全能の塔 -tell me who are you this time-

仲乃將俊 NakanoTakatoshi

【第1話】 宿場町モヴェ その1

 朝、ドレオの村を出発した頃は涼しかったが、陽がのぼり。どんどん暑くなってきた。

 道は起伏がなくなり、平坦になった。周りの樹々はまばらになり、街道に出た。お腹も減ってきて、何か食べたくなってきた。この街道をそのまま行くと昼前には最初の宿場町モヴェに着く。そこで、商人オドボウルの息子ザウの隊商と落ち会う約束をしている。その後は一緒に都市オゴメフザを目指すことになる。

 今、私の両脇には二人の子供が歩いている。10歳くらいの兄妹だ。詳しい年齢はいまだにわからない。というより、何人か分からない。南アジアから中東のようだが、テレビやネットで見た感じとも違うように見える。妹のレイサは私が教えた日本の歌を次々唄い楽しそうに歩いている。兄のトルウは、次から次に質問攻め、日本語とこの世界の言葉を使って話す。私と話す時は日本語の方が多い。カタコトの話し方になる。

 「これ、なに、むし、しっぽー、ながいー」トルウが、また何か掴んで持ってきた。

10センチくらいの灰色で茶色の斑点模様のあるトカゲだ。

「毒持っているかもしれないから、触らないの!」

「ドク?、ドク?、毒!だいじょうぶ、だいじょうぶ」トルウが尻尾を持って振り回すと、トカゲは飛び、脇道に消えていった。ハハハ、ちぎれて指先で揺れている尻尾を見てトルウは笑っている。この辺は、私も初めてで、知らない虫、植物もあるだろう。植生は日本のものとはだいぶん違うが異世界の生物っていう突飛なモノには、いまだ出くわしていない。


 道は少しづつ広がり、いつの間にか四っつの轍がきれいにできている。これなら大きな荷車もすれ違うことができる。時折り、荷馬車とすれ違ったり、早馬か伝馬、或いは軍馬と思われる騎馬が脇を駆け抜けて行った。轍の出来具合からして交通量がそこそこ多く、人や物資の往来が多いことがわかる。広範囲の商取引き、人の行き来が発展している世界と言う認識で合っているだろう、とあれこれ考えながら、注意深く周りを観察してみる。そして、何度も何度も繰り返してきた疑問が頭に浮かぶ。


 ”ここは、異世界なのだろうか?それとも別の時代の世界なのだろうか?”


 少し休憩をとり、オドの村の生活であれこれ世話をしてもらったボーレェ夫婦がくれた木の実の団子を食べ終え、再び街道を進んでいった。

 「うた、おしえて、うた、あるこー、あるこー」

 妹のレイサが、この前教えた歌をせがんでくる。親を失った兄妹を元気付けようと、色々日本の歌を教えたら、妹の方がどんどん覚えていった。妹は耳から日本語を覚えていった。その後は意味も知りたがり、モノ、色、生き物、植物の説明をしてやった、愛とか友情とか抽象的な言葉はうまく説明できなかったが、私の発音を真似て、日本語をどんどん吸収していった。そして簡単な会話を使うようになってくれた。元々、山奥で家族だけの生活で使われていた日常語は、そレほど多くなかったのだろう。兄妹は私と一緒に生活するようになって、より多くの表現を日本語でするようになっていた。

 私は、ジブリの歌を教えながら歩いた。「わたしは〜げんきぃ〜〜」

 「げんきぃ〜〜、げんきぃ〜〜、げんきい、何?」 

 街道は、ひたすら荒野の中を進む。


 遠くに僅かだが、やっと建物らしきモノが見えてきた。

街道脇は、でこぼこした砂礫混じりの枯れた土地のところどころに低い植物の茂みがある。大雨の時に運ばれてきたのか大きな岩塊もある。空は晴れ、遠くに山並みがあり、一番奥は頂上に雪を冠した山脈らしきものもある。

 気がつくと、一人の旅人が横道から飛び出して来た。面長で、無精髭がかなり伸び、もみあげも濃い。髪は頭頂部で結い上げ団子が出来ている。そういう風俗というか、無造作に紐で縛ってある。肩には大きな荷物袋を掛けて、どこにでもありそうな服がはだけている。

 目を細め笑いながら話しかけて来た。が、聞き取れない。宿場近くで盗賊もないだろうが、辺りに仲間が居ないか目を凝らした。

 再び、男は早口で喋ったが、分からない。こういう時の常で、子供たちが私を庇うように、相手に答えて話す。

「この人 宿場 行く おなか すいた たかさん すいた」

 レイサが私にゆっくり言い直す。私は、耳が遠い振りをして、聞く。この世界の人間じゃないことを悟られないようにする子供達と決めた演技だ。

「もうすぐ 宿場だ。そこ、何か食える、ほら」

幾分、十分イントネーションで男に見えるように、遠く宿場を指差す。

「あれ、ほんとだ、もうここまで来てたのか。それじゃ、さっさと行きますか。」

とぼけた声でさっさと歩きだす。振り返りながら、何やら子供たちに話しかけ、笑わせている。自分も仲間だと言わんばかりだ。

 私は、それでも辺りに目を配ったが、それ以上のことは起こらなかった。


”旅の仲間って奴なのだろうか?”


 昼頃、ようやく宿場町モヴェに着いた。

 近づくと、検問所があり、二人の衛兵が立っていた。服は、我々と同じ麻の筒型、袖は短めで膝丈のズボン、サンダルを皮紐で足に巻き付けている。そして、てっぺんに小さい槍の穂先がついた兜と革製の胸あてを身につけている。顔は日焼けしているが、これまで見た人と同じ南アジア人という感じだ。ここは他国者、逃亡犯を熱心に探していると言うより、通行税を取るのが第一の目的のようだ。あらかじめオドボウルさんに渡されていた通行証を見せ、貨幣を渡すと、柵の隙間にさっさと追い立てられた。二人とも汗だくで詰所に戻っていった。

 柵を越えると数歩も行かないうちに、ボロボロの服を着た子供が飛んできて、何やら早口で話し、手を引こうとする。トルウとレイサが追っ払おうとするが、二人には見向きもせずにぐいぐい引っ張っていく。

 「ダメダメ、行き先は決まってるんだ。とぐーさという宿だ。」

と手を振りほどこうとすると子供は、振り向き、

「とぐーさと?ドグザ#%$&((%##=#、$’(’&%&、、、、、、、、、、、」と顔を輝かして言った。ちゃんと聞き取れていない私にレイサが通訳する。

「ドグザ 宿 連れていく。この子。人 商人 待っている。わたしたち 連れていく」

子供は、駆け出し、早く来いと手招きした。

 通りを進むと数十件、木造の家が広い道の両側に並んで立っている。家の作りは単純で、建物の前に馬や荷馬車を繋いでおく場所があり通りの中央には、屋台のようなものが並んでいる。商品が並んだ台のようなものもあり、ここで簡単な市も開けるようだ。町の作りは西部劇の街のようで、広い通りの両側にヨーロッパ風の家がずらっと並んでいる。馬小屋のような家や、屋根だけの、荷馬車置き場のようなものがある。


 そういえば、宿場町直前で会った男はいつの間にか姿を消していた。素性はおろか名前すら聞かなかった 


 一軒の宿屋に着いた。

 子供は誰かに駄賃をもらったようで、どこかへ駆けて行った。

 宿の前には、オドボウルの息子ザウが立っていた。

「兄弟、二日待った。十分 休息した。明日、出発する。十日かかる。今夜 しっかり食べよう。」歳は30くらい、背は私と同じくらいで痩せている。髭と日焼けした顔が精悍で、さながらハリウッドスターのようだ。さまざまな土地に行き、多くの人と交わっているせいか、思慮深く、今の所、この世界で一番信頼がおける人物だ。

 最初に会ったのは1年前、ドレオの村にいる時だった。ドレオの村で作る炭や小麦、豆を買いに来るのがオドボウルの隊商で、食料、家畜、日用品とお金に換えていく。私が村人と一緒に新しく作ったカゴやザルを直々に見にきたのが、息子のザウだった。私はそれまで買い叩かれていた村の交渉ごとも引き受けて、幾分か有利な取引を成立させていた。最初は、そのことで、余計な問題を引き起こしたと思っていたが、私が他所者だという警戒心より、他所者が持つ商機に好奇心を持っての訪問だったようだ。それからは村の産品の改良や、新しい日用品の製作、必要な材料等の話をした。ザウとは商売で繋がったが、ザウの見識は高く、この世界の構造を聞き出すには、うってつけの人物だった。この未知なる世界、、、、、、


 その話をする前に、私がここにきた時の話をしよう。(つづく)







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