第5話

 家路に着くために点々とゴミの散らかっている道路沿いの歩道を歩いていると、仕事場に向かうときに見かけたホームレスがまだその場で倒れているのが見えて、そのひげ面のいい年をしている顔つきのホームレスは、頬は痩せこけていてうっすらと口を空けながら目を瞑り、ぼろぼろのパーカーのフードごしにアスファルトに横顔を押し付けていた。俺はこのホームレスを見ながら、来月になったら自分がこうなる番かもしれないと、本来なら頭を抱えるであろう不安が横切ったのだが、この時はただ何も感じず、家に帰りスマホで何を見ようかと考えることに思考が移っていった。

 しばらく歩いていると、目の前から二人組の男が歩いてきて、その二人は大きな声で話し笑いながら、歩道の真ん中を並んで歩いていた。その風貌と話し方から、俺は輩かその類ではないかと瞬時に判断し、道の端に寄ってその二人をやり過ごそうとする。

 しかしその二人とすれ違う時だった。

「真っ黒じゃねぇ?」

 と二人の内の一人の男が、大きな声で俺を見ながら声をあげたのだった。俺はその大きな声に反応して、思わず二人の顔に視線を移したが、その二人も俺の顔を笑いながら見ていた。

「泥棒かぁ?」

「真昼間から精が出るなぁ、おいおい」

 二人は立ち止まり、俺を見ながら笑いながらそう発したのだが、俺はなぜだかはわからないが、無性にその二人の声に腹が立ち、爪先をその二人に向けて向かい合い、こう言った。

「なに見てるんだよ」

 俺がそう言うと、二人は顔を見合わせて俺に近寄ってくる。二人はニヤニヤと笑いながら続けた。

「見てるのはそっちだろ、泥棒」

「泥棒、捕まえちゃうぞ」

 二人はそう言うと俺の近くに立ち、一人は背が高く俺を見下ろす形になり、もう一人は俺と同じぐらいの背丈で真っすぐと俺の目を見てきた。俺は二人に睨まれながら気が小さくなるのを感じ、胸の奥に嫌な気が流れ落ちていくのがわかったが、ここで引き下がったら舐められてしまうと自分を奮い立たせ、その二人に言い返した。

「捕まえてみろよ、ばか野郎」

 俺がそう言うと、二人のうちの背の低いほうが俺に殴りかかってきた。俺は左頬を殴られてよろめき、右足を一歩後ずさりするのだが、その瞬間は特に痛みもなく衝撃だけを感じて、自分が殴られたと言う事実を認識することに多少の時間がかかった。

 俺は殴られた顔をその背の低い男に向けなおすと、その男に右パンチを放つ。パンチはその男の鼻先に当たり、男は「うっ」と言いながら後ずさりをした。だが、それとほぼ同時に背の高い男が俺の胸倉を掴み、膝蹴りを俺の腹にしてきて、その膝蹴りがもろに入って俺はその場に膝をつくことになった。俺が膝をつくと二人は俺の肩を押さえて立ち上がらないようにして俺にパンチや蹴りを見舞ってくる。俺はその場に倒れ、自分の切れた口元から出る血が路上に小さい血痕を付けるのを見た。倒れている俺の腹に二人は蹴りを入れてくるが、俺は身を小さくして守るしかなく、蹴られるままに時間が過ぎたのだが、しばらくすると二人は「泥棒野郎が生意気なんだよ」と吐き捨ててその場を去っていった。

 倒れている俺の視線の先にはさっきのホームレスの姿が小さくあって、俺はそれを見ながら自分の視界が小さくなるのを感じ、やがてブラックアウトした。

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