第22話 コンラードと……

 その後、顔から鹿の血を浴びさせられたエリックは、イヴァルの馬の後ろに乗せられて屋敷まで戻ってきた。その姿に領民たちは驚きの声を上げ、領主の屋敷へと詰め寄っていた。幸いなことにアーゴットはこちらへ引き返していなかった。もしかすると、今ごろ彼女の頭の中では、私とエリックの睦言が繰り広げられているのかもしれない。


 エリックは少しだけ一人にして欲しいと、他の者には施術と称して部屋へ閉じこもった。そして、出てきたときには封のされた手紙をイヴァルへと手渡していた。ああ、手紙と言っても羊皮紙なので、筒状に巻いてあるやつ。


 その後エリックは、夜の間に意気揚々と領地を旅立っていった。



 翌日、ハイタからガルトへ向けて使いが出された。3日後、やってきたガルトの先触れへ、臣下たちはガルト領主の裁定を願ったのだ。ただし、今回のエリック暗殺は秘密ということにして、私が仲裁に入ったということで口裏が合わせられた。だって、ハイタには優秀な臣下に残ってもらいたかったし。


 表向きはエリックが狩りで落馬し、顔も見られないくらい酷い怪我を負って死んだことにされていた。ガルト側へは、エリックは領主としての正当性を欠いたため、地位をコンラードに明け渡したということになっていた。エリックの残した手紙がガルト側で確認されたらしい。何て書いてあったか私も知らないけど、アーゴットはもしかすると、エリックの素性を本人に伝えていたのかもしれない。


 アーゴットはミケルとの不貞の罪を上流社会でおおやけにされ、加えてホランズの命を奪ったクロスボウをミケルに与えたことで暗殺の首謀者と取られてしまった。その辺が、あまりにとんとん拍子に裁定されたものだから、やっぱり最初からガルト側は何か掴んでいたのかもね。


 ミケルはそもそもアカンスの実家からは切られていたので、別の牢屋へ移っただけだった。約束は果たしたんだから恨まないで欲しい。もちろん、魅了が切れた途端に私は嫌われるの確定なんだけどね。そういう魔法だから。



 ◇◇◇◇◇



「シャルロッテ様も行ってしまわれるのですね」


 コンラードが旅立つ私に声を掛けてきた。コンラードにはエリックは死んだと伝えられていた。父親に続き、兄まで立て続けに亡くなったのだ。その顔は沈んでいた。


「わたくしは、ガルトで文官として実力を付けたのち、できればまたハイタに戻れればと思っております」

「本当ですか!」


 どうやらハイタの臣下たちは、私がエリックのお手付きになる前にエリックを排除し、私をコンラードへと考えていたようなのだ。外との繋がりがあり、ハイタを良く思ってくれる私に期待したという。ハイタを良く思っていたのは本当なので、相手が2つ下のコンラードなら私もいいかなって。


(これはもしかしなくても、もしかするかも……)


 ブフ――と思わず美少女らしからぬ笑いが漏れた。


 コンラードと臣下たちには、茶葉の販路を広げるためにも紅茶の製造方法を伝えておいた。もちろん私がちゃんと覚えている訳がない。女神さまに――紅茶が作られるようになればこの地域は繁栄しますよ!――そう言って説得し、作り方を聞き出したのだ。もちろん、製法や技術を伝えたからって即実現できるほど世の中甘くないのだが、根気強い彼らならきっと紅茶を作り上げてくれるだろう。そう確信していた。



 ◇◇◇◇◇



 二月ふたつき半振りにガルトへ帰ってきた。


「シャー! お帰りなさい!」


 シャルデラの屈託のない笑顔に癒される。


「シャル、ただいま。課題の内容は話せないけど、何とかなったよ」

「うん、聞いたよ。シャーがちゃんと……ううん。予想以上に頑張ってくれたってジャン=ソールも言ってた」


 ん? 今、呼び捨てにしたよね?


「シャル、何か進展あった?」

「んふ、わかる? 実は……」


 もじもじと身体をよじらせるシャルデラ。


「――私が成人したら、結婚して欲しいって」

「婚約したの!? おめでとう、シャル!」


「うん、ありがとう、シャー!」


 これだよね。この世界、結婚するとなったら早い。そして私も……今度こそは望みがある。


 その後、ジャン=ソール卿に挨拶し、文官殿にも改めてネルセン領での一部始終を報告した。もちろん、こちらには魔術の事も魅了の事もちゃんと報告した。ああでも、エリックへの祝福は秘密。ハイタの臣下たちも、その辺はよくわかってなさそうだったからたぶん問題ない。


「想像以上の働きだったとカリマ卿も褒めていらっしゃった。実際に、アカンスへの養子入りの話も出ている。ぜひ会ってみたいとも仰っておられた。近日中に使いを寄越すので、空けておくように」


 文官殿のお言葉に、ウッキウキで私は使いを待った。



 ◇◇◇◇◇



 そして訪れたガルトの領主の館!


「君がシャーか。バリン卿ロード・バリンが、幼いながら頭が回ると高く評価していた。今回の件も、流石というところか」


 私は全身から冷や汗をかきながら渋い声の目の前の背の高い男へ、極力、機嫌を損ねないよう最大限の敬いを以て挨拶をした。


「――ぜひ、スッラーラ卿の力となって欲しい。閣下マイロードは一切の出自を問わぬ。優秀な者を欲している」


 私はガチガチに緊張していた。いや、上流階級でのやりとりに緊張していたのではない。そんなことで今更ビビるような私ではないのだ。そうではない。そうではなく、いつものように、迂闊に使ってしまった『鑑定』の結果に恐怖していたのだ。


 カリマ――その名には、アカンスの家名など付随していなかった。ただカリマとだけあった。不思議に思った私は、その名を注視してしまったのだ。そこに書いてあった文字――死神デスデーモン――に私は恐怖したのだ。


(なんで!? なんてこんなところにこんな奴が!?!?)


 ガルトは繁栄していた。しかし、繁栄の裏でこんな存在が闊歩していたとは……。


(やばいやばいやばい……)


 どうしよう。誰に助けを求めればいい!? スッラーラ卿は知っているのだろうか? ジャン=ソール卿は? シャルデラを町から逃がさないと! 私は体調が優れないと、席を外させてもらった。そして誰も居なくなるのを見計らって廊下へ逃げた。


「なんで魔族がこんな場所に……」


 不安から思わず独り言ちた。が――


「魔族がどうしたって?」


 その声は上から聞こえた。廊下の天井に、ノートルダムの背むし男みたいなのが張り付いていた。


 ヒッ!――と息を飲んだ瞬間、私の心臓はひと突きされていた。






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