第9話
俺は部屋から出ると、家に帰ることにした。双眼鏡で街を覗くのもいささか飽きがきたし、なにより、覗いていると言う事実が自分に後ろめたい気持ちを持たせたのであった。最初、覗いたときは俺と喧嘩をした二人を追いかけることが出来て興奮したが、あの赤い女を覗くようになって、罪悪感が胸の奥に残ったのだ。
俺は野鳥を観察していて勘違いから捕まってしまったが、これでは本物の覗きになってしまう。こんなことを常習的にやるようになっては、俺はいよいよおしまいだ。そう考えた俺は家路までのアスファルトの歩道を黙々と歩いていた。
自宅のアパートに着き、階段を上がって部屋のドアを開ける。きしむドアが開き俺はそれを静かに閉める。部屋の中は真っ暗で、俺は手探りでライトの紐を探す。ライトを点けると、寝床とテレビ、そしてコタツが明るく照らされる。コタツの上に置かれているルリビタキのぬいぐるみは俺を温かく出迎えてくれた。俺は途中で買ってきたコンビニの弁当をコタツの台の上に置き、テレビを点けた。
「……ここで臨時ニュースです。○○町でホームレスの男が郵便局に押し入り、『俺は火星人だ』と訳の分からないことを言いながらバールのようなものを振り回していると警察に通報がありました。男は捕まり、現在警察に事情聴取を受けています。つづいては……」
○○町と言うと、この町だった。まさかあの路上に倒れていたホームレスかと一瞬疑ったが、郵便局まではかなり距離があったし、別の人間だろうと俺は結論付けた。
俺は弁当を開き箸でその米をすくうと口の中に放った。冷たい米が喉の奥に流れていくのを感じる。俺はずきずきと痛む身体を気にしながら、今日起こったことを思い出した。あの双眼鏡はなんなのだろうか? あそこは何かの実験施設なのか、それともああいうグッズが普通に販売されているのだろうか。しかし、地図越しに街の中を覗き込むことができるというのは、仕組みがよくわからない。衛星でも使っているのだろうか、と俺は思考したが、そんなことを考えたところで答えなどはわからないままだった。俺は弁当を食べ終えると、歯を磨こうと思ったが、身体が痛むのでやめて電気を消して寝床に入ることにした。冷たい毛布が温かくなるまでの間、俺は目を閉じて頭に浮かんでくる映像をただ静かに眺める。しばらくして俺は眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます