第2話
他の電気屋も見てみよう、ということになった。 駅前のメインストリートは、土曜日のせいか人であふれている。
「裏通りを通れば、目的地まで徒歩三分短縮できます。進行方向、次の角を右です」
お父さんのスマホから、アシスタントの声がする。
「だってさ」
お父さんはスマホを片手に、迷いもせず角を曲がった。
その先は、音がふっと静まる場所だった。 ビルのすき間に、うす暗い路地がのびている。
入り口には、マジックで書かれた大きな看板。
【人型AI 売ってます。激安税込 二十万円!】
二十万円……? めっちゃ安い。
「あら、二十万円だって」
お母さんの目にも止まったみたい。
「ガラクタか詐欺、どっちかだよ」
お兄ちゃんが、冷めた声で言った。なんでも否定から入るその感じ、ほんと嫌。 あたしは、お母さんに乗っかることにした。
「でもこれ、三十万円も得するよ? お母さん、エステ代にしなよ」
「いいこと言うね、夏帆は」
「はぁっ?」と、お兄ちゃん。
「えっ、父さんにはくれないの?」と、がっかりするお父さん。
お母さんは、やけにノリノリで、ひとりで入っていってしまった。 あたしも、そのままついて行く。
雑居ビルの中のお店に入ると、くたびれたパーカーを着たおじさんが立っていた。
「いらっしゃいませ」
どうやら店員さんらしい。 髪はぼさぼさで、目が「へ」の字。お父さんよりちょっと上くらいに見えるおじさんだ。
店の中は、ごちゃごちゃ。配線、古いパソコンのパーツ、よくわからない機械でいっぱい。
「こんにちは。あの、二十万円でAIが売ってるって……」
「はい、そりゃもちろん」
おじさんはにやにや笑いながら、「これです」と言って、ごちゃごちゃの奥にあるカプセルを指さした。 人ひとりがすっぽり入るくらいの、大きなケース。
あたしは足元をごちゃごちゃ踏まないように気をつけながら近づいた。 透明なケースの向こうには、仰向けで目を閉じる女の子のAIがいた。
「……かわいい」
思わず、声に出ていた。
「かわいいねぇ。人間みたいね。こんなところで寝ているなんて、かわいそうだわ」
お母さんが、いつもの天然っぽい口調で、さらっと毒を吐いた。
「そうでしょうそうでしょう。今ならなんと二十万で、ガラクタの海から連れてってやれますよ」
けらけら笑うおじさんをよそに、あたしはカプセルの中の女の子が気になってしかたがなかった。
やがて、お父さんとお兄ちゃんがやってくる。
「おっ、これは一体」
「あなた、見て。この子、二十万円よ。さっきのお店にいたAIより、かわいいわ」
あたしはしゃがみこんで、じっとケースの中をのぞきこむ。
背丈は、あたしより十センチくらい高そう。たぶん、百六十センチくらい。 すらっとしていて、きゃしゃで、守ってあげたくなるような子だった。
髪はセミロング。きらきらした黒髪で、日本人っぽい。 色白で、まつ毛が長くて、鼻が高くて、口は小さくて――まるでお姫様みたい。
この子……AIなの? 「ほんものみたい」じゃなくて、「ほんもの」じゃん。
「それ、固定型だよな」
お兄ちゃんの声に、びくっとした。切れ長の目を細めて、腕を組んだまま、女の子をじっと睨んでいる。
「え……あ、はい。そりゃ、クラウド型を買うとなると、最低でも五十倍はお値段がいりますので……いや、しかしお客様、固定型でもそれなりには……」
おじさんが、しどろもどろになりながら口を動かす。
「固定型って何かしら?」
お母さんがつぶやいた。
お父さんが「ああ、それはね」と言いかけた、その上から──お兄ちゃんが、かぶせ気味に口を挟んだ。
「クラウド非対応。さっきのAIたちとは真逆。ネットにつながってないから、自分の中に入ってる古いデータだけで動くタイプってこと。アップデートもできない」
「難しいわね……」
「わかりやすく言えば、最新のスマホがあるのに、電波もWi-Fiも使えない大昔の電子辞書で調べものしてるようなもん。その辞書の中身も古いままで、完全に時代遅れの骨董品。使いものにならないってことだよ」
「そうなのね。かわいいのに、残念ね」
お兄ちゃんの偏った説明を、お母さんはそのまま信じてしまう。あたしは、八割くらい「この子がいい」と思っていたので、その言い方がむかついて、立ち上がってお兄ちゃんを睨んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます