第10話 魔力の形
(……どこだ?どこにある……?)
意識の奥で、微かに漂う何かがある気がした。けれどそれは、靄のように不確かな感覚。掴もうとすると指の間からすり抜ける。確かな輪郭を見せてはくれない。
この数日、俺たちは“魔力操作”の基礎訓練を受けていた。初日の授業で、ガルバ先生からこう言われた。
「魔力操作において最初に必要なのは、自分の魔力を“認識する”ことだ。できなければ、スキルの発動など夢のまた夢だぞ」
ガルバ先生の指導のもと、自身の魔力を認識しようとするが、未だに全く掴めない。頭では分かっている。しかし、どうしても“それ”に触れることができない。霧を掴めと言われているような感覚だ。
隣で、既に魔力を扱い始めたリオンが俺の様子を見て声をかけてきた。
「調子どうだ?セナ。魔力、掴めそうか?」
俺は額の汗を拭いながら、ため息まじりに答える。
「全然ダメだ。魔力のまの字も掴めねぇ。なぁリオン、なんかコツとかある?」
リオンは腕を組み、少し考えるように目線を泳がせた後、語り始めた。
「そうだな~。俺の場合、意識を体の奥に沈めてったらさ……真っ白い川が流れてたんだよ。まるでミルクみたいなやつ。それに触れて、流れをほんの少し変えてみたら動かせたんだ。それで確信した、“これが俺の魔力だ”って。」
(……真っ白な川、か)
その言葉が頭に残る。イメージするには十分な鮮明さだった。
「良いアドバイスだな、リオン」
ガルバ先生のよく通る声が背後から響いた。いつの間にか俺たちの会話を聞いていたらしく、大きな体躯を揺らして近づいてくる。
「人に説明できるということは、それだけ自分の魔力としっかり向き合った証拠だ。センスがあるな」
リオンは照れ臭そうに後頭部をかいた。
(確かに、分かりやすい説明だったな。やはりリオンはセンスがずば抜けている)
「セナ、焦る必要はない。焦れば焦るほど、集中力は失われる。……静かに、深く、自分の内側に潜れ。川でなくてもいい。お前の魔力の“かたち”を、探してみるんだ」
俺はうなずくと、静かに目を閉じた。深く潜るにつれ、次第に周囲の雑音が遠くへと離れていく。
深く、深く、意識を沈める。
リオンが言っていた“白い川”を探す。けれど、どこにもそれらしきものは無かった。
しかし、何かがある。今までよりも鮮明に感じる。更に意識を集中させると、その何かが正体を表す。それは、底まで透けて見えるほどの透明度を持った美しく広大な湖。その静寂な水面に、ほんの少し指先で触れてみる。
反応があった。湖面の水が波打つ。続いて、湖から透明な水を少し引き出し、その流れを脚へと導くイメージを強く持つ。すると脚に力が集まったような感覚が生まれた。今まで感じたことのない力強さを。
「……っ!できた!」
口から漏れた言葉に、我ながら驚いた。掴んだ。確かに、俺の中に“魔力”が流れていた。
「はっ、もうかよ!いいぞ、セナ!」
リオンが驚きと喜びを込めて言う。
「うむ……早いな。いい感覚を持っている」
ガルバ先生も目を細めてうなずいた。
「リオン、ありがとう!先生もありがとうございます!」
満面の笑みを浮かべた俺に、ガルバ先生は重々しく頷いた後、こう問いかけた。
「それで?リオンが言っていた“白い川”のようなものは見えたのか?」
「……いえ。白い川じゃありませんでした。代わりに……透明で広大な湖が見えました」
「……透明?それも広大な湖?」
ガルバ先生の表情が一変した。訝しげに、俺の顔をまじまじと見つめたかと思えば、再度問いかけてくる。
「間違いないな?白ではなく透明、そして湖だったのか?」
「……はい。底まで見えるくらい透き通った、静かな湖でした」
その言葉を聞き、更に先生の表現が険しくなった。何かを考えているところを見ると、俺の表現がおかしかったのだろうか?そう考えているうちに、授業終了の鐘が鳴り響く。「また話を聞かせてくれ」と言い残し、ガルバ先生は去っていった。
いったい、何だったんだろう?
胸の奥で生まれた“違和感”を拭いきれない。けれど、自分が確かな一歩を踏み出せた、という実感が胸のどこかで温かく灯っていた。
3ヶ月後
「ふぁぁあ……今日も疲れたなぁ~……」
木製のベッドに体を投げ出したノアが、大きくあくびをしながら天井を仰ぎ、のびをひとつ。彼の無防備な姿を見ていると、俺の体の疲労も、ほんの少しだけ癒される気がした。
「今日の弓術の時間、ノアすごかったな。何本もど真ん中に命中させてたじゃん。あれは普通にすごいよ」
「へへっ、だろ?セナにはロングソードが合ってるように、俺には弓が合ってるみたいなんだよね」
実技授業が始まって3ヶ月。俺たちは少しずつではあるが、それぞれの得意分野を掴み始めていた。疲労の蓄積に比例して、日々の充実感も増してきている。
「セナはさ、魔力操作もかなり早く掴んでたし、武術系統も順調だろ?スキル発動も安定してるって聞いたぞ」
「うん、それはありがたいけど……問題は魔術系統スキルなんだよな」
「えっ?魔力掴めてるのに、魔術ダメなの?」
俺はため息をついて、天井をぼんやりと見上げる。
「……全然。何度やっても、魔術だけは一度たりとも発動しない。ガルバ先生も、何か原因があるはずだって言って、ずっと付き合ってくれてる。でも、今のところ進展なし」
「まじか……魔力掴めてて魔術だけ使えないなんて、変だな」
「自分でも不思議に思ってるよ。でも、感覚的にわかるんだ。俺の魔力が“拒絶してる”みたいな……そんな変な感じがする」
1ヶ月前のことを、俺はふと思い出す。
夕方の訓練場。授業後にも関わらず残っていた俺に、ガルバ先生は丁寧に個別指導をしてくれた。
「セナ、もう一度魔術を発動させる行程を整理するんだ。1つ“魔力を収束させること”。2つ“その魔力に属性と目的を与えること”。3つ“それをどのように放出するか明確なイメージを持つこと”だ」
先生は、俺の目をまっすぐに見据えながら言った。「分からなくなったり躓いたら、一度スタート地点へ立ち戻れ」が先生の口癖だ。分からずその場所で立ち止まるより、時間が掛かってでも一からやり直すことで、新たな気付きがあるかもしれないからと。
「まず、お前の体内にある魔力を、できるだけ一点に集めてみろ。ここまでは、魔力を掴めているお前なら容易いことだろう。」
「やってみます。…………出来ました!」
魔力を把握することは、リオンの助力もあって感覚を掴めている。後は把握した魔力を収束するだけ。ここまでは容易い。しかし、問題はここからだ。
「そして一番重要なのはイメージだ。仮に火球を出したければ、炎の熱さ、ゆらめき、焼き尽くす勢い。そういった感覚を、できる限り具体的に思い浮かべる。ただ“火が出ろ”じゃダメだ。明確にイメージしろ。そのイメージに自分の魔力を纏わせるんだ。」
(小さくてもいい…。拳大の大きさ、触れたものを燃やすほどの熱量、的へ飛ばすためのスピードと威力。明確にイメージ。…イメージ)
「ハァッ!!」
俺はイメージを固め、そこに収束した魔力を纏わせ、魔術を発動させようとした。だが、沈黙。何も起こらない。
「……焦ることはない。時間はまだある。一歩一歩着実にだ、セナ。」
「はい……」
結局、現在まで放課後のマンツーマン指導は続いている。俺を投げ出さずに向き合ってくれているガルバ先生のためにも、なんとか成果を出したい。ベッドに仰向けになったまま、俺は無意識に拳を握りしめる。
「まるでさ、“お前には無理だ”って、魔力にすら拒まれてる気がするんだよな……」
静かな部屋の中、ノアはしばらく黙っていた。そして、おもむろに体を起こして俺の肩を軽く叩く。
「……なんかさ、もしかしたら、セナの魔力って、まだ未完成なんじゃない?」
「未完成? 何でそう思うんだ?」
「だって魔力は掴めているんでしょ?だから、何かのパーツが揃えば変わるのかもって思っただけ。でもさ、魔術が使えなくてもセナは戦える。ロングソードもあるし、身体強化もかなり精度上がってるし。冒険者になるには十分だよ」
ノアの笑顔が、妙に頼もしくて。俺は小さく笑い返す。物事を前向きに捉えられることがノアの良いところだ。そうやって、俺を励ましてくれる優しい性格をしている。
「ありがとな、ノア。そう言ってくれるだけでも、だいぶ救われるよ。」
「俺たちはまだ成長途中。今できないことは、これからできるようになるかもしれない。焦らず、今やれることをしっかりやってこ?」
「……あぁ。まずは目の前の剣と体を信じて、しっかり地に足つけて頑張るさ。魔術も、いつか……な」
まだ見ぬ自分だけの力を信じて、明日からも魔力の大半を使い果たしてベッドに崩れ落ちることだろう。
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