こていちゃんと夏のあいだ
鳩太
第1話
あたしは今、秋葉原の電気屋にいる。 お父さんとお母さん、それにふだん絶対ついてこないお兄ちゃんまでいっしょに。
お目当ては、人型AI。家事とか料理をこなしてくれる、アシスタントタイプのやつだ。
七月から二ヶ月、お父さんがアメリカに出張することになって、それに「私もついて行くわ」って、お母さんまで行っちゃうことに。
お母さんは、家事が趣味っていう今どきめずらしい人だ。 「AIよりあたしのほうが早いのよ〜」なんて笑いながら、毎日キッチンに立っている。
お母さんがいるだけで、家の中は不思議なくらいにきれいになる。 そのおかげ(というか、せい?)で、あたしとお兄ちゃんは見事なまでに家事ができない。 あたしはまだ十三歳。でもお兄ちゃん、十九だよ? それで同レベルってどうなの。
そんなわけで、あたしたちは今、AIに頼ろうとしている。
お母さんの代わり……ううん、「代わりの代わり」くらいにはなってほしくて。
「おっ、見えたぞ」
お父さんが、ガラス越しの展示スペースを指さす。
シャツにカーディガン、くるぶし丈のパンツに、涼しげなワンピース。 どれも、駅ビルのユニクロに並んでそうな、いかにもなスタイルだ。
だけど、マネキンじゃない。 こっちを見て笑ったり、うなずいたりしてくる。みんなAI。 「こんにちは」ってあちこちから声がして、手を振ってくるのまでいる。
まばたきのタイミングとか、首のかしげ方とか──やけにリアル。
でも、なんか全部おんなじに見える。
「えっ、こんなにするの?」
お母さんが値札を見て、目を細める。 いちばん安いので、二ヶ月レンタル五十万円。
「まあ、クラウド型だからな」
お兄ちゃんが、なぜか腕を組んで得意そうに言う。 AIに疎いお母さんは、首をかしげて「どういうこと?」と聞き返した。
「脳みそがクラウドってこと。処理は全部、ネットの向こうでやってて、こいつらはインターフェースにすぎないんだよ。学習精度も高いし、アップデートも即時対応。これで二ヶ月五十万なら、むしろコスパいい方でしょ」
「
お母さんが、にこにこしながら言った。 (たぶん、半分もわかってない。……まあ、わかんないよね。お兄ちゃんの説明、めっちゃわかりにくいもん。)
お兄ちゃんは、少し気まずそうに「まあ、そんなもん」とだけ言って、そっぽを向いた。
「どれが料理うまいんだ?」
お父さんがつぶやくと、ワンピース姿の女性型AIがすっと一歩前に出た。
「私が得意です。冷蔵庫の在庫管理と連動し、献立の提案から調理まで対応可能です」
「ほう。ワインのつまみもいける?」
「はい。アルコールに合う軽食や前菜メニューのご提案が可能です。ご希望の銘柄があれば、それに合わせて最適化も行います」
「あなたのためじゃないのよ」
お母さんがあきれたように言う。
「掃除もできるの?」
今度はお母さんがたずねると、カーディガンを着た男性型AIが、隣の列から一歩前に出た。
「清掃、洗濯、水まわりの作業にも対応しております。耐水性・耐熱性を備えており、当モデルは水深十メートルまでの水中作業に対応。緊急時の救助補助機能も搭載されています」
「へぇ〜、なんでもできるのね」
「どのメーカーのも似たり寄ったりだから、『うちの強みはここです』って、やたら言いたがるんだよな」
お兄ちゃんが、失笑まじりに言った。
ふぅん。 あたしは展示スペースに目を戻す。にこやかに立つAIたちは、何ひとつ変わらず、同じようにそこにいて、それぞれの質問にきちんと答えていた。
確かに、よくできてる。ぱっと見は人間そのもので、ほんものみたい。 でも、「ほんものみたい」ってことは、「ほんものじゃない」ってことだ。
おばあちゃんの家にあった古い漫画には、もっとちがうAIが出てきた。 ふわっとポケットから道具を出して、友達みたいに、いっしょに笑って、怒ってくれて、ちゃんと「自分で考えてる」感じがした。
あたしは、そういうのがいいなって思った。 料理も掃除もできるなら、ぜいたくなのかもしれないけど、二ヶ月もいっしょにいるんだし。 ただ便利なだけじゃない子がいい。
「
「えっ? えーっと……みんなすごいけど、なんか……よくわかんない」
何も言ってないのに、なんでバレるんだろ。
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