第25話 選択の時、失意の底で

 シャドウコインの幹部らしき人物から、選択を迫られる俺。

 組織への協力か、破滅か。

 俺の答え次第で、俺自身の、そして仲間たちの運命が決まる。

 頭の中がぐちゃぐちゃになる。フェンを助けたい。リリアを守りたい。借金からも解放されたい。だが、そのためには、この街の闇に手を染めなければならないのか?

「……分かった」

 俺は、覚悟を決めた。今は、綺麗事を言っている場合じゃない。

「協力……する。だが、条件がある。まずは、こいつらの治療を最優先でやってくれ。それが確認できたら、アンタらの言うことを聞いてやる」

 俺がそう言うと、リリアが悲痛な声を上げた。

「カイさん!? ダメです! そんな……!」

「うるさい! これは俺が決めたことだ!」

 俺はリリアを怒鳴りつけた。本当は、こんな選択をしたくなかった。だが、他に道がないんだ。

 フードの人物は、満足げに頷いた。

「賢明な判断だ。では、契約成立としよう。まずは、そこの魔獣と小娘を我々が預かる。最高の治療を施してやろう」

 シャドウコインの構成員たちが、フェンとリリアに近づく。

「や、やめてください……!」

 リリアは抵抗しようとするが、力なく押さえつけられる。フェンも、弱々しく唸るだけだ。

 その時。

「待ってください!」

 凛とした声が響いた。声の主は……リリアだった。

「カイさん……あなたのやり方は間違っています! どんな理由があっても、悪に手を貸してはいけません! そんなことをして助かっても、私たちは嬉しくありません!」

 リリアは、涙を浮かべながらも、強い意志のこもった瞳で俺を真っ直ぐに見つめる。

「それに……カイさんは、そんな人じゃないはずです! ダストピットで困っている人を助けて、私を召喚してくれて……お金にがめついところもあるけど、根は優しい人だって、私、知ってます!」

「リリア……」

「だから、お願いです! 考え直してください! 私たちなら、きっと正しい方法で乗り越えられます!」

 リリアの言葉が、俺の胸に突き刺さる。

 そうだ。俺は、いつからこんな打算的な考え方しかできなくなっていたんだ? 金のためなら、仲間を危険な組織に売り渡すような真似までしようとしていたのか?

「……そう、だな。お前の言う通りだ、リリア」

 俺は、シャドウコインの幹部に向き直った。

「悪いが、今の話はナシだ。俺はアンタらとは組まない。仲間も渡さない」

 俺がそう宣言すると、フードの人物は、クツクツと喉を鳴らして笑った。

「……愚かな選択をする。まあいい。気が変わったら、いつでも連絡してこい。ただし、次はないと思え」

 そう言うと、幹部は部下たちと共に、闇の中へと消えていった。嵐のような勧誘だった。


 後に残されたのは、俺と、リリアと、傷ついたフェンだけだった。

「……すまなかった、リリア。俺、どうかしてた」

「カイさん……」

 リリアは、そっと俺の手に触れた。

「いいえ。分かってくれて、よかったです」

 だが、問題は何一つ解決していない。フェンの治療費、シャドウコインからの脅威、そして借金。状況はむしろ悪化したかもしれない。

 俺たちは、身を隠すように、安宿へと戻った。

 部屋に入ると、そこにはまたしてもフォルトゥナがいた。今度は、どこか同情的な、悲しげな表情を浮かべて。

「あらあら、カイさん。大変でしたわね。仲間との絆を選んだのは立派ですが……それで、これからどうなさるおつもりで? 治療費も、追っ手も、借金も、何も解決しておりませんわよ?」

 女神は、わざとらしくため息をつく。

「やはり、わたくしの言う通り、堅実にお金を借りておくべきでしたのに。まあ、今からでも遅くはありませんわ。わたくしの『救済プラン』、ご検討なさいます?」

 その言葉は、優しさの仮面を被った、悪魔の囁きにしか聞こえなかった。

 俺は、ただ黙って首を横に振ることしかできなかった。

 仲間との絆は守れた。だが、俺は完全に孤立し、絶望的な状況に追い込まれていた。まさに、失意の底だった。

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