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雨は止んでいたが、街はまだ濡れていた。
石畳に残る水たまりが、白熱灯の光をぼんやりと反射している。
「黄泉ノ彼岸」と書かれた葬儀店の看板が、静かな住宅街の一角に佇んでいた。
人通りはほとんどなく、店の周囲には静寂が漂っている。
棺は店の前で足を止めた。
雨で濡れたシャツが肌に張り付いているのを気にしながら、店の扉を押し開ける。
店内は薄暗く、奥の部屋からかすかな灯りが漏れていた。
黄泉が先に進み、棺はその後を追う。
奥の部屋には白い布に包まれた遺体が横たわっていた。
その周囲には、葬儀の準備に使われる道具が整然と並んでいる。
黄泉は遺体の横に立ち、手際よく化粧道具を取り出した。
棺はその隣で、慣れない手付きで化粧用のスポンジを握りしめている。
「まだ一人で仕事任すのは早かったみたいだねぇ」
黄泉が軽く笑いながら言った。
棺は眉をひそめ、スポンジを動かす手を止めた。
「俺のせいで…あの人……彼岸に渡れなかったの?」
黄泉は肩をすくめた。
「仕方ないさ。俺だって毎回送れるわけじゃないし」
棺は黄泉の言葉に驚いたように顔を上げた。
「そうなの?…でも、黄泉はいっつも余裕そうだし……」
黄泉は遺体の顔に化粧を施しながら、ふっと息を吐いた。
「余裕に見えるだけさ。ほら、次は俺がお前のサポートするよ」
棺は戸惑いながらスポンジを置いた。
「えっ…?って……この人の?」
黄泉は遺体の横に立ち、白い布を少しだけめくった。
台の上に横たわるのは鋼田走。
バス運転手だった男の顔は静かに眠っているようだった。
棺はその顔を見下ろし、深く息を吐いた。
黄泉は棺の肩を軽く叩き、にやりと笑った。
「ほら、行こうぜ」
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