第26話


「これが馬か」


 ケイブ子爵の屋敷の庭で。一頭の馬を前にヴィルトがそう呟いた。

 質の良い馬だ。程よい筋肉が付いており、毛並みも揃えられているのか美しい。


「うちで飼ってる馬だ。どうだ、いい馬だろう?」

「馬の違いなどわからん」


 ヴィルトにとって馬も人も大差ない存在だ。

 精々が人が良く乗ってる動物だな、程度にしか認識してない動物である。

 それに自分が乗るとは奇妙な事もあるモノだ、とは思うが。


「で、どう乗るんだ?」

「……お前遠慮とか知らねーんだな。まぁいいけど。やって見せるから見て見ろ」


 ケイブがよっと馬の鞍に足をのせて馬に乗る。


「と、こんな感じだ。進む際は……」

「ふむふむ」


 一通りケイブはヴィルトに馬の扱い方を教える。

 本来子爵がするようなことではないのにするのはケイブの人の良さだろう。


 ある程度教えられたヴィルトはケイブの「やってみろ」という言葉に従って実際にやって見せる。


 馬に乗り、背筋を立てる。


(おお、視線が高いな)


 本来の姿とは毛ほども違うが、それでも何時もとは違う視線の高さに謎に感動しながら次の動きをする。

 歩き、走り、走り辞め。一通り動き回りケイブとソフィラの元に戻る。

 そして降りると景気よくブイサインをする。


「……完璧じゃないか。教える必要あったのか、これ?」

「うーん。僕もここまで出来るとは思ってなかったね」


 たはー、とソフィラは笑顔になる。

 これにはヴィルトの記憶力の良さと身体能力の高さが原因だ。

 馬がどう動こうが揺るがぬ体幹を持つヴィルトは多少の事は身体能力でどうにか出来る。

 それと馬の良さもあるだろう。よく躾けられ訓練された馬を使ってるのも大きい。


「ま、実際パレードの時は馬に乗って歩いてもらうだけだから、それだけ出来れば大丈夫だよ」

「そうか……まぁ、やる事はこれで終わりか」

「もっと練習しなくていいのか?」

「いや、馬に乗って進むだけだからね。最低限それだけできればいいんだ。逆にそれ以上出来ても困るし……」


 そう色々と話す二人を尻目にヴィルトは馬から降りる。


「ふむ。今日の予定はこれで終わりか?」

「うん。まぁ馬に乗る練習するだけだからね」

「じゃあ帰るか。帰ってTRPGをしたいのだ!」


 おおーとヴィルトは手をあげ主張する。


「そっか、じゃあもう帰るとしようか」


 時刻や昼の三時過ぎである。


「ん、帰るのか? 茶ぐらいは出すが」


 ケイブは何でもない事のように切り出す。


「いや、別にいい。帰ってコーヒーでも飲む」


 ヴィルトの返答にケイブは「そっか」と返す。


「じゃあ、またな。多分パーティでも会う事になると思うからそん時はよろしくな」

「ん、わかった。ではな、ケイブ!」


 それじゃあ、とヴィルトとソフィラは手を振り屋敷から出ていく。

 ケイブもまた、手を振り返すのだった。


 ■


 王都近郊の森。

 ヴィルトが倒したジャガーノートの死体の近くに、統一された集団が居た。

 全身鎧を着た者達であり、胸のフルプレートにはピッポグリフが描かれている。

 数は二十人程。彼らはゼーティ王国の騎士団だ。


 この国では騎士というのは各領主が持つ戦力だ。

 国その物が保有する軍事力というのはまずなく、この騎士団も王家が所有する戦力となる。

 他国との戦争等の際には各貴族家の騎士団を束ねる形になる。


 だが戦力的な意味では王家の騎士団が最も強い。

 この世界は個の戦力が他を圧倒する事がままある。魔竜ジャガーノートのように騎士団を滅ぼす存在なども多数存在する。


 その為に騎士団団長ヴォルフ・リッターもまた現王国最強の存在だ。

 その戦闘力は王国騎士団全てに匹敵すると言われており、事実それは正しい。


 そんな彼女は、巨大な死体を前に呆気に取られていた。


「……これが魔竜ジャガーノート、か」


 ポツリと、含みを持たせて呟いた。

 ヴォルフは前のようにラフな格好ではなく鎧を纏っている。

 とは言っても軽装鎧だ。胸当てに膝当てに篭手を付けた動きやすさを重視した装備である。

 背には身の丈ほどもある大剣を背負っている。


(前騎士団長を殺した怨敵……まさか、一介の冒険者に倒されるとは、な)


「……本当にこんな怪物を倒した奴がいるんですね……」


 ジャガーノートの死体はでかい。

 頭部だけでもメートル単位であり、五メートルはあるだろう。

 丁度良くヴィルトが斬り落としている為に逆にわかりやすくなってしまっている。


「団長。これほど大きいと運搬は難しいかと……」


 ジャガーノートの死体は大きい。

 普通の馬車には乗らないサイズだ。何せ四十メートルもある。

 騎士団だってこういった巨大な魔物を運搬するようの馬車を持っているが、それでも規格外にも程がある。


「急ピッチで馬車を用意させて頭部を運べるか、てところですね」


 騎士の一人がヴォルフにそう提言する。


「わかりました。まずはこの森にベースキャンプを作りましょう。その後馬車が通れる道を作るか……いや。数人で浮かばせて運んだ方が良さそうですね」

「わかりました、団長」


 取り合えず人が活動できる場所を用意しておこう、と各々行動に移るのだった。




 それから、一週間が経った。

 ヴィルト達は暇なのでTPRGしたりトランプのゲームに興じたり、魔物退治の依頼を受けるなどをして一週間を過ごした。

 そして、パレードが始まる。

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