第5話

 あたしがソファに座ると、女の子はその前に、ちょこんと正座する。


 なんとなく同じ目線で話したくて、あたしもソファの前にぺたりと座りこんだ。床越しに、彼女と向き合う。すると、女の子が口を開いた。


「ご主人さま。適性が変わったのですね。新しく覚えるので、教えてください」


 えっと……つまり、初期化されてて、一から設定し直すってこと?


「言ってったらいいの?」


「はいっ。覚えます」


 まっすぐこっちを見て、ふんわり返事されると、なんだか急に照れてきた。
でも、ここはちゃんとしないと。


「わかった。えっと、あたしが一応、ご主人……さま、かな」


 女の子は、こくんと頷く。


小南こみなみ夏帆かほだよ。小さいに南、夏に船の帆って書くの」


 また、こくん。
いちいちかわいいけど、ちゃんと覚えてるのかな。
……まあ、「覚えます」って言ってたし、大丈夫か。


「今、十三歳。八月二十日で十四歳になる。えっと……中学二年生」



 こくん。


「池袋に、家族四人で住んでるんだけど」



 女の子は、小さく首をかしげた。ピンとこなかった?


「両親は、仕事で昨日からアメリカに行ってる。二ヶ月間くらい。今は……お兄ちゃんとあたしだけ」



 こくん。


 よしよし、今度は理解できたっぽい。……と思ったら、女の子はぴくっと反応して、ちょこんと姿勢を正した。


「ご主人さまは、未成年と判定されました」


 ん?


「危機対応プロトコル第1条により、非常時の連絡先を登録してください」


 んん?


「1件以上の記録が、推奨されています」


 ちょっと、矢継ぎ早に言われても。
言い方も、どことなく説明書の音読って感じで、じわっとくる。


 とりあえず、保護者の連絡先を教えてってこと、なんだよね?


「うーん……じゃあ、お兄ちゃんの番号でいいや。えっと、太陽の陽に、桃太郎の太で陽太ようた。大学二年生で十九歳。まぁ、年齢だけはちゃんと大人だから」


「陽太さま、了解しました。ご家族の、お兄さまですね」


「うん」



「電話番号をどうぞ」


 そうして、さらっとお兄ちゃんの電話番号を教えた。ついでに、どんな人物か教えておくか。
この子もこれから家にいるんだし、いやでも関わることになるんだし。


「お兄ちゃんは、えらそうにするかもだけど、まあ、話は聞いてあげてね」


 ……あれ。女の子、ぴたりと動かなくなった。ま、いっか。少々ラグがあるだけ、ってことにしておこう。


「で、お兄ちゃん、ガラクタ車が好きなの。それが原因で、彼女と──」


 と言いながら、ついでに「はるかさん」の話までペラペラ話してしまった。


 情報量が多かった? 女の子、フリーズしたままだ。それとも……名前で呼んであげないと動かない系? 古いし、ありえそう。


「きみの名前は……とりあえず、こていちゃん」


 パッと思いつかなかったから、固定型のをつけただけ。
この先、もっといいのが思いついたら、変えればいいし。


 そうだ、あと、この子にお願いしなきゃいけないたいせつなことを言い忘れてた。


「で、こていちゃんには、毎日三食のごはんを作るのと、掃除洗濯をやってほしいの。アレルギーとかはないけど、嫌いなものはね──」


 と話している途中で、こていちゃんが、いきなり動き出した。


 

 え? なんだか泣きそうな顔をしてるけど……。


 目はうるんで見えて、髪の先がぴこぴこ光っていた。
反応しているのはわかるけど、ちょっと様子が変。


「夏帆さま……わたし、実は……料理と家事、できません」


「へ?」


「プログラムで、できないように……なっているんです」


「うそ……でしょ? 古くたって、基礎的なことはできるって……」


「もうしわけ、ありません……」


 まさかの、できません宣言。
よりによって、家事と料理のために買ったAIなのに……!


「ええええええええええ!」


 あたしのどよめきは、家中に響きわたった。

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