第48話 女神の告白と選択

 借金から解放され、英雄となり、莫大な富と名声を手に入れた俺。

 だが、心の中にはどこか虚しさが残っていた。借金返済という、俺の異世界生活の全てだった目標が消え去り、これから何をすればいいのか、分からなくなっていたのだ。

 そして、もう一つ気になること。それは、フォルトゥナのことだった。

 借金完済後、彼女は俺の前から姿を消した。契約が終わったのだから当然かもしれない。だが、あの最後の寂しげな微笑みが、妙に心に引っかかっていた。

「……あいつ、どこに行ったんだ?」

 俺は、仲間たちにも黙って、フォルトゥナの行方を探し始めた。神殿にもいない。王宮にもいない。彼女が時折、気まぐれに訪れていたという、王都を見下ろす丘の上へ行ってみることにした。


 月明かりに照らされた丘の上に、彼女はいた。

 いつもの豪奢なドレスではなく、質素な白いワンピース姿で、静かに夜景を眺めていた。その横顔は、女神というよりは、どこか儚げな少女のように見えた。

「……フォルトゥナ」

 俺が声をかけると、彼女はゆっくりと振り返った。その赤い瞳には、驚きと、そして少しだけ戸惑いの色が浮かんでいた。

「カイさん……。どうしてここに?」

「アンタを探してたんだよ。……なあ、聞きたいことがある」

 俺は、彼女の隣に腰を下ろし、単刀直入に尋ねた。

「なんで、俺を選んだんだ? アンタの本当の目的は、何だったんだ?」

 フォルトゥナは、しばらく黙って夜景を見つめていたが、やがて、ぽつりぽつりと語り始めた。

「……言ったでしょう? わたくしは、退屈していたのですわ。停滞し、歪んでいく世界と、変わらない運命に」

 彼女の声には、いつものような棘はなく、どこか寂しさが滲んでいた。

「だから、賭けた。異世界から、あなたのような規格外の魂を呼び寄せれば、何か面白いことが起こるのではないか、と。あなたの持つ不屈の魂と、異常なまでの幸運に……」

「……俺は、アンタの退屈しのぎのオモチャだったってわけか」

「最初は、そうでしたわ。けれど……」

 フォルトゥナは、俺の方を向き、その赤い瞳で真っ直ぐに俺を見つめた。

「あなたの足掻きを見ていくうちに……変わったのです。あなたは、ただ運が良いだけではなかった。何度も絶望し、打ちのめされながらも、決して諦めず、仲間との絆を力に変えて、運命に立ち向かっていった。その姿は……眩しかった」

 彼女の頬が、ほんのりと赤く染まっているように見えた。

「わたくしは、あなたを通して、人間の可能性を……信じることを、思い出したのかもしれません。そして……気づけば、あなたという存在が、わたくしにとって、かけがえのないものになっていたのですわ」

 女神の、あまりにも人間らしい告白。俺は、言葉を失った。

「契約は終わりました。あなたは自由です。元の世界に帰ることも、この世界で英雄として生きることもできますわ。……わたくしに縛られる必要は、もうありません」

 フォルトゥナは、寂しそうに微笑んだ。

 元の世界……。確かに、帰るという選択肢もあるのかもしれない。だが……。

 俺は、異世界で出会った仲間たちの顔を思い浮かべた。フェン、リリア、ミャレー、そして……目の前にいる、この不器用な女神。

「……帰らねえよ」

 俺は、きっぱりと言った。

「俺の居場所は、もうここにある。こいつらと一緒に、俺自身の意志で、未来を切り開いていく。それが、俺の選択だ」

 そして、俺はフォルトゥナに向き直った。

「それに……借金取りじゃなくなったお前と、これからどういう関係になるかは……まあ、これから考えようぜ」

 俺がそう言うと、フォルトゥナは驚いたように目を見開き、そして……。

 これまでに見たことのない、心からの、満面の笑みを浮かべた。それは、どんな宝石よりも美しく、俺の心を強く打った。

「……仕方ありませんわね」

 彼女は、少し照れたように視線を逸らしながら、呟いた。

「少しだけ、あなたの『運命』に、お付き合いして差し上げますわ」

 月明かりの下、俺と女神の間には、借金でも契約でもない、新たな絆が生まれようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る