人事考課
佐世保・<<脊振>>艦長室
『それで、帰ってきたわけですか』
『君にそう言われると重々承知ではあったのだがね』
高松宮との会食の後、深堀はとんぼ返りするように佐世保の脊振へと戻って来ていた。乗員達は前半後半に分けての半舷上陸を命じており、艦内にその姿は少ない。空溝はと言うと、基本的に彼女は乗員達が嫌う後半側の上陸を選ぶために艦内にまだ居残っていた。彼女は園芸を趣味としているので、その世話の期間がなるべく開かぬようにする為と聞いている。とはいえこの稼業だ、仙人掌(サボテン)などの世話の少なくする手合に控えているらしい
『となると、砲弾の積載をいじる必要がありますし、艦内の人事も行わないといけませんね』
『ああ、それで君に来てもらったんだ』
空溝は頷くと慣れた手つきで部屋に置いてあるマグカップを手に取り、紅茶の用意をし始める。ものぐさな士官であれば従兵に用意させるためこのようなものは部屋には置かないのだが、深堀はそういうタイプの人間ではなかった。むしろ自分で振舞いたいタイプの人間である。空溝が茶葉の缶を開けると、かぐわしい香りが部屋に広がる。なによりもその香りも良いが、副長の所作が美しい。たおやかという言葉はこのためにあるのであろう
『すまないね』
『長くなりそうでしたから。砂糖はどうされます?』
空溝が砂糖入れを深堀から受け取りながら聞いてくる。しかしそうだな、この場をもっと華やかにしたいところだ
『これはだめかね?』
引き出しからアップルブランデーの瓶を引き出す。甘い香りが引き立つニッカのそれだ。自重するように目盛が書かれている。それを見て空溝は困ったような顔をするが受け取り
『勤務中ですので、ロワイヤルにしましょう。ライターをお借りしても?』
『ああ、いいとも』
紅茶を入れ、砂糖にブランデーをしみこませてライターで着火、アルコールを飛ばして紅茶へ。リンゴの香りも追加されて場がさらに和やかになる
『まずは副長、君の後任だな』
艦の乗員たちの実質的なトップは艦長ではなく、副長だ。副長の役割は艦の総務のトップとして人事の考課を行う職責があるためで、これの評価がキャリアに関わってくる
『能力だけで言えば、一番は機関科の目白中佐です。彼女は部下の掌握にも長けていますし、私よりもよほど力の抜き方が出来る人間です』
『君がそこまで言うのは意外だな。艦内ではともかく、上陸時に少々団体で騒ぐところが刹那的ではないかな、と思っていた。それに私は阿久根君を言うかと思っていたよ』
艦長室の簡易な椅子に座った空溝は頷く。深堀の評価も間違いでは無い
『ええ。能力も阿久根中佐は申し分無いです。しかし統率は小集団を熱狂させるのに向いています。私としては一度駆逐艦なりの艦艇の長を経験した上でなら彼女を選んでいたと思います』
『では目白君を副長に回すかね?そうなると資格(マーク)的には藤君か美幌君を機関科に回して綾部君を船務長にとなるが』
空溝は首を横に振った
『目白中佐は今、今後の機関運用の為に原子力機関などの新規機関に関する勉強を続けています。そちらを伸ばしていってもらったほうが全体の利益に繋がります。上手く伸びれば艦隊機関長(カタキ)などに推すべき人材です』
『では、美幌君か藤君か・・・となると藤君だな』
今度の言葉には、空溝も頷いた。美幌中佐は職人気質で言葉が足らないきらいがある。本人の気性が良いので嫌う人間は絶無だが、勘違いさせやすいのはいただけない。コミュニケーションが苦手なのは自身でも把握していて改善するべく努力もしている。同じ部署にもう少し長くいさせるべき。というのが両者の共通認識だった
『はい。取り立ててミスなど起こしませんし、意見も言いますが、人が良すぎるきらいがあります。今回の件でも無線封止の部分で指摘すべきところがありました』
『そうだな。為にし過ぎるきらいがあるが、兵達には良かろう。むろん、これまでの君が悪いというわけでは無い。が、君がいる以上は今までどおり締まる所は締まる。問題ないさ』
一息つくべく、2人とも紅茶を口にする。茶菓子が何かあっただろうか
『ああ、そうです。人事のついでにキングヘイローのクルーについてですが、危険手当を満額出してやろうと思うのですが、よろしいか。川上については始末書が3枚ありましたのでそれを無しにしてやりました』
『ああ、そうだな。うむ、是非ともそうしてやってくれ、それだけの事はしてくれた』
危険手当、航空科に於いてカタパルト発進でのポン六や夜間任務に対して加算がされていたものの名残で、近年では基準が曖昧だとの指摘もあり、裁定が変化しながらも受け継がれてきたものだ
『司令室への移動については一両日中に清掃を済ませますのでそれからで宜しいか』
『ああ、その段取りでよろしく頼む。そもそもとんぼ返りしてきたのはこちらだ。私が麻姑掻痒(まこそうよう)で居られるのは副長、君のおかげだよ』
そう言って深堀は空溝の頬に手を添える。空溝もそこに手を被せて目を瞑る。そして
『いたたたた』
『いつまでも女房役はしてられませんよ、艦長』
空溝は少し、頬を赤らめながら添えられた深堀の手の甲をつねり、引き剥がす
『戦隊参謀の尾栗中佐、<<足柄>>の十文字大佐、ちゃんと付き合っていただきませんと困ります』
『私はあまり人付き合いが得意ではないからな、愁苦辛勤(しゅうくしんきん)とはこの事だよ』
あの新緑に居て笠松艦長を看取った人物に、もう片方は演習での敵役で
『あくまで装甲巡廃止論者であるのは十文字大佐だって職責上の話であって、個々の任務でそれをかさにあれこれ対立する手合とは限りませんよ』
そう、演習の時の因縁を別として十文字は雲龍級の整備に伴う防空巡洋艦の増勢を唱える急先鋒だった。立ち居振る舞いが小柄のせいか大きく、口調が激しいというのもあって悪目立ちしてるというのもあるかもしれない。論の中身としては装甲巡の8隻の退役させ、配備が続く伊吹級防空巡をさらに増備するというもので、論争の焦点は次の就役艦が退役した青葉級の世襲になるか、それともかつての金剛級が来るかでその趨勢が決するといわれている
『むしろ私個人としては、陸軍の・・・同じく派遣されるのは沖縄の戦闘団でしたね。CICで話しました会議の際、同席していたのを覚えてらっしゃいますか?』
『ああ、あの時は先方も着任したばかりかあまり喋らなかったからな。神幸軍団長、シーサー部隊と隊の事を言う位は把握しているが、知っているのかい?』
空溝は少し考えるそぶりをして頷いた。あまり言いたくない手合らしい
『多少、直情的なきらいがありますね。噛みつくところがあれば、噛み付いていく。機を見るに敏、良い方にも悪い方にも転ぶ。ほだされると弱い。根本的には人が良い。あくまで私の見立てですが』
『ふむ。上手くコントロールさえ出来れば良い戦力になるという事だが、それも私の力量次第という所か。まいったね』
空溝は頷く。そもそも陸軍の戦闘団はかつての独立混成旅団を正式に編成化したもので、部隊の中に各種兵科が揃っており、独立して動ける事を目的とした、ある意味今回の統合任務部隊の陸軍バージョンみたいなものだ。独立色が強いため、各軍管区の私兵みたいな悪評も無いわけではない
『まるで懲罰人事のような扱いに憤りがあります』
『宮様は人使いが荒いだけさ。だが、その気持ちは嬉しい』
マグカップをあおる。紅茶の香りと渋みを味わい、飲み干す。清濁合わせ飲む、それが己に出来るか試されているのかもしれない。まだまだ現地の被害状況や、あまりなじみのない南米諸国の軍事状況の把握などやるべきことは多い
『もう一杯いただけるかな?今日は長くなりそうだ』
『アルコールは飛ばして、ですよ』
それでも、スタッフが変わらずいてくれるというのはありがたい事なのかもしれない。綺麗な動作で再び紅茶を注ぐ副長の艶姿に目尻を下げつつ、これからの展望に思いをはせるのであった
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