王都潜入につき
「ハア……ハア……!!」
日頃着ているドレスは脱ぎ捨て、なんとか使用人たちの着ていたシャツとスラックスを着て走っていた。手を引いているのは、使用人たちの子の服を借り受け、顔を帽子で隠していた。
とにかく、時間が足りなかった。
「大丈夫です、アンネ。ちゃんと助けられますから」
「……殿下っ」
女に手を引かれている少年の目には叡智が宿っていた。その目を見ながら、女は息を荒げながらも頷いた。
(殿下はお守りしないと……でなかったら、陛下も……殿下も……!)
王都を脱出するに辺り、どれだけの人々が助けてくれたのかがわからない。
閉じ込められてしまい、途方に暮れている王都民。王城で処刑を待つ陛下と殿下の世話をしながら、外に助けを求めに行く際に、「弟を」と託されたのだ。
下水道を通り、なんとか王都を離れる……今は近衛騎士団は王都を離れているが、宮廷魔道士に見つかったら一貫の終わりだった。幸いにも、宮廷魔道士たちに見つかることはなかったが、彼らの操るゴーレムに何度も捕まりかけ、必死で逃げたのだ。
日付を考えれば、あと七日。あと七日で、神殿から手紙が来る……王位継承が終わってしまえば、いずれ陛下と殿下は処刑されてしまうのだから、それまでにふたりを救出しなければならなかった。
(どうか……誰か……助けて……!!)
女は必死で少年を連れて、走っていた。
****
街道を通れば、だんだんと城壁が見えてくる。
「……あそこが王都のはずですが」
そこに集まる魔力とマナを見て、コンスタンスは目を細める。コンスタンスの肩に乗っているポチは、魔力とマナの膨大さに警戒心でずっと唸り声を上げているのを、コンスタンスは頭を撫でて宥めていた。
「人通りがないだけはなく……門が閉じられていますね?」
「近衛騎士団はイクセルの指揮がまだ通じているとはいえど、宮廷魔道士たちは宰相の配下でしょうから……さしずめ今は宮廷魔道士たちの使役する魔物やらゴーレムやらが、王都内の監視を行っているということでしょうか」
「なんてことを……これでは王都の皆さんがまともに生活送れないじゃないですか……!!」
物流が止められてしまっては、元々人ばかりが集まっている王都なのだから、庭に畑を持てるような貴族でもない限りは食べ物がなくて飢え死にしかねない。王女の蔵を開け放つにしても、果たしてどれだけ持つかがわからない。
コンスタンスは憤っている中、クロは「姫様お待ちを」と鳥を手にとめた。ドナシアンからの密偵内容らしい。
「ドナシアンからです……【王都閉鎖中につき、王都に潜入するための入口はふたつのみ。一方は下水道から。もう一方は水門から】だそうです」
「水門……ですか?」
「はい。元々バルテルス王国は魔科学が発展した場であり、マナに頼らず魔力を生成する術を研究しておりまして……水門は水車を使って魔力をつくる実験場となっておりますね」
「つまりは……宮廷魔道士たちの根城から、潜入ということになりますね」
「はい。もうひとつはわかりやすいですが、市井の者たちも使う下水道がそのまま王都の外に通じているものです。本来ならば、見張りが多いのは宮廷魔道士の根城からなんですが……」
「普通に考えれば、王都の民が脱走を謀るとしたら、下水道のほうです。そちらのほうにゴーレムやら使い魔やらを放たれている可能性を考えれば、下水道のほうから進むのは安直過ぎますわね」
宮廷魔道士たちが、王都の民の王都脱出を許すとは思えなかった。神殿に駆け込んで訴えられたら最後、宰相たちの排除が行われかねないのだから、下水道のほうにゴーレムやら使い魔やらを放って妨害するか……最悪処刑される。
「ですが……姫様まさか、水門から向かうおつもりですか?」
「白亜の守護神の暴力に耐えうるかと思いますので」
「可愛く言っても駄目ですよ!? 増援おかわりしまくって疲弊しては、我々も陛下と殿下を救出する術が見つからないのですからね!」
コンスタンスの物理的な提案を、当然ながらクロは却下するが。ベルンは「うーん……」と頭を痛めていた。
「たしかに宮廷魔道士たちだけなら、俺とクロだけでも対処できますが……宮廷魔道士ははっきり言って自分たちを特権階級だと勘違いしてますから、王都の民を人質に使いかねません。俺も、宮廷魔道士たちと真っ正面からやり合うのは得策じゃないと思いますが……」
「ですが……わたくしたちでゴーレムや使い魔を追い払いながら、王都に出られるでしょうか?」
二カ所以外に潜入方法がないのか、一旦ドナシアンに手紙を書いて鳥を飛ばしているときだった。
ピーガガッピー……!!
ゴーレムが猛スピードで走ってくるのが見えた。それにコンスタンスは手を伸ばす。
「スタンダップ、白亜の守護神……!!」
魔方陣を手に掲げ、白亜の守護神の腕だけ取り出すと、その腕でゴーレムをぶん殴る。ゴーレムはレアメタルは使われてはいないものの、マナを無理矢理固めた魔法石は使われていたようだ。レアメタルで思いっきり壊した魔法石は、自己再生するまでには時間がかかるだろうと、ひとます魔法石を踏んづけて細かくしながら、コンスタンスは振り返った。
「あのう、大丈夫ですか?」
「ハアハアハア……!!」
息を切らして全身で呼吸をしている男装した女性と、その女性が手を引いている少年に目を留めた。少年は必死で走っていた割には、呼吸が落ち着いている。
「ありがとうございます、義姉上」
「……義姉上?」
少年の言葉に、コンスタンスは首を傾げると、少年はすっと片手を胸に、片手を腰に添えて綺麗な礼をした。
「お初にお目にかけます。ぼくはバルテルス王国の第二王位継承者……名をイリスと申します。彼女は王城で侍女を務めていますアンネです」
「……殿下の、弟の……」
コンスタンスの婚約者であるフレデリクの弟を名乗った少年は、栗色の切り揃えられた髪の理知的な少年であった。たしかに王子と言って遜色のないオーラを放っている。
その中、アンネと呼ばれた女性は必死に声を上げる。
「あ、あなたが殿下の……妃様の……」
「お、落ち着いてくださいまし。あなた方はどうしてこのような場所に?」
「……殿下と陛下に、外に助けを求めに行くよう、脱出させてもらったのです。このままでは、おふたりは七日も経たずに処刑されてしまいます……!」
アンネはそう言いながら、必死にコンスタンスたちの前に頭を下げる。
「どうか、どうか……! 殿下たちをお助けくださいまし……!」
その必死な顔に、コンスタンスは少し戸惑った。
アンネの必死な形相に反し、イリスは理知的な表情を変えてはいない。
「イリス、落ち着いて。まだ七日もあるし、神殿側の使者もまだ来てはいません。それに、義姉上たちにお会いできたでしょう?」
「そう……なのですが……」
アンネがなおも言い募ろうとする中、クロが「ひとまず、落ち着いてください!」と手を叩いた。
「とりあえず、我々の勝利条件と敗北条件の制定を行いましょう。タイムリミットは決まりましたが、まだ我々は負けてはおりません。宰相はたしかにクソ野郎ではありますが、民をむやみに陥れて、王城側の覚悟を決めさせるような真似をしていないということは、まだ民側にも余裕があるはずです。ひとつずつ、制定していきましょう……姫様、これでよろしいですね?」
「クロ……ありがとうございます」
自分の従者の機転に、コンスタンスは少なからずほっとした。
コンスタンスは、王都を目前に胸が大きくざわついてしまったのだ。
(落ち着きなさい……殿下の現状もわかった。殿下の弟君も保護できた……今はそれでいいはず。まだ……殿下は処刑されていないのだから。でも……)
コンスタンスは自分の胸のざわつきを、見て見ぬふりを必死でしようとしていたが、それができないとも薄々気付いてしまっている。
(わたくし……今初めて会ったばかりの方に嫉妬している……駄目ね)
女の直感。第六感。それがコンスタンスを刺激していた。必死にイリスを連れて王都から脱出してきたはずのアンネに嫉妬していると、自分自身に気付いてしまった。
普段温和で人のいいコンスタンスは、自分自身にここまで刺々しい気持ちがあったのかと、少なからず驚いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます