王都潜入

 どちらから潜入にするにしても、クロが言った通り勝利条件敗北条件を定義付けしないことには話にならないと、一旦アンネとイリスから話を聞き出さないといけなかった。


「まず神殿側の使者が到着するのが七日後。それまでに陛下たちを救出しないことには、完全に宰相に国を乗っ取られると」

「はい」

「……本当ならば、今から神殿に宰相の王位継承の異議申し立てをできればいいのですが、今からではまず殿下たちの処刑に間に合いませんね」

「……はいっ」


 アンネが悔しそうに唇を噛み締める中、イリスは凜々しく尋ねる。


「神殿側を止めるということは、できないのでしょうか?」

「使者にお帰り願うってことですか?」

「はい……時間が稼げれば、父上や兄上を救出することもできるのではないかと思うのですが……」


 コンスタンスはクロとベルンのほうに振り返る。

 クロはそれに少し困った顔をしてみせた。


「……難しい問題ですね。立場上は中立の立場を取っている神殿ですから、正攻法で足止めは難しいと思います。たしかに寄付金を積み上げれば神殿は話を通してくれる場合もありますが……今回の使者は本部からです。本部がそう易々と寄付金で動きを止めてくれるでしょうか?」


 神殿が癒着と賄賂でギトギトになっているのは知っているものの、それはあくまで国内に存在するような小さな神殿の場合。

 大量の貴族王族を預かって行儀見習いの躾を行う神殿は、そう簡単に賄賂に屈することがない。

 クロの言葉に、ベルンは「んーんーんーんー……」と喉を鳴らした。


「たしかに、正攻法だったら、本部の神官の足止めは難しいが」

「そうでしょう」

「……本部から出向している神官に足止めを頼むのはいけるかもしれない。どうでしょうか、姫様?」


 そうベルンに尋ねられて、コンスタンスははっとした。


「……ヴァルナル神官様! クロ、鳥を飛ばしていただいてもよろしいですか?」

「……たしかにそれならば、なんとかいけるかもわかりません。かしこまりました」


 クロはコンスタンスに言われるがままに手紙を書くと、それを鳥の足に括り付けて飛ばした。それを見届けてから「さて」と言う。


「我々の完全勝利条件としては、宰相を拘束の上で陛下たちの救出となりますが……」

「……下水道は宮廷魔道士たちがばら撒いたゴーレムが多数います。あれを撒いて王都に入るには……僕たちは運がよく助けていただいたので助かりましたが……同じ手が通用するとは思えません」

「だとしたら、水門……宮廷魔道士たちの本拠地からの潜入となりますわねえ。ですけど……これどうやってドナは調査できたのでしょうか?」


 コンスタンスの言葉に、クロははっとした。


「……ドナシアンは、宮廷魔道士たちをどうやって撒いて、潜入方法調査に漕ぎ着けたのか……しかも二カ所特定して」

「ドナが使える魔法はあくまで攪乱や幻覚程度で、ゴーレムのカメラを誤魔化せるとは思わないのですけど……」


 全員でその問題に悩んでいる中、イリスは尋ねた。


「あのう、もしかして。その方はアルベーク王国の方……ですか?」

「はい。わたくしたちのお手伝いをしてくださっています」

「密偵の方が潜入ってことは、魔法石を攪乱させる装置を持っていたのかもしれません」

「魔法石……攪乱? そのようなことができるのですか?」


 そもそもアルベーク王国は魔法に特化した研究は進んでいても、魔科学特化のバルテルス王国のように、魔法石の研究はそこまで着手していない。

 コンスタンスの不思議そうな顔に、アンネもはっとして、男装していた服にかけていた鞄の中身を引っ繰り返す。


「あった……! 城壁付近の高見台付近に、魔科学研究の際、魔法石が暴走したときの対策として、攪乱装置が隠されているはずなんです!」


 アンネが持っていたのは、どう見ても鍵だった。


「要はその高見台に出向けばいいのですね。でも困りましたね……高見台でしたら、見張りの方がいらっしゃいます。近衛騎士団の内、イクセルさんのところの方々とは話を付けましたが、他の方々とはお話は……」

「……僕たちは戦闘手段がありません。ですが、彼らと話を付けるのは僕の仕事だと思います。そこまで護衛をしてくださったら……本当に不甲斐なく、守ってもらってばかりで申し訳ありません」


 そう頭を下げて謝るイリスに、コンスタンスはオロオロとする。好きな人の弟なのだから、そこまでかしこまられても困る上。


(……イリス様は、本当にお優しい方……殿下も、このような方なんでしょうか……)


 手紙しかかわしたことのない婚約者について思いを馳せつつ、コンスタンスはふわりと笑った。


「お任せくださいませ。わたくしもただ、召喚術くらいしか心得がありませんが、おふたりのことは必ずお守りします。クロ、ベルン。どうぞよろしくお願いしますね」

「かしこまりました、姫様」

「はいはい」


 こうして、一旦一行は魔法石の攪乱装置を手に入れるべく、高見台へと急ぐのだった。


****


 本来、正門は人通りが多く、近衛騎士団の検閲はあれども、賑やかで騒がしい王都の花形なのだが。

 今は閑散としていて、人が門番しかおらず、寒々しいことこの上なかった。

 高見台にいるのは、やる気を失ってしまった近衛騎士たちであった。


「自分たち、本当に必要なのか?」

「ああ……宮廷魔道士たちが研究してるっていう、あれやそれ?」


 彼らからしてみれば、宰相のことは胡散臭い上に、宮廷魔道士たちが王都の民を使って好き勝手に実験をはじめたことが我慢ならないことだったが。

 彼らの背後にいる古代兵器。あれは正攻法で傷を付けられるものではなかった。古代兵器に使われているレアメタルは、現代の金属だと破壊できるものではなく、レアメタルにはレアメタル、古代兵器には古代兵器でなかったら対抗できない代物だった。

 王族たちは幽閉され、今はどこにいるのか近衛騎士団の面々すら知らない。貴族たちは我先にと王都を離れて自分たちの領地に篭もってしまったから話にならない。心ある貴族たちは、どうにかして幽閉された王族たちを救出しようとしたが、神殿により心ある貴族たちは領地や爵位を剥奪された末に放逐され、代わりに毒にも薬にもならないどころか、毒にしかならない馬鹿息子たちが悪徳領主として宛がわれた。

 こんな滅茶苦茶なことをしていたら、知識があり、志がある者でも、少しずつ、本当に少しずつ心が削れていって、最終的に全てにおいてどうでもいいと言う風になりかねない。

 近衛騎士団はまさに、今は全てにおいてどうでもよくなってしまった組織であった。

 人間が勝つことができない兵器を弄び、人間の命をマナの代わりに使って研究解体する組織。そしてそれらに魅入られてしまったがために、宮廷魔道士たちの横暴さを黙認し、この国の玉座をかすめ取ろうとする宰相。

 どう考えても屠らなければいけない存在だが、誰も勝てないため、なかったことにし、自分の順番が来るまで享楽的に生きよう。志を腐らせながら、そう思っていたのだが。

 ドシーンドシーン……。

 足音を耳にし、彼らは目を疑った。

 どう見ても、古代兵器が女子供を乗せて歩いてきたのである。


「なっ、なんだ……!?」

「古代兵器!? だが……宮廷魔道士どもが持っているものとはなんか違……」

「この子は白亜の守護神。わたくしの守人であり、わたくしの盾であり、わたくしの剣です。あなた方が見張り、ですわね?」

「あ、あなたは……っ!!」


 それに息を飲んだ。

 婚礼装束を身に纏い、白亜の守護神の上に乗る姿。

 ……アルベーク王国の王族であり、フレデリク殿下の元に嫁ぐ予定だった姫だとは、一目瞭然であった。


「ど、どうしてここに!? ご無事だったのですか!?」

「皆々様のおかげで、わたくしはこうしてここまで来られました。そして、おふたりを連れて参りました。はい、イリス様。お話なさってくださいまし」

「……イリス様!?」


 それに近衛騎士たちは慌てて跪いた。

 この国にはふたりの偉大な殿下がいる。

 先々まで見据える目を持つ第一王位継承者フレデリク。

 先々まで未来を読み解く頭を持つ第二王位継承者イリス。

 そのイリスは、たしかに庶民の服と遜色ない服を着ていたものの、その凜々しい眼差しは変わってはいなかった。


「今、僕たちの国は窮地に立たされています。宰相に国を盗られてしまっては、いずれ来るのは古代大戦の再現……いいえ。マナの枯渇による世界の滅亡でしょう。我々の世界は、もう古代大戦には耐えられません。それを阻止するためには、父上と兄上を救出せねばならないのです。どうか、僕たちに力を貸してはくれませんか?」

「わたくしはアルベーク王国より殿下救出に馳せ参じましたコンスタンスと申します。我が白亜の守護神により、助力いたしますわ」


 本来だったら、勝てない戦いであった。

 誰もかれもが、古代兵器には勝てないと思っていた。遺跡から発掘された古代兵器。あれはたった一機だけでも、現代魔術で生成されたゴーレム十機分の働きをするし、現代の金属ではあれに使われたレアメタルを壊すことはできない。

 なによりも古代技術の叡智の結集たる魔法石の破壊。あれができない限り、古代兵器を止めることなんて誰にもできないのだが、その希望の糸が今、垂らされた。

 魔法の研究を極め、古代兵器を召喚できるのは、アルベーク王国の王族の嗜みであった。そしてその姫君が、王族救出に助力すると言っている。

 古代兵器との戦いはアルベーク王国の姫が行ってくれるということは。彼らは本来の職務である、民と王族を守る仕事に戻れるのだ。

 矜持は破れていた。もう大義は消え失せたと思っていた。だが、今は違う。

 彼らの目に、光と誇りと恥が戻ったのだ……今の自分が恥ずかしいという羞恥心が、光と誇りと共に蘇ったのだ。


「……自分たちは、いったいなにを手伝えばよろしいのですか?」

「はい。僕たちは今から、下水道から王都に潜入します。そこから王城に入り、父上たちの救出に向かうのですが……」

「おそらくもうしばらくしたら、神殿から使者がいらっしゃいます。足止めは既に考えておりますが……それでも足止めが足りなかった場合。どうか彼らが王都に足を踏み入れるのを阻止してもらってよろしいですか?」

「そんな単純なことで……よろしいのですか?」

「はい。僕たちは宰相の悪意を引き摺り出して、神殿に引き渡さないといけません。そのためにも時間が必要なんです。それと。魔法石攪乱装置、貸してはいただけませんか?」


 頭を下げるイリスに、近衛騎士たちは顔を見合わせた。

 魔法石を攪乱させたところで、その場しのぎ。人間のお替わりが来て大丈夫なんだろうか。そう思ったが。コンスタンスはキリリと顔を引き締めた。


「大丈夫ですわ。わたくしがイリス様たちをお守りします。皆で力を合わせて、どうか国を取り戻してくださいませ。わたくしはそのお手伝いがしたいのです」


 その言葉で、腹が決まった。

 近衛騎士たちは急いで高見台を降りると、「こちらです」と案内してくれた。アンネが白亜の守護神から降りて、鍵を開けるとそれを取ってくる。

 何度も何度もお礼を言ってから、いよいよ下水道へと戻る。


「……今までさんざんしてやられましたからね」


 クロの目は怖い。


「故郷取り戻そうなんて格好いいこと言う気はないけど、やられっぱなしは性に合わないしなあ」


 ベルンは腰の剣の柄を撫でた。


「はい、参りましょう」


 こうして、下水道から王都へと潜入を試みるのだった。

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