【第2話】 炭焼き小屋の兄妹 その1
その日は5月の土曜日でどこかに出かけるには絶好の天気だった。久しぶりに友人とその知人でキャンプをすることになり、二日分のキャンプ道具と食料を準備していたが、朝になって友人達が来れなくなった。面識のないその知人と行くわけにもいかず、キャンプはあえなく中止になった。車にはキャンプ道具一式を載せたままだったし、食料もある。片付けをする気にもなれず、そのままソロキャンプで秩父の方に行くことにした。
季節は初夏。遠くの山々の緑は鮮やかで、田植えの終わった田んぼと、そこに映り込む青空、これぞ日本の原風景と言える田舎の景色、、、、、
”あれが日本の見納めになるとは。”
道路が山あいになり、左右には、規則正しく植林された杉の木が迫り、急にあたりが暗くなった。周りの樹々だけの影響ではない。さっきまで晴れてた空がどんどん暗くなった。嵐でも来るのだろうか?予報は晴れだったのに。すると、視線の先の道路上に毛布の様なものが見えた。上手く避ける事ができるだろうか、と考えていると、それは鹿だった。
鹿は、驚いたのかじっとこちらを見たまま固まっている。ブレーキを踏んで、ハンドルを左に切った瞬間、鹿は高く跳ね上がった。フロントウィンドウの上に消える鹿と目があった。ふわっと身体が浮いた、しまった!やってくる、大きな衝撃にそなえ身体が硬直して身構える、そして、、、、、
どのくらい経ったのか、強く瞑ったままの目を少しづつ開ける。手が何かに触れている。目を開けると、、、ハンドルだ。どうやら、同じ姿勢で、まだ車内にいるようだ。大きな息を吐き、硬く強張った体が緩んでいく。燃えてもいないし、逆さまでもない。少し右に傾いているだけだ。
目が慣れると、前方は草や木の枝で埋まっている。大木や斜面に激突というわけではないようだ。
「車は傷だらけだろうな。保険効くのかな。」とりあえず無事とわかると、保険屋、ロードサービス、煩雑な作業を思って、うんざりしてしまう。
「助かったんだ。まあ、神様に感謝しよう。」
ゆっくり身体を動かしたが、痛みや違和感はない。車内も特に損傷はない、後ろのキャンプ道具も荷崩れしていない。ガソリンの匂いもしないから、爆発という事もないだろう。ドアを開けて斜面に転がり出ないよう注意して出る。寒い。
あのカーブのガードレールにぶつかるまでは覚えて、、、いや、ぶつかってないか、飛び越えたのか?ええと、鹿と目が合った所までは覚えていたが、その後は斜面に乗り上げた?いや、ちゃんと植林して等間隔に綺麗に並んだ杉林という雰囲気でなく、何だか鬱蒼とした場所に車はあった。
見渡したところ、道路やガードレールなど見えず、意識が飛んでる間に、遠くまで走って来たのだろうか。それにしてはタイヤ跡が無い。前後左右草むらに埋まっている。空から落ちて来たのだろうか?
スマホは圏外だ。とりあえず、厚着して、リュックと貴重品だけを持って山を降りることにした。一度、振り返ってみると、車は藪に埋もれていて見失いそうな気がした。車に戻り、ガムテープを取り出し、途中、目立つところに目印として貼ることにした。熊よけ鈴、水、お菓子、他にも必要と思われるものをリュックに移し、再度出発する。
あたりは薄暗い。しばらく歩くが、やはり、運転していた時見てたきれいに植林された杉ではなく、広葉樹というのだろうか?そういった森が続く。ジャングルというほどでは無いが、1メートルくらいの丈の草むらをかき分けて進む。
程なく、何かが焼けた匂いがした。少し先で樹々が途切れ、開けた場所がある。小屋らしきモノも幾つかある。どこかのキャンプ場だろうか?いや、小屋はキャンプによくある炊事場ではなく、小さなログハウスのようだ。近づくと 平板で作られた隙間だらけの背の低い物置きのようだった。似たような小屋や、布かむしろのようなもので覆われた薪の山がいくつもあった。地面は黒ずんでいたり、木切れが散らばって、ちゃんと整備されたキャンプ場ではなく、人が何年も住んでいろんなモノが染み込んだ土という感じだった。山奥で、自給自足している変人でもいるのか?いや、もしも、やばい連中が住んでたら、ホームレスならともかく、指名手配中の逃亡犯、長年潜伏中のテロリスト?、、、、急に背後や物陰が気になり、片手でリュックの横のポケットの刃物を探った。と言っても果物ナイフだが。
その後も注意して見ると、あちこちにある地面の黒ずみは炭が踏みつけられてできたものだった。細かく砕かれた炭が混じっている。そして、黒ずみと違う跡が点々と、、、明らかに血の跡だった。
その跡は、一つの小屋の中に続いた。
今にも壊れそうな木の戸板は半分開いていた。そっと中を覗く。
ヒッ。
中から、人が驚いた時に発するような声と、ギシッという音がした。後ずさりし、ナイフを取り出す。何も起きない。強く握ったナイフを見て、これじゃ友好的じゃないと思い直し、ポケットにしまう。そして、再度近寄る。
中から、人が飛び出してくる様子も無く、熊とか、野犬とか、野生動物の出てくる気配も無い。ひたすら存在を消すように静かだ。
いつでも逃げれるようにして覗き込む。暗闇に目が慣れてくる。壁には、何かが沢山ぶら下がっている。枯れた植物の束、ドライフラワーのようなモノがある。農具のようなモノ、大量の薪が所狭しとある。僅かに段があり、その奥の暗がりに何かある。
さっきから冷たい冷気の中、強い匂いがしてくる。何かが腐ったような、糞尿のような刺激臭もある。
人だ。人が横たわっている。横にも一体、寝かせてある。薄い布が被せてある。顔は髭に覆われ、口が大きく開かれたまま、目は閉じている。奥側の一体はよく見えない。そして、その足もとの壁際に微かに動く何かがいる。それは、、、、(つづく)
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