第2話
部屋を出ると目の前には青い空の下に広がる住宅街があり、部屋に接している錆びついた廊下を渡ると、軋む金属製の階段を伝って俺は地上に降りた。年季のある我が家の木造アパートを後にすると、道沿いに進み、左右の戸建ての民家に挟まれながら、交通のある通りに出て、また歩道沿いに進んでいく。晴れた青空が嫌味のような青黒い俺の影をうっすらとアスファルトの路上に落とし、車の排気ガスの匂いを嗅ぎながら所々ゴミのちらつく歩道を早足で歩いていく。
途中でコンビニに寄ると、お世辞にも綺麗とは言えないその駐車場を横切り、コンビニの入口から中に入って雑誌の置いてあるコーナーを見ていく。文芸誌やグラビア雑誌の表紙が並ぶその一角を一瞥して、奥にある飲料水のコーナーにまわり、缶コーヒーを一つ手に取ると会計に向かう。外国人の店員がダルそうにしながら俺の渡した缶コーヒーをレジに通すと、自動会計機に俺は小銭を入れて、そのコーヒーをレジ袋にも入れずに持って店を後にする。冷たい缶コーヒーを手のひらに感じながら、また歩道に戻り、すれちがう車を横目にして歩みを進めていく。
缶コーヒーの蓋を開けると、俺は歩きながらその中身を一口すすろうとしたのだが、うまくいかず、また一口すすろうとする。だが、それもうまくいかないので、俺は立ち止まって缶コーヒーの口に向き合う。黒く切り抜かれたシルエットのその口は、その下にある黒い液体の存在をわずかに俺に感じさせながら、俺の両目と向き合っているのだが、俺はそのシルエットを見るうちに気分が悪くなり、吐き気を催すのだった。背中を曲げて路面を見ると、俺の履き潰した黒色のスニーカーが視界に入り、俺はそのままこみ上げる吐き気を抑えながら、ゆっくりと膝を曲げるのであった。
まただ。俺はそう思った。今から職場に向かい、あの事件のことを職場の人間に聞かれることを考えると、俺はこの嫌な気分に襲われて、その歩みを進める両足を止めるに至ったのだった。口から唾を吐き、アスファルトの路面に落ちたその黒い液体とそのふちのわずかな白い泡を見て、俺は気持ちを落ち着かせようとするが、嫌な気分は一向に治まらず、まるで両足の甲に杭を打ち込んだかのように俺の身体をその場に固定してしまう。
俺は背負っていたバッグのチャックを開けて中に腕を入れると、銀色の錠剤の入ったシートを取り出し、そのシートから二つの錠剤を取り出すと、口の中にほうってその後からコーヒーを流し込み、ごくりと喉をならした。絶えず後ろを振り返り、何者かが迫ってくるような気配を感じながら、隣で行きかう車の群れの風を切っていく音を肌に響かせつつ、雲一つない青い空の中にある白い太陽の光りを額に浴びて、斜め向こうに倒れているホームレスらしき男の影を見つめる。
青空の下に映されるこの世界が、ぐにゃりと歪んでいるのを眺めながら、俺は錠剤の効き目は三十分は現れないことを思い出し、無理にでも歩かないと仕事に遅れてしまう現実に向き合わなければならなかった。奥歯を噛みしめながら手のひらで脚のモモを叩くと、俺はカカトも上げずに地面に脚を引きずり、また一歩、また一歩とゆっくりと杭の打たれた両足を運んでいく。なんとか速度を保ち、胸の奥の心臓が締め付けられるような不快感を感じながら、俺は低いビルが立ち並ぶアスファルトの路上を歩いていった。
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