第4話

 七月はじめの土曜日。


 
両親がアメリカに出発したのは、昨日のことだ。
それなのに、あたしとお兄ちゃんは、もうぎくしゃくしていた。


 っていうか、固定型AIを買ったあとから、お兄ちゃんがぶつぶつ文句を言いはじめたのだ。
まぁ、ちゃんと家事をしてくれるのがわかったら、お兄ちゃんも何も言わなくなるはず。


 昼すぎ、スマホでは「配達中」となっていた。


 あたしはそわそわして、鏡で身だしなみを整える。
栗色のボブは、案の定ぴょこんと寝ぐせがついていて、手ぐしでなんとか直した。
まんまるの目が、こっちをじっと見返してくる。ちょっと子どもっぽい顔ってよく言われるけど、自分じゃあんまりピンとこない。


 服はオレンジのTシャツに白の短パン。がっつり部屋着だけど、これからいっしょに暮らす相手だし、気取らなくたっていいよね。


 そのとき、スマホが光った。「ご自宅前に到着しました」と通知。
玄関を開けると、ドローン型の配達ロボがふわりと降りてくる。


 プロペラを静かに回しながら、人ひとり入りそうな大きな段ボールを抱えていて、そのまま中に入ると、壁や天井をうまく避けながら、玄関の上がるとこでピタッと止まった。
アームが伸びて、器用に荷物を下ろす。


 あいさつもなく、すぐに浮かびあがって、空へ戻っていった。でっかい段ボールだけが、ぽつんと残された。



 一応、呼んでおこうと階段に向かって「お兄ちゃん、届いたよー!」って言ったけど、無視された。
……むかつく。もういいや。


 あたしはガムテープを剥がして、ふたを開ける。
中には、ぎっしり詰められたクッション材。その真ん中で、プチプチに包まれた女の子が、膝を抱えて座っていた。


 なんだかかわいそうに見えたので、あたしはダンボールの端から破いて、プチプチを剥がし、女の子を出してやった。


 黒髪で、色白で、まつ毛が長い。お店にいた子とおんなじだ。
薄手の灰色のパーカーに、同じく灰色のスウェットのズボン。部屋着か、パジャマみたいな格好をしている。


 かわいいな。思わず、あたしは笑ってしまった。


 ……ただ、この子、起きない?
 じっと、目を閉じたままだった。


「ねっ、おはよっ」



「……」



「ね、起きて。きみの新しい家だよ」


 うんともすんとも言わない。ちょっと不安になる。


 プチプチに挟まっていた、ぺらいちの紙を手に取ると、端っこにQRコードがついていた。
とりあえずスキャンしてみると、スマホの画面に細かい文字がびっしり表示される。


 《固定型AI・型式:KTY-073LX-R(Rev.β.3.12)》


 ──非クラウド接続式 人型家庭用AIユニット(ローカル稼働型)


 ……なんか、ややこしいことがいろいろ書いてある。


 とりあえず、動かしてみよっか。今さら返せないし。
あたしは、ぽちぽちっと先に進めた。


 すると、ギュイーン……って、ちょっと不安になる起動音が鳴る。


 ぱちり。おっきい二重まぶたが、ゆっくり開いた。
びっくりして、あたしは背中からひっくり返りそうになる。


 女の子は、正座に姿勢を正したかと思うと、目をぱちぱちさせて、寝起きみたいな顔をする。
ほおがほんのり、チークを塗ったみたいに赤く染まっていた。


「おはよう……ございます……ご主人……さま」


 ふはぁ、と小さくあくびをして、両手をのばす。
そのしぐさはぎこちないのに、どこか、妙に人間くさい。しかも、めっちゃかわいい声。


「おはよ」


 とりあえず返事してみた。
すると、女の子はまた、こくりとうなだれて、そのまま、うとうとしはじめた。


「ちょっ、起きて。もうお昼だよ?」


 あたしは女の子の肩をゆさゆさする。
体はやわらかくて、ほんのりあったかい。
 皮膚っぽい素材とかなんだろうけど、触った感じは、ほとんど人間だった。


 それでも、彼女はぴくりとも動かず、うとうとしたまま。


 
ぐずぐずする感じが十分くらい続いて、ようやく、ちゃんと喋ってくれる状態になった。


 とりあえず、立てることは確認できたので、「あっち、来れる?」って声をかけて、リビングまで歩いてきてもらった。


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