのだろう。

 どこかきょとんとした表情を浮かべている相手を……その厳つい顔を可愛いと思ってしまうのはアタシだけだろう。


「……出ました。あなたは近い未来……冒険者として名をあげるでしょう……」


 アタシの言葉に、男はすぃと片眉を上げた。


「俺……アンタに冒険者だって言ったか?」


 しまったと思う内心を隠して平然と見えるように返す。


「占い師ですから……」


 あぁ、なんて便利な言葉なんだろう。

 なんでも誤魔化してくれる魔法の言葉だ。

 だってとても言えない。言えないんだもの。


「……そうか。ありがとな」


 そう言って男はたいしたことも占っていない占い師には過分なお金を置いて去っていった。

 その背に縋りついて、引き留めてしまいそうなアタシを置いて。


 その後、アタシは必死になってその街を後にした。

 だってアタシは占い師にあるまじきことをした。

 だけど言える?

 あなたはアタシの運命で、アタシと縺れ合うように抱き合ってティーンリアンの子供ができますって。

 そんなこと言えるわけがないと思いながら、アタシは運命から逃れるように街から、あの男から逃げ出した。


 ティーンリアンは哀しい種族だ。

 運命の相手とじゃないと番えないし、子孫を残せない。

 だけどティーンリアンが持つ能力は『予知』や『過去視』で。

 権力者が喉から手が出る程欲しいと願う存在ものだった。

 ティーンリアンを増やすためなら、恋人達を引き裂くことも厭わない程に。

 その犠牲になったのが……アタシの両親だ。

 

 アタシの母はティーンリアンで、とある権力者に囲われていた。

 その権力者は母が死んだ後のティーンリアン後釜が欲しくて、必死に母の運命の相手を探してきた。

 その相手が父だ。父にはすでに将来を誓い合った恋人がいたにもかかわらず。

 愚かな母は恋をした。運命に導かれるがままに。だけど父はそうではなかった。母と一人でも子を為したなら、自分を解放して欲しいと願っていた。

 そして生まれたのがアタシ。

 だけど母は……。アタシが生まれたことによって父が離れていくことが許せなかった。

 だから母は投げ捨てたのだ……窓から……アタシを。


 そんな境遇のアタシが運命を拒絶してしまうのは当然のことで。

 だからアタシは……運命から逃げ出した……。

 

 ……ティーンリアンの予知能力はほどんどたがえることがないと知っていながら。

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