第43話 女神さまの謀
ジャン=ソールは私を伴ってネルセンへと赴いた。なんだか最近、ジャン=ソールと一緒に居ることが多いから、彼の妾かという噂が流れているそうだ。ジャン=ソールはなかなかのイケオジなので、妾の一人や二人、居そうに見える。
「どうした、シャルロッテ?」
馬車の中でジャン=ソールが声を掛けてきた。私が眼鏡越しに彼の妾が何人いるのだろうかなどと邪推していたからだ。
「いえ、私と二人きりの馬車で、シャルデラがよく怒らないなと思いまして」
「そのことか。――そうだな、シャルは昔、シャーに嫉妬していたそうだ」
「昔の私ですか? どうして?」
聞く限りでは二人とも、最初の出会いからお互いを想っていたという話だった。
「シャルはシャーに負けまいと、私と一緒になれるように頑張ったと本人が言っていた。理由は、私がシャーを高く評価し、目にかけていたからだと。そして、シャーを娶る可能性が高いとも思っていたらしい」
「シャルがそう言ったのですか? でも、シャルはシャーを連れてガルトに来たと言ってましたよ?」
「そう。それも最終的に、どちらかを私に選んでもらいたかったのだそうだ。私がシャーを選んだなら
「シャルらしい、真っ直ぐさですね」
「ああ。それでだ、再会してバリンへ戻ってきて言ったのだ。シャーの事をまだ想っているのなら、第二夫人として娶っても構いませんよ――とな。フフッ」
「へえ……」
ジャン=ソールは笑った。彼はいい齢だったけれど、エルリングよりも優良物件だったかもしれない。それだけ、私にとっての印象が理想的な白馬の騎士に近かったからだ。
(まあでも無いよね。シャルデラが居るのに)
「――それで? ジャン=ソール卿は当時、シャーの事をどう思われていたのですか?」
「どう思っていたのであろうな。シャルの言葉が衝撃的過ぎて、忘れてしまったよ」
ジャン=ソールにははぐらかされてしまった。
◇◇◇◇◇
ネルセンへ着くなり、私はヨルンの妻、インゲへの面会を望んだ。
「どういうことだ! 儂はそんな話、聞いていないぞ! 妻を侮辱しに来たのか!」
「まあ良いではないか、ヨルン。先日は貴様が非礼を働いたのだ。私もインゲの顔を久しぶりに見たい」
ジャン=ソールにしては珍しく、ヨルンへ強引に絡んでいた。
ヨルンがいくらジャン=ソールを憎んでいるとはいえ、領地の力の差もあるし、齢の差も大きい。ヨルンはあれでまだ40前らしいので、彼の倍以上の齢の上位領地の領主など、彼の臣下たちでさえ扱いに困っていた。
「
見かねたのか、年老いた臣下が口を挟む。
「セルズではないか。息災にしておったか? アイヴィンが毎日のように問題を起こしておった頃が懐かしいな」
するとばつが悪そうに頭を下げるセルズと呼ばれた臣下。
ネルセンの惨状を見かねた臣下たちに頼られ、ジャン=ソールが裏で助けてやったことも何度かあるそうだ。過去の話を告げられて、ヨルンを助ける臣下は居なかった。
強引に踏み入ったインゲの部屋で、ジャン=ソールは人払いをさせた。部屋からヨルン以外を締め出したのだ。
「ジャン=ソール! どういうつもりだ! 儂を亡き者にしてなけなしの領地さえも奪おうと言うのか!」
「落ち着け、ヨルン」
「これが落ち着いてられるか!」
「…………これは
「領主夫人、突然の非礼をお詫びする」
身体を起こしたインゲがジャン=ソールへ挨拶してきた。まだそこまで齢ではないだろうに、やせ細っていたため老いて見える。
「非礼も非礼だ!」
「あなた。バリン卿に失礼ですよ。――バリン卿、このような格好でこちらこそ失礼をいたします」
「いや、実はインゲに会わせたい者がいてな。こちら、シャルロッテだ」
「お初にお目にかかります、インゲ様。シャルロッテと申します」
ようやく私の出番だった。私としては、さっさとやること済ませて帰りたいのに、私の中の
「まあ、綺麗な黒髪のお嬢さんですね。青く輝く黒髪など、初めて目にしました」
インゲは力なくそう言った。インゲを鑑定すると、病気に侵されていた。
この世界の病気は日本で居た頃の病気に似たものも多い。その病気自体も鑑定できるのだけど、困ったことにその鑑定結果や治療方法が読める文字で表示されないのだ。最初は女神さまの意地悪かと思っていたけれど、どうも違うらしく、どこか私の知らない文明の文字らしいのだ。
そういうわけで、病気の詳細や治療方法ってのは私にはわからない。だけど、この世界にはどんな病気だろうと治してしまえる祝福があるんだよね。
「インゲ様、あなたには良妻の祝福がございます。きっと良い妻になれますよ。あなたに祝福のあらんことを」
もちろん、良妻の祝福で病気が治るわけでは無い。彼女に自身を癒す力が無いのは想定済みだった。やっぱりこれは女神さまのご都合シチュエーションだ。
「妻に対する皮肉か! 貴様! この身体でどうやって良妻になれと言うのだ!」
「あなた、このお嬢さんは……いえ、このお方は本当に祝福を授けてくださったのです」
インゲの言葉に眉をひそめ、こちらを見るヨルン。まるで妻をかどわかされたかのように私を睨む。
私はニヤリと――いや、柔らかく微笑んだ。
「そしてヨルン様、貴方には
私にはそれが見えていた。何のことは無い、治癒の力を持つ者と、それを必要とする者が傍に居ただけ。物語の先でいずれ彼は祝福に目覚めて妻を癒したのかもしれない、或いは間に合わず、悲劇的な結末を迎えたのかもしれない。
(けれど女神さまが私をこの二人と巡り合わせた時点で、ご都合宜しく話は進むことになっていたわけだ)
全てを理解したヨルンは涙を流し、感謝した。そして
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