報復の拳
パンチ☆太郎
第1話
1
重低音が響く。
その振動は鼓膜にも伝わる。
箱の中は、立っているものと、座っているものに分かれていたが、皆が同じように踊っていた。
特殊な空間。
その箱は、ナイトクラブと言われていた。
明かりも、音楽に合わせて点滅するだけで、人の顔を確認するには、十分な明るさではない。
座りながらもリズミカルに体を動かしている。
舞台の上では、聞きなじみのある曲を、知らない者共が歌っていた。
みんな狂ったようにその音に合わせて踊っている。
しかし、男は静かに酒を飲んでいた。
踊っている者たちをただ眺めている。
男はこの、お祭り騒ぎの中にいたいのだ。
グレーのパーカーに、スポーツブランドのジャージと言う格好だ。
カジュアルな格好が多いこの箱の中では、ひと際浮いていた。
浮いているのは格好だけが理由ではない。
男の胸板は、厚い。
腕も丸太のようだ。
スポーツ刈りの頭。
装飾品は何もしていない。
そして、手には豆や擦り傷などは無数にあり、指が太い。
鼻も太い。
耳もつぶれていた。
彼の無数の傷がこれまでの戦歴を物語っていた。
何杯目かの酒を空にすると、目の端で、何やら連れ去られている人影がある。
お祭り騒ぎの中で誰も気にも留めていないが、男はそれを捉えた。
グラスを置き、男も箱を出た。
箱を出ると、長蛇の列があった。
それをかき分けて、通り、それを抜けたところにエレベーターがある。
さっきまで暗いところにいたせいで、明るいところに来ると、視界がぼやけた。
男はそれに乗り、外に出る。
箱の外を出ると、外は、お祭り騒ぎとは全く違う、日常である。
しかし、外も無数の明かりがあるだけで暗かった。
もう深夜である。
終電はとっくに出てしまった。
ビルがひしめく街である。
タクシーを拾うものや、どこかを目指して歩いているものもいる。
ビルとビルの間にある路地裏で怒鳴り声が聞こえた。
道行くものは誰も気に留めなかったが、男は、路地裏を覗いた。
それを覗くと、若い男が、3人のスーツを着た男と、体のラインが分かる服を着た女に囲まれていた。
「てめえ、俺の女に手え出そうとしてんじゃねえぞ!!」
男は顔面を殴られていた。
やられるがままだった。
しかし、目は光を失っていない。
逆転の機会をうかがっているようだ。
男は、生意気な口調で言った。
「あんたが、その女の子を一人ぼっちにするから悪いんですよ。」
白いシャツの上にジャケットを羽織り、装飾品を付け身なりを整えていた。
殴られて、髪の毛が崩れているが、整髪料で整えていることもうかがえる。
清潔そのものである。
しかし、真面目という雰囲気ではない。
ネックレスもつけていた。
男は声を掛けた。
「その辺にしとけ。」
男たちはその声に反応した。
明らかにその筋の男だ。
真ん中にいた男の手には血がついている。
背中に彫り物があっても、不思議ではなかった。
年齢は30歳を過ぎているように見える。
老け顔の男だ。
しかし、40歳特有の、威厳や貫禄がない。
艶も残っている。
若く見えると言えば、よく聞こえるが、実年齢に、精神が追い付いていないという印象を受けた。
「何だてめえ。」
「すっこんでろ!」
男たちは言うが、彼は路地裏に入った。
「それ以上やると死ぬぞ。」
「殺されてえのか?」
男は光物を出した。
その先端を、彼に近づけるが、微動だにしなかった。
そして、手に血がついている男の手を彼は、掴んだ。
そしてそのままひねり上げると、悲鳴を上げた。
後ろにいた舎弟が、彼に殴りかかるが、顎に掌底を放ち、右にいた男に、肘で、頬を打った。
彼は手に、血がついている男に聞いた。
「おい。
「石尾組の...石尾泰造か?」
男は聞き返した。
「ああ。」
「知らねえよ。」
「もう一度ひねろうか?」
「ひねったって知らねえもんは知らねえよ!!」
「そうか。なら、今のうちにここを去れ。」
彼は男たちをにらんだ。
男たちは戦力差を思い知った。
女を連れて路地を抜けた。
男たちが去った後、彼も、そこを出ようとしたが、若い男に呼び止められた。
「なあ、あんた何者なんだ?勝手な真似しやがって。」
「俺は、お前を助けたわけではない。さっき見てもらったように聞きたいことがあっただけだ。お前はそのきっかけを作ったにすぎん。」
男はその場を去った。
すると、若い男が追いかけてきた。
「待ってくれ!」
ビル街を並んで歩く。
「あんた、名前は?俺、
「
「何で、石尾泰造の居場所を聞いてるんだ?」
藤田は答えない。
「ちっ。無視かよ。」
それにこたえる代わりに、藤田は聞いた。
「何でお前はヤクザに絡まれてたんだ?」
「絡まれた訳じゃねえ。絡まれに行ったんだ?」
「何で?」
「喧嘩がしたかったからだ。」
「喧嘩?」
「ばかばかしいか?」
「アホだな。」
「そうかい。」
「だが、気持ちは分かるぞ。」
藤田は口角をあげた。
古川は言った。
「なあ、俺宿ねえんだ。あんたどうしてんの?」
「俺はもうすぐビジネスホテルにつく。」
「よかったら泊めてくれねえか?」
「金は?」
「あるけど。」
「部屋代半分出すなら同じ部屋に泊まってもいいぞ。どこも満室だからな。」
「いやー助かったぜ。ホントなら、女と一緒に泊まる予定だったんだけどね。」
「喧嘩に負けたわけか。」
「負けてねえ。おっさんが邪魔しなかったら、あいつらの目玉の一つや二つは飛んでたさ。」
ビジネスホテルにつくと、藤田はベットの上で寝た。
古川は、布団を敷いて寝る。
2
古川は目が覚めた。
起きると、藤田が腕立て伏せをしていた。
「何やってんだ?おっさん。」
「朝の日課だ。」
腕を見ると徐々に、膨らんでいた。
パンプアップである。
朝飯を食べる前だ。
すでに上下ジャージに着替えていた。
腕立て伏せを終えると、藤田は外へ出た。
古川は飛び起き、藤田を追いかけた。
「おい、どこ行くんだよ!」
「何でついてくるんだ?」
「俺の勝手だろ!」
「まあな。言っとくがペースは落とさんからな。」
藤田はランニングをした。
ビル群を抜け、橋を渡り、河川敷につく。
何キロ走ったのだろうか。
古川は息が切れていたが、藤田にその様子はない。
藤田はジャージを脱ぎ、古川に渡した。
「何するんだ?こんなところで。」
半袖の姿を見ると、腕にも傷があった。
「すげえ、傷だな。」
古川はつぶやく。
すると、向こうから、一人の男が歩いてくる。
身長179㎝
短髪。
色黒。
藤田よりも、数倍はバルクがある。
男もジャージであった。
ボディビルダーのような筋肉である。
腕にはしっかりとバスキュラリティが出ていた。
色黒の男で、柔和な表情をしていた。
「あんたが、藤田彰禧さん?」
「そうです。わざわざご足労感謝します。」
「挑戦状を出されたんでは、こちらも、
藤田よりも少し、年を取っているという印象である。
古川は口を開こうとしたが、そのような雰囲気ではない。
これは果し合いなのだ。
藤田とこの謎の男が、今から闘うのだ。
芳賀流
古流柔術。
奈良のとある町で生き残っていた古流柔術である。
その師範、
彼は様々な格闘家に影響を与えていた。
普段は柔和な表情をしているが、戦いとなると、相手が誰であろうと情け容赦ない。
真剣勝負となれば手段を選ばないことで知られていた。
藤田と福永は睨み合っている。
間合いを取る。
ざざ
河川敷に生えている草を、スリ足で、踏む。
福永の顔は豹変していた。
さっきまでとは別人のようだ。
黒い地蔵。
藤田が福永に抱いた印象であるが、今は、真剣な表情をしていた。
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