3年1組の新たな月曜日 Ⅱ

 当然、良子は人気者となる。

 一限後は牽制も、二限後にはクラスの妹的存在、さいとうを筆頭に、浅尾のグループが率先して歩み寄る形となった。

 良子の耳を撫でるような声音をクラス中が傾聴している。

 ただし、一歩目を躊躇う男子が多い中、よくそこまで無遠慮でいられるなと、一目置かれる者たちがいた。良子が廊下側の最後列ということで、彼女を包囲する形となった彼らである。

「遠慮しないでいいからね! 頼ってね!」

「ぼちぼちねー」

 興奮気味の齋藤、浅尾の均衡。

「はい。皆さん、お気遣いありがとうございます」

 良子の微笑に四人の女子がほころぶ。

「でも、ちょっと可哀想じゃない? よりにもよって三馬鹿包囲網なんて。櫛名さん、辛かったら私たちや熊岡先生に相談しなね」

「おい、こら」

 弾かれたように狂犬が反応する。

「さっきの会話聞いてなかったのか? アロンはともかく俺とデブはもう馬鹿じゃねぇよ」

 村崎は両脚を組んだまま良子を囲っている右後ろへぐるりと首を回した。女子は一旦ギョッとしたものの、村崎に噛み付かれるのには慣れているため、恐れるのも馬鹿馬鹿しいと気付き、苦い顔になる。

「村崎ね、そういう返しが良くないってば。馬鹿っぽい」

「あー? お前、誰だか知らんがこの後の小テスト見とけよ? 俺より点数低かったらお前が新たな馬鹿だからな」

「えっ⁉ 嫌過ぎる! アロン君と目白君はまだしも村崎には負けたくない! というか、一度もクラス替えなかったのにまだ私のこと覚えとらんのか……」

 村崎の振る舞いからして、初見では不穏に思われるやり取りだが、この程度は日常茶飯事。アロンには他に気になることがあった。女子たちの会話が途切れるたび、背後から圧のある視線を感じ、形容し難い重苦しさが胸に押し寄せてくるのだ。授業中は特に強烈で、いつも以上に教員の言葉が頭に入らなかった。

(先に仕掛けますか)

 人見知りするアロンではないが、既に人気者となり、昼休みには更なる注目を浴びるに違いない大和撫子が相手となれば気を引き締める必要があった。

 ゴクンと喉を鳴らし、

「櫛名さ――」

 と、転校生との関係を築こうとするも……。

「村崎はもう見たまんまだけど、アロン君と目白君はできそうな見た目なのにねぇ」

 もう少しのところで遮られてしまった。

「大野さん」

おおつかだけど」

「褒めてくれるのはとても嬉しい。口がなければ賢そう、って言ったのも大島さんだったよね」

「それ私じゃなくて浅尾じゃない?」

 ニコニコしながら頷く浅尾を一瞥。

「その通りだよ。僕がどうして留年しかけたか、こんな下品な連中と一緒くたにされているのか。理由は簡単。授業の内容が頭に入らない、普段から予習復習を怠ってきたから、というだけの話さ。正直、小テストも自信ないね」

「それ自信満々で言うこと?」

 浅尾の次にこの男たちと付き合える大塚だが、ドッと疲れを感じ、最もまともな最後の一人に逃げた。

「目白君、やけに静かだね。やっぱりこの二人と比べれば一番良心的なのは目白君かな」

 腕組み瞑目していた目白だが、振られて片目を開いた。

「いや、単純に緊張しているのだ。転校生はこれほどの正統派ド王道美少女。そんな御仁の傍に、更に御身ら花が集っては、私のようなオタクなど無力と化す」

「「「「それは嘘だね」」」」「「嘘を吐くなよ」」

 浅尾グループと二馬鹿が揃って否定。目白莫という男と、目白を囲う世界を知らない良子だけがポカンとしていた。

「あははははっ! 目白君がメイド喫茶の迷惑客をやっつけた話は有名だもんねー! ていうか、女の人に囲まれるの慣れてるはずじゃーん!」

 ゲラのかわはらがいきなり調子を上げ、良子は更に戸惑ったが、3年1組ではこれもいつも通りである。

「それから店長さんに気に入られて、私服警備員として雇われてるんだっけ? そんな話、現実にあるんだねぇ」

「そんな半端な奴、俺だって何人もぶっ飛ばしてきたぞ」

「いや、村崎のは物騒過ぎるというか、スマートじゃないというか……」

 笑い過ぎて苦悶する河原に代わるも、またも村崎に捕まり、苦笑が絶えない大塚だった。

 そのような雑談で時間を費やしていると、三限の予鈴が鳴った。

「やば! 最後に見直ししないと!」

 大塚が慌てて席に戻ると、雑談は自然とお開きになった。しかし、窓側最前列の浅尾は留まり、

「ところで、良子ちゃんも小テストやるのかな?」

 と、何気ない様子で問う。このあたり、流石は浅尾さん、とアロンは感心した。

「小テストがあるのを今さっき知りました……」

「おいおいマジか。知らなかったのかよ。勝負として成立しねぇじゃねぇかよ。これで勝っても嬉しくねぇぞ」

 不良に矢印を向けられて戸惑う良子を横目に、

(ここだな)

 絶好の機会と判断した。

「櫛名さん」

 思いがけなかったのだろう。話し掛けると、良子は目を丸めた。

「良かったら僕のノート使って。汚い字で申し訳ないけど、どんな問題が出て、どう答えれば良いかまとめてあるから。多分、先生も事情は知っているはずだから、できなくても気にしないで」

 ガラス細工のように繊細で、浅尾たちも本心から打ち解けるには時間を要すると思っていた転校生の領域に熱い雫が一滴垂れた。良子は閃きを得たように瞳を大きくした。

「はい! ありがとうございます! ……蝋木亜路君」

「アロンでいいよ。みんなそう呼んでる。呼びやすいらしくて」

「……アロン君」

 ウインクして去る浅尾に、アロンは万感の感謝を思った。


 採点は前後の相手と答案用紙を交換し、教員より正解を発表する形を取っている。

 良子は元より、卍田第一高校より偏差値の高い高校で特に成績優秀だったため、予習などせずとも容易く全問正解してみせた。

 一方アロンは達筆で記された良子の完璧な答案に愕然とし、その半分も倣えず無様に散った。

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