第21話 祝福

 遡る事4日前、夜中に私は部屋を抜け出した。


 第1位階の変異魔術ソーサリー、『羽毛フェザーフォール』の呪文で窓から飛び降りた私が、同じく第1位階の幻影魔術イリュージョニー、『限られた透明化リミテッドインヴィジビリティ』で歩哨をやり過ごしつつ向かった先。セヴァンノの小屋となっている塔。


「ホコホコヘー」――塔の戸を開け、中の住人に挨拶する。


 気性が荒いと言われていたセヴァンノは、大人しくいい子だった。第1位階の付与魔術エンチャントメント、『灯りライト』で辺りを調べると、干し草の下に地下へと続く扉が。重い扉を開けるのがいちばん大変だったけど、隠された扉だけあって見張りは居なかった。まあ、こんなとこで見張りも大変だよね。


 地下に降りていった先は地下牢となっていた。別に珍しくもない。こういった建造物の地下構造ダンジョンには牢屋が備わっている。そしてその地下には、2つのものが隠されていた。ひとつはクロスボウ。それも巻き上げ機クレインキンの付属した黒いクロスボウ。そしてもうひとつは――


「誰だ、お前は? ハイタの人間じゃないな」


 牢に居たのは、髪も髭も伸び放題のみすぼらしい男だった。名前はミケル。父親の名はフレデリック・キールエ・アカンス。カリマ卿の父にあたる方だった。アカンスはちゃんとカリマ卿の兄が継いでいるので、何人目かは知らないが、後継ぎには無縁の息子なんだろう。


 私は彼の言葉には答えず、第1位階の付与魔術エンチャントメント、『魅了チャームパースン』を使う。


「わたくしはアカンスより遣わされましたシャルロッテと申します。良ければ何があったか教えて頂いても構いませんか?」


 魅了――というのは、ラノベでは人の心を操れる万能の魔法みたいに扱われることが多いけれど、ま、そんな都合の良い魔法なんて夢物語だよね。せいぜい、私を親しい友人として信用してくれるくらいで、本人の性質は何も変わらない。


「シャルロッテ、聞いてくれ! ここの領主のホランズが俺を獲物と称して狩りを行ったのだ! その上こんな場所に閉じ込めて、家畜の餌のような食事ばかり与えられて! 早くここから出してくれ! 兄上に頼んで罰を与えてやる!」


 ミケルは声を荒げる。

 少なくともホランズが死んだ時の狩りの獲物は、鹿では無かったということだ。


「あの、ホランズ様は狩りの途中で亡くなられたと伺いましたが?」

「ああ……まあな……」


「なぜ亡くなったかご存じではありませんか?」

「それは…………」


「何かご存じなのですね? 力になりますから教えて頂けませんか?」

「いや、だけどな……」


「事情がわかりませんと助けられません。それともわたくしが信用できませんか? このシャルロッテが!?」


 どのシャルロッテがだよ――って思うけど、親友なんだから信じてくれるよねぇ?


「…………実はな、アーゴットから武器を渡されたんだ。それを使って逃げきってくれって。俺のせいじゃないんだ。そこにあるクロスボウを渡してきたのはアーゴットだったし、俺を追い詰めたのはホランズだ。ほら、見ろ。俺だって矢傷を受けているだろう?」


 ぼろきれのような服の裾をまくり上げて、腿に受けた傷痕を見せようとするミケル。私は目を逸らし――


「わかった! わかりました! ですがもう少し待っていてください。今は無理です。必ずガルトの皆さんとお迎えに上がります」


 わめくホランズをそのままに、塔の外まで出た。騒ぎ立てる声や音は、確かにセヴァンノが暴れているようにも聞こえる。いつから閉じ込められているのかは知らないけど、少なくとも以前からコンラードにはセヴァンノが暴れるからと、塔には近寄らせないようにしていたのだろう。



 ◇◆◇◆◇



「そういう訳でございます」


 私はミケルから聞いた話をエリックたちの前で話した。もちろん、魔術を使って魅了したのは秘密で。そして何となく心配になったので追ってきて今に至ると。詳しいことは話さなかったが。


「なるほど。だが、その男と俺と、何の関係がある?」


(あれ? 私はなんとなく、エリックはホランズが実の父では無いと分かっていたような気がしていたんだけど……)


「ミケルは……エリック様の実の父なのです。あなたの母上が、結婚後の不貞で産んだのがあなたなのですよ。我々はアーゴット様の従者の、あの性質たちの悪い女好きのアイヴィンと、エリック様のお顔が日に日に似通っていくのを目にして不審を抱きました。そして当時、アーゴット様と親しかったミケルの存在を突き止めたのです」


 答えたのはイヴァルだった。


「母上は認めたのか?」

「アーゴット様が認めたからこそ、ホランズ様が乱心されて人狩りなど行われたのです」


「そうか。だが、それだけでは必ずしも俺がミケルの血を継いでいるとは限るまい? コンラードにミケルの血が流れていないとも限るまい?」


(確かにそうだ。それがわかるのは私だけだから)


 黙る臣下たち。ただ、数の上では優位なのに力を以てエリックを排除しようとしないところを見ると、彼ら自身は元来常識人なのだろう。


「できた臣下たちだと思っていたのに、そんなことを考えていたとはな。……ああ、そうだ。何ならこの場で俺を始末してはどうだ? その方が手っ取り早かろう?」


(おいおいおい、やめてよ! 私まで巻き添えを食うじゃない!)


 エリックが何を考えてそんなことを言ったのかは分からない。ただ、彼はそこまで動揺を見せていなかった。度胸があるのか……いや、これは諦めなのかもしれない。彼はハイタの領主という地位には魅力を感じていなかった。彼が望むのは――


「エリック様? ここで死にたいと仰られるのであればいっそのこと、――たとえ命を失うとも、数多の財宝を蓄えた竜を退治する、血沸き肉躍る冒険に身を置く――という選択は如何でしょうか?」


 何を言い出すんだ――と、エリックの言葉以上に眉をひそませる臣下たち。ただ、エリックだけは――フン――と鼻で息を吐き、片眉を上げ――


「よいではないか」――と不敵な笑みを見せた。


「誰にもかしずかれることなく、腹を空かせ埃にまみれ、己が力のみを頼りに進み、領主の地位はコンラード様に明け渡すとしてもですか?」


「お前は魅力的な言葉ばかりくれる。望む所だ」

「でしたら、エリック様。あなたに力を授けましょう。あなたに『戦士』の祝福の在らんことを」


 ハッとしたエリック。彼には『戦士』の祝福が見えていた。


「――エリック様はコンラード様に領主の地位を譲ってもいいそうです。あなた方はどうされますか? 最初に申しましたように、たとえ恥となろうともガルト卿ロード・ガルトの元、全てを詳らかにし、過去の過ちを正すべきだとわたくしは考えます」


 すると、イヴァルが最初に私とエリックの前に膝を着き、臣下たちが倣った。


「閣下とシャルロッテ様の望むままに……」






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