第2話

 藤田と福永は、じりじりと詰め寄る。

 どっちが先に攻撃を仕掛けるか。

 無言である。

 川の流れる音さえ、二人には聞えていない。

 胸が高鳴る。

 額から汗。

 拭わない。

 拭えばその隙に攻撃を仕掛けられるかもしれない。

 一瞬だって気を抜けないのだ。

 その一瞬が命取りとなる。

 福永の目は獲物を狙う獣のようである。

 じわじわ

 熱気を発する。

 呼吸。

 空気が重い。

 戦いとなるといつもスムーズに吸えている酸素が、重たく感じるのだ。

 空気中の濃度は何も変わっていない。

 この戦いの場のみ。

 そよ風が顔に当たる。

 涼しいとか、何も感じない。

 瞬き厳禁。

 ついに、藤田が仕掛けた。

 左ジャブ。

 福永はこれを、引く。

 藤田は、右足を弧を描くようにして、福永に向けた。

 鞭のようにそれがしなる。

 右斜め上から右足がやってきた。

 福永は、それを、受け止めた。

 左腕と、右足が重なる。

 福永は掌底で、胴を押した。

 少し後ろに押される。

 どん

 相撲で言う張り手のようなものだが、指の曲がり具合や、押すタイミング、スピートが若干違う。

 藤田は、前蹴りを放つ。

 福永はその足を取り、それを回した。

 藤田は、うつ伏せになる。

 何が起こったのか全く分からなかった。

 これが柔術の技なのか。

 足を掴まれたと思った次の瞬間には、体が回転し、うつ伏せになっていたのだ。

 藤田は足を振り払った。そして、突っ込んだ。

 福永の左脇に頭を入れる。

 後頭部を支点にしてそれを抱え、そのまま地面に落とした。

 福永は背中を打ち付ける。そして、起き上がる。

 藤田はもう一度突っ込む。

 今度は、そこに膝を置いた。

 藤田の顔は膝に向かってダイブすることとなる。

 顔から血が噴き出る。

 腰を低くし、両手を広げて突っ込んだのだ。

 タイミングを見破られれば、膝を置くだけで対処できる。

 藤田は飛んだ。

 しかし、倒れずそのまま着地。

 藤田は構える。

 左手は握り、右手は開く。

 これの意味するところは....

 半身になり、脚は右を前にしている。

 前後に動かしながらタイミングを計る。

 フットワークだ。

 藤田は顔面に突きを放つ。

 一瞬にして、腰を落とし、両足はそろっていた。

 右。

 福永はその右を掴もうとしたが、掴み損ねた。

 それが顔に当たる。

 鼻と口が拳を覆う。

 そして、左脚にも、衝撃が加わった。

 下段蹴りである。

 そして、胴に向かって、拳が放たれた。

 普通の者なら、内臓は無事では済まない。

 しかし、福永の腹筋は鋼鉄の強度を誇った。

 福永は耐えた。

 福永は藤田の後頭部を抱え、膝を打った。

 藤田は福永の腕を掴みそのまま脱出した。

 頭突きで、福永の顔面を打った。

 続けて、顎に向かって打拳。

 福永は力尽きたように倒れた。

 朝。

 まだご飯は取っていない。

 さっきの勝負は、激しいものだった。

 自分が敗者だったのかもわからないのだ。

 あの後、藤田は、倒れた、福永から少し距離を取って、心の中でテンカウントを数えた。

 そして、警察が来る前に、その場を去ったのだ。

 ベストコンディションで挑みたいからこそ朝食を取らなかったのだ。

 朝食を取ると、その分動きが重くなってしまう。

 だからとて、ご飯を抜きまくれば、エネルギー不足になってしまう。

 そのバランスが、重要だ。

 そう言った細かい気配りが、勝負を決すると藤田は考える。

 判断力をあげるには、経験を積むしかなかった。

 何キロ走れば、体をハイギアに持ってくることができるのか。

 ボクサーのように、体重制限があるわけではない。

 しかし、適正体重と言うものは維持しなければならないのだ。

 多すぎても、少なすぎても良くない。

 体重が多ければ有利という訳ではないのだ。

 無駄な贅肉を落とし、必要なところに筋肉をつけていく。

 藤田は、肉体の彫刻家だと自認している。

 食堂で飯を食う。

 とんかつ定食だ。

 油の多いとんかつ定職だが、今は脂質が枯渇していた。

 適切な量の肉、適切な脂が必要なのだ。

 古川も一緒である。

「よかったな、おっさん。さっきの勝負に勝ってよ。」

「ああ。」

「何だ、嬉しくねえのか?」

 藤田はそれには答えない。

「これからどうするんだ?」

 古川が聞いた。

「一緒だ。石尾を探す。」

「あてはあるのか?」

 それにも答えない。

 その代わりに、藤田が聞いた。

「お前喧嘩がしたいなら、わざわざ、ヤクザにケンカを売らなくてもいいんじゃないか?」

「心配してんのか?」

「してない。格闘技の経験は?」

「空手だ。」

「じゃあ、その道場に行けばいいじゃないか。」

「嫌だね。」

「何で?」

「俺がやりてえのは喧嘩なんだ。女子供の護身技じゃねえ。」

「なるほど...」

 藤田はコーヒーを飲んだ。

「お前いくつだ?」

「20」

「いい年して、戦いごっこか。」

「おっさんも一緒だろ。」

「まあな。」

「そろそろ、何で石尾を探してるのか教えてくれよ。」

 藤田はそれには答えない。

「お前はもう逃げろ。」

「え?」

「ヤクザは、メンツの生き物だ。自分の女が狙われたとなったら、今度は何が出てくるか分からん。」

「それは、おっさんも一緒だろ?」

「俺はそれでいい。」

「何で?」

「石尾につながるかもしれないからだ。」

「あいつらが何の組か分かってるのかよ。」

「知らない。しかし、ヤクザであれば、石尾の名前は絶対だ。少しでもつながればそれでいい。」

「そんなんで見つかるのかよ。」

 藤田は席を立った。

「言っとくが、俺は面倒は見ない。金も自分で払え。」

「分かってるよ。」

 古川は、藤田を追いかけた。

 ビル群を無言で歩く。

 しばらく、歩くと、藤田は尋ねた。

「いつまでついてくる気だ?」

「おっさんが、石尾を見つけるまで。」

「何で?」

「強いんだろ?その石尾ってやつ。」

「ああ。」

「おっさんより?」

「分からん。」

「おっさんも結構強いんだろ?」

 それには答えない。

 再び無言で歩く。

「どこに向かってるんだ?」

「どこだっていいだろ。」

 ビル群を抜け、あたりは飲み屋である。

 しかし、人通りはない。

 まだ、朝だ。

 ビジネスパーソンが、スーツを着て出社する時刻だ。

 そんな時間帯から、藤田はバーに入った。

 カウンターしかない狭いバーである。

 客は誰もいない。

 中年のママが、酒を整理していた。

「いらっしゃい。」

 二人は、座った。

 酒を注文する。

「こんな時間帯から飲み歩いているの?」

 ママは尋ねた。

「まあ、そんなとこです。」

「仕事は?」

「特に何も...」

「そちらの方も?」

「はい。」

「そうなの。若いんだから、しっかりしなさいね。」

 小さいグラスを手に取りそれを口に運ぶ。

 古川は尋ねた。

「何で昼前から、酒飲んでんだよ。」

 藤田は無言で二杯目を注文し、ポケットから煙草を取り出す。

 マッチをつける。

 口から煙を出す。

「最近の若い子は、タバコ吸わないって聞いたけど...」

「俺にも一本くれ。」

 古川も煙草を吸った。

 藤田はママに尋ねた。

「一つ聞いていいですか?」

「ええ。」

「石尾組の石尾泰造の居場所を知っていますか。」

 ママは作業の手を止めた。

 そして、振り返り、藤田の顔を見た。

「どうして、そんなことを尋ねるの?」

「知っているんですね。」

「知っているとして、どうしてほしいの?」

「教えてください。」

 ママも煙草を吸った。

「ただで教えるわけにはいかないわ。勿論、お酒を何杯注文しても同じよ。」

「そうですか。」

「一つ忠告しておくわ。」

「なんでしょう。」

「石尾と何があったかは知らないけど、今のあの人に近づかない方がいいわよ。」

「どうしてですか?」

「どの時点の、石尾と会っているか知らないけど、今はとにかく会わない方がいいわ。いや、今後も結果は同じだけどね。」

「ご忠告ありがとうございます。」

 藤田は金を置き店を後にした。


 

 

 

 

 

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